第3話
3.
その日の放課後、勝也は正門の門扉によりかかり、仏頂面で突っ立っていた。
腕組みをしながら、ずっと校舎の方を睨んでいる。
彼を知らない無垢な後輩達を(無自覚に)ビビらせながら、勝也は一人の女を待っていた。
そして、そろそろ日が暮れようという頃に、
「よ、よう」
その女はやってきた。
言わずもがな、天坂奈々である。
「おう、遅かったな。ったく、早くこっち来い! 今日は通学路Bで障害物レースだろーが!」
「あ、あぁ、分かってる。分かってるんだけど……」
奈々の煮え切らない物言いに、勝也は首をかしげた。
どうも、様子がおかしい。
口調もそうだが、目線が泳ぎがちである。手も足も微妙に揺れていて落ち着きが無い。
何か、迷いのようなものを持っているようだった。
(演技……か?)
油断させ、自分を出し抜くための演技をしているという可能性も、あるにはあった。
しかし、あいつがここまで高度な演技の出来る奴ではない事は知っている。
自分の知っている奈々なら、こいつの今の挙動不審は演技ではない。
しかし演技じゃないなら、目の前にいる奈々は、別人と言っても良かった。
「んだよ? 何きょどってんだよ気色悪ぃ」
「う、うっさいわね! き、今日は、気分が乗らないから、普通に帰りたいだけよ!」
やはり、様子がおかしい。
普通に帰りたい?
通学路をコースに見立てた、妨害障害何でもアリアリの鉄人レースしながら帰るなんて、それこそ俺らの“普通”ではないか。
奈々は依然、勝也と目を合わせようとしないまま、校門をくぐろうとする。
当然、勝也はそのまま通すつもりなど、無い。
「何だそれ、敵前逃亡かよ? お前らしくもねー」
目の前に立ちはだかった勝也は、真っ直ぐに奈々を見下す。
その言葉に流石にカチンと来たのか、奈々も眼光を鋭くする。
「勝手に“あたしらしさ”とか決めつけてんじゃねーよ。カス」
トーンの低い、ドスの効いた台詞。
「はぁ……」
奈々も一言言い放ったおかげで若干殺意は回復したものの、それでもまだ、気分が上がらなかったらしい。
勝也と同じくらい似合わない溜め息を吐きながら、奈々はうつむく。
「いや、今日……イヤな話、聞いてさ。それも、途轍もなく、反吐が出るくらい嫌な話でさ」
「あ? 話?」
「なんか……あたしと、あんたが、出来てるとか出来てないとかって、そういう……」
「ん? あぁ、何だ、噂の事か。俺も今日、ダチからそんな話聞いたぜ?」
奈々は驚いたように顔を上げた。
目の前にいる、幼なじみにして宿敵であるその男は、不敵に笑っていた。
10年間、変わらない笑みだ。
奈々が10年間、見続けた笑顔だ。
「あんなもん放っとけや。あんなもん同学年のバカ共のバカ共によるバカバカしい妄想だろ? ったくよーどいつもこいつもやれ惚れたの腫れたのウゼーっつの。なぁ?」
お気楽に言う勝也とは対照的に、気だるげに勝也を見やる奈々。
「あんたさぁ……」
奈々は何かを言いかけて、止めた。
一瞬握った拳を、だらりと解く。
そして奈々も、不敵に笑う。
ただし、より倦怠感の漂う、危うい笑顔であったが。
「さっきの言葉、取り消すわ。いつものレース、やろうか」
「……んだよ? 何か言いかけたじゃねぇか。言いたい事あんならはっきり言えや」
「いーのよ。どーせくっだらねー事なんだから。合図は、いつものでいい?」
「あ、あぁ。ったくワケ分かんねー女だ―――」
「位置についてヨーイドンっ!!」
一瞬。
一瞬で勝也の脇をすり抜け、奈々は校門を飛び出していった。
虚を突かれた勝也は、しかし即座に何をされたか判断し、自分も一気にスタートを切った。
「オイ! てめそれヒキョーだろ! 待てコラァ!」
全力疾走しながら叫ぶ勝也の声に反応して、5メートル程先を行く奈々は、背後を振り返った。
その表情は、さっきまでのような危うさの無い、笑顔。
屈託の無い、花が咲くような笑顔だった。
「うっせぇバーカ! あんたが全部悪ぃんだよボケが!!」
「んだコラァ! それどーいう意味だコラァ!!」」
勝也は混乱しながら、心のどこかで安心していた。
やはり目の前にいるのは、本物の奈々である事。
自分が昔からよく知る、奈々そのものである事に。




