第10話。
10.
翌日、朝。
勝也と奈々は“いつも”より早めに家を出た。
歩いて学校に通うため、そしてその途上で、結にことの顛末を報告するためである。
正確には、奈々がそうしたいがために勝也が押し切られた形である。
勝也は少し結が苦手であったし、奈々の言いなりになるのは癪でもあったが、しかし今の二人の関係があるのは結のおかげでもあるわけだから、それなりに筋は通さなければならないだろう。
そんな訳で、朝の通学路である。
「おめでとうございます!」
結は開口一番、満面の笑顔で二人に言った。
「お、おう」
勝也は結のあまりにも眩しい笑顔に戸惑いながらも、一応の返事をし、
「うん。心配してくれてありがとね」
奈々は優しげな声を出しながら結と「おはようのハグ」をした。この辺り、ノリが女子である。
「うんうん、やっぱりお二人はこうなる運命だったんですよ! 両想いで、お互いの事を分かり合ってて、それでこうならないなんて、今までがおかし過ぎたんです! けど、やっぱりロマンチックですね! うわぁ!」
勝也と奈々の周りをくるくる回りながら、無邪気にはしゃぐ結。
ともすると当人以上に喜んでいるっぽい結を見て、勝也は気恥ずかしげに顔を俯かせ、奈々はくすくす笑いながら友人を見ていた。
結はしばらく浮かれたように笑っていたが、やがてはっと二人を見る。
「あ、でもでも! これからお二人は、もう掴み合いの喧嘩とか、そういう暴力はダメですよ?」
「えっ、マジで?」
結の発言にうろたえたのは、勝也だった。
「当たり前です! お二人はこれからは恋人同士。お付き合いをするんですよ?」
「い、いや、けどよ……、今までずっとバトってきて、そのおかげで分かり合えてた事も……」
「確かに、そういう“絆”もあると思いますし、それを否定しようとは思いません。むしろ、口ゲンカくらいだったら、いくらでもした方がいいと思います」
た・だ・し!
結は熱の篭もった声で、勝也に念を押す。
「暴力はいけません! それに、無暗に競い合うのも違うと思います。もう二人は反発し合うのではなく、共に支え合う仲になったのですから」
「け、けどよ……」
「それに、戦いに熱中し過ぎて、ケガとか、事故とかで、取り返しのつかない事になったら、元も子も無いじゃないですか」
その言葉は、流石に反論できなかった。
一昨日の、奈々のケガの事を思い出したのだろう。
「戦いの勝ち負けや、自分のプライドよりも、大切なものを見つけたんでしょ?」
普段はおどおどして、ものをはっきり言えない結が、目に強い光を宿して二人を見つめる。
結の意外な強さを見て、勝也は結の言葉と、奈々の存在を反芻する。
「……確かに、ユイちゃんの言う通りかも。あたしらはもう少し、穏やかな関係になるべきなのかもしれない」
奈々も、自分の今までを思い返していたのだろう。
少し考え込むようにそう言った。
勝也たちは数々の問題を起こしているとはいえ、本来的には、ただの高校生なのだ。
不良グループのトップでも無ければ、レディースのドンでもない。
普通の、高校生だ。
戦う理由が無いなら、無理に戦う必要なんて無い。
「ただね、そうするには一つだけ、残ってる問題があるのよ」
「何です?」
「まだ、“決着”がついてないんだ」
奈々の発言に、(背後で密かに悶々と葛藤していた)勝也は「あぁ!?」と荒々しく反応した。
「この野郎、まだ認めてねぇのか!?」
「当たり前だ。あんな一方的に言い渡されて、納得できるか」
二人の緊張がいきなり高まる。
結は突然の展開にオドオドしてしまい、何も言えなくなる。
「あれは俺の負けだって、昨日から言ってんだろうが!」
「だからそれ意味分かんないから! レースで負けたのはあたしなんだからあたしの負けに決まってんでしょ!?」
「あんなもん俺が勝つに決まってんだろ!? 事前に用意してたんだから。俺は、お前の魂に負けたっつってんだよ!」
「うっせぇ! そっち方面でだって、あんたの方が先に告白したんだから、あんたの勝ちに決まってんでしょ!?」
「うっせぇ! そんな理由で勝ちだなんて言われたら、あん時の敗北感はどこ持ってきゃいいんだよ!?」
「そんなのあたしが知る訳ないじゃない! 男なら黙って勝ちを認めな!」
「こんな押し付けの勝利なんているか! ドブに捨ててやるわっ!」
「……えと、何の言い争いですか?」
流石に、黙って聞けなくなってきた結は、二人の会話に控えめに割り込んだ。
勝也と奈々は、その真っ当な質問を受けて、冷静になった後、昨日の“10年分の決着”と、“魂を賭けた戦い”の詳細を結に聞かせた。
勝負には、勝也が勝った。
しかし、賭けた覚悟は、奈々の方が圧倒的に勝っていた。
だから結局、どちらも明確には、自分が勝ったとは思えない。
話を聞き終わると結は、くすりと笑って、言った。
「それってまるで、“どっちがより相手を愛してるか”を言い争ってるみたいですね」
告白するために勝負を持ちかけ、それを制した勝也。
勝也への思いを何年も重ね、全てを曝け出した奈々。
それぞれの“思いの形”に、優劣なんて付けられるはずがない。
「だったら、お二人の10年に渡る対決は、“引き分け”っていう事じゃないですか!」
「引き……」
「分け……」
両者とも、アホみたいにその言葉をオウム返しした。
これまでの10年間、幾度も様々な事柄で対決してきたが、
引き分け(ドロー)なんて結果は、今まで一度も無かった。
「少し不服かもしれませんが、それが真実だと思います。何だかんだ言っても、勝也さんも奈々ちゃんも、お互いの事が大好きだっただけなんですよ!」
断言されてしまった。
しかも、勝也と奈々も、心のどこかで納得してしまっている。
結に堂々と言われ、少し恥ずかしい気持ちになりながら、
まるで図ったかのように、
同じタイミングで、
勝也は奈々の顔をうかがい、
奈々も勝也の顔をうかがった。
「……ぷっ!」
「……くふっ!」
そして、二人は、
これまた同時に、
盛大に笑いだした。
今までの、血で血を洗うような、たった二人の間の戦争は、何のことは無い。
健二が言っていた通りのものだったのだ。
お互いの気持ちを確かめる、単なるデートに過ぎなかったのだ。
それをそうと自覚せず、マジになって、ムキになって、
そんな、つい昨日までの日々が、急におかしく思えてきたのだ。
今、こうして互いの気持ちが分かり合えた途端、あの闘争の日々が、笑い話に変わってしまった。
一体、自分達は、何と戦っていたのだろうか。
親との不和? 心の喪失?
それが何だと言うのだ?
自分の隣には、いつも、自分と真っ向から向かい合ってくれる、最高の幼なじみがいたではないか。
それ以上、何を望んでいたというのだろうか?
二人は、笑う。
それは、腹の底から、大空に響き渡る、喜びの共鳴だった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
そんな二人の世界を遮り、一人の男の、空気を読まない嬌声が、笑い声の間に割り込んできた。
何事かと三人が声の方を振り返ると、そこにはこちらを指差し、わなわなと震えている一人の男がいた。
まぁ、新柴健二だった。
「お、お前ら!? な、何だその気持ち悪い笑い方は! ま、まさか、お前ら……」
勝也はそんな健二の様子を見て、似合いもしない溜め息をもらす。
ちらりと奈々にアイコンタクトをし、二人で隣同士に並んで健二の前に立った。
そして、お互いの肩をがっしり組んで、ピースマークを見せつけた。
健二はそれで、全てを察した。
「死んでしまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
祝福してくれた結に引きかえ、健二は開口一番、出てきたのは呪詛だった。
「おいおい、何だその言い草は。てめぇでけしかけておいて」
「つか、あたしらにそんな事言うとか、いい度胸じゃないの」
「し、新柴さんっ! い、いきなり何て事言うんですか!? 見損ないましたっ!」
三者三様、当然の反応を受けたところで、健二はそのメンツの中に結がいた事に気づき、慌てたように言い繕った。
「あっ、いやっ、これはあれ、本心じゃなくって、いや、一応本心ではあるんだけど、そうじゃなくってね」
「じゃあ何なんですかっ!? 私に協力してくださって、せっかくいい人だと思ってたのに!!」
しかし結の怒りは収まらない。
真面目で純粋な結には、冗談は通じない。
健二は“いい人だと思ってた”に敏感に反応し頬を染めたが、すぐに慌てたように弁明した。
「いや、ごめん! そうじゃないんだ! こいつらくっつけたかったのは本心なんだけど、なんてーの!? ここは、一回言わないとスッキリしなかったと言うか、実際、そのために協力してたって言うか……」
「つか、下心見え見えだぞ。どーせ叶野さんとお近づきになるために計画に乗ったんだろ?」
「えぇぇぇ!? え、待ってください!! え、そんな!!」
「おいィィィィィィィィ!! てめっ勝也! 勘違いさせるような事言うんじゃねぇぇぇぇ!! つか、何で計画の事バレてんの!?」
「あたしがユイちゃんから聞き出したのよ。つかあんた、あたしのユイちゃんにそんな色目使ってたのか。歯ぁ食いしばろうか?」
「怖ぇぇぇぇぇ!! ちょっ、お前ら少しは丸くなったかと思えば全然じゃねぇか!! ちょ、ちょっとユイさんこいつら止めて下さい!」
「し、新柴さんが私に、し、下心なんて……、い、いえ、思い上がっちゃダメよ私! こんな妄想、新柴さんにメイワクじゃない! そ、それにさっきのワルクチも許せないし。で、でも、あの誠意はホンモノだったし……!」
面白半分で健二をからかう勝也。
結を守るため怒り狂う奈々。
全てに翻弄されながら逃げ惑う健二。
自分の世界に入って何故か頬を染めている結。
四人それぞれの表情と、賑やかな声が、朝の登校風景を彩る。
それは、誰もが欲しいと願い、そして、誰もが我知らず手に入れているもの、
幸せの、風景である。
いがみ合い、傷つけあった幼なじみ同士は、幾多の葛藤と闘争を経て、最後には、強引に互いを引き寄せ合い、この風景の主題になったのだ。
かくして、○高裏のツートップ恋仲説は現実となり、公認カップルは、自認カップルになった。
より強固な絆で結ばれた二人は後に“伝説の風雷夫婦”と呼ばれ、以後、後輩たちに脈々と語り継がれる事になるのだが、それはまた、別の話。
Fin…
という訳で、まずは、ここまで読んで下さった方、ありがとうございます!
初投稿作品でございましたが、如何だったでしょうか?
この話に関する四方山話は全てブログの方で語ってしまったので、敢えてこちらでは前置き等を入れずに投稿してみました。
感想、評価、誹謗中傷、何でもいいです。
この話をここまで読んで頂いて、どんな事を思ったのか、この新米めにお教え頂ければと思います!
それでわ!




