雨宿りの魔法使い
【第26作目】窓から雨あがりの空を見て思いつきました。
また、柄にもないものを書いてしまった。(石川五右衛門風)
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レイナが王都を去ったのは、空が泣き出しそうな曇りの日だった。
幼い頃からの夢だった。
魔法使いになること。
小さな村で育ったレイナにとって、王都の魔法学院は憧れそのものだった。
村の人たちは応援してくれた。
「きっと立派な魔法使いになるぞ」
「村一番の秀才だからな」
そんな言葉をたくさんもらった。
家族も誇らしげだった。
だからレイナも信じていた。
自分は特別なのだと。
努力すれば、きっとすごい魔法使いになれるのだと。
けれど現実は違った。
学院には才能あふれる生徒が大勢いた。
一度見ただけで魔法を覚える者。
難しい術式をたやすく扱う者。
どれだけ努力しても追いつけない者たち。
レイナは毎日遅くまで練習した。
朝も誰より早く起きた。
それでも成績は下から数える方が早かった。
卒業はできたが、魔法使いとして仕事が見つかるほどの実力はなかった。
ある日、教師が優しく言った。
「あなたはよく頑張りました」
その言葉の続きを、レイナは今でも覚えている。
「ですが、魔法の才能という点では恵まれていないのかもしれません」
優しい言葉ほど痛かった。
だから彼女は王都を去った。
誰にも顔を合わせたくなかった。
故郷へ帰ろう。
そう決めた。
成功できなかった自分のまま。
笑われるかもしれない。
がっかりされるかもしれない。
それでも帰る場所はそこしかなかった。
街道を歩いて三日目。
空から大粒の雨が落ちてきた。
「最悪……」
レイナは呟く。
ぽつり、ぽつりと降り始めた雨はあっという間に本降りになった。
慌てて走り出す。
幸い、道の脇に古びたあずまやが見えた。
レイナは駆け込み、濡れた髪を払った。
ほっと息をつく。
その時だった。
「あ……」
小さな声がした。
奥を見る。
柱の陰に少女が座っていた。
十歳くらいだろうか。
編み込んだ金色の髪と、大きな茶色の瞳が印象的だった。
「ごめんね。驚かせた?」
レイナが笑う。
少女は首を横に振った。
「ううん」
それきり黙ってしまう。
少し人見知りらしい。
レイナは向かい側に腰を下ろした。
しばらく雨音だけが響いた。
屋根を叩く音。
木々を揺らす音。
土の匂い。
湿った風。
不思議と嫌いではない。
ただ、今のレイナには何も考えたくない時間だった。
「お姉さん」
先に声をかけてきたのは少女だった。
「なに?」
「もしかして魔法使い?」
レイナは少し困ったように笑った。
「一応ね」
「本物?」
「まあ……本物かな」
自信のない返事だった。
少女は気づかなかったらしい。
「すごい!」
目を輝かせる。
その反応にレイナは胸が痛くなった。
すごくなんてない。
落ちこぼれだ。
才能がない魔法使いだ。
けれど、その言葉を口にはしなかった。
「魔法見てみたいな」
少女が言った。
期待に満ちた顔だった。
断れなかった。
「じゃあ簡単なのを」
レイナは杖を取り出した。
小さく呪文を唱える。
指先ほどの光がふわりと浮かんだ。
そして鳥の姿になって空中を飛び回る。
「わあ……!」
少女の瞳が大きくなる。
光の鳥はくるくると舞い、少女の肩に降り立った。
触れられると花びらのように砕けて消える。
けれど次の瞬間には再び鳥になった。
「きれい……」
少女は夢中だった。
レイナはその様子を見つめる。
学院では誰にも褒められなかった魔法。
初歩中の初歩。
子ども向けの遊び。
なのに少女は心から感動している。
なんだか不思議だった。
「お姉さんはすごい魔法使いなんだね」
少女が言った。
レイナは苦笑する。
「そんなことないよ」
「あるよ」
「ないない」
「あるの」
真剣な顔だった。
なぜか少し笑ってしまう。
それから二人は色々な話をした。
村の話。
森の話。
好きな花の話。
好きなお菓子の話。
少女はクッキー作りが好きらしかった。
失敗も多いのだという。
「昨日も焦がしちゃった」
「私も料理は下手だよ」
「本当に?」
「本当に」
二人は笑った。
気づけば雨音が少し弱くなっていた。
やがて雲の向こうが明るくなり始める。
「あ」
少女が立ち上がった。
「雨、止むよ」
本当だった。
別れの時間が近づいていた。
不思議だった。
たった一時間ほど話しただけ。
なのに少し寂しい。
「お姉さん」
「ん?」
「最後にもう一つだけお願い」
「なに?」
少女は満面の笑みで言った。
「特別な魔法を見せて!」
レイナは固まった。
特別な魔法。
そんなもの使えない。
才能がないから故郷へ帰るのだ。
誰かを驚かせるような大魔法なんて、一度も成功したことはない。
けれど少女の目は期待でいっぱいだった。
どうしよう。
少し考えてから、レイナは立ち上がった。
「わかった」
少女の顔が輝く。
レイナは杖を空へ向ける。
そして、わざと偉そうな声を出した。
「それでは」
杖を大きく一回転させる。
「とっておきのすごい魔法を見せましょう」
少女が息を呑む。
レイナは空へ向かって杖を振った。
「えいっ」
もちろん何も起こらない。
ただの演技だからだ。
本当は最初からわかっていた。
だからレイナは照れ隠しに笑おうとした。
その瞬間。
「あっ!!」
少女が叫んだ。
空を指差している。
レイナも振り向いた。
雨雲の隙間から差し込む陽の光。
その先。
空高くに、大きな虹が架かっていた。
鮮やかな七色だった。
まるで空と大地をつなぐ橋のように伸びている。
二人はしばらく見上げたまま動けなかった。
「すごい……」
少女が呟く。
「本当に魔法だ……」
レイナは思わず吹き出した。
偶然だ。
ただ雨が止んで、太陽が出ただけ。
それなのに。
本当に魔法が成功したみたいだった。
「お姉さん、すごい!」
少女は大喜びで飛び跳ねる。
「こんな虹、初めて見た!」
笑顔だった。
眩しいくらいに。
その顔を見ているうちに、レイナの胸の中で何かがほどけた。
才能がない。
失敗した。
夢を叶えられなかった。
ずっとそんなことばかり考えていた。
だけど今。
目の前には自分の魔法で笑ってくれた子がいる。
たとえそれが小さな魔法でも。
たとえ虹が偶然でも。
この笑顔は本物だった。
「ねえ、お姉さん」
「なに?」
「魔法使いになってよかった?」
突然の問いだった。
レイナは虹を見上げる。
学院で過ごした日々。
苦しかったこと。
泣いた夜。
悔しかった思い。
全部思い出す。
そして少女の笑顔を見る。
気づけば答えていた。
「うん」
少女がにっこり笑う。
レイナも笑った。
今はそれで良かった。
立派な魔法使いじゃなくても。
誰かを笑顔にできるなら。
それもきっと魔法使いなのだ。
「じゃあね!」
少女は元気よく手を振った。
「ありがとう、魔法使いのお姉さん!」
小さな背中が村へ駆けていく。
レイナはその姿が見えなくなるまで見送った。
それから空を見上げる。
虹はまだ残っていた。
故郷へ帰れば、簡単なことばかりではないだろう。
夢を諦めた自分を受け入れるのにも時間がかかるかもしれない。
それでも。
少しだけ前を向けそうな気がした。
レイナは杖を肩に担ぐ。
「さて、帰ろうか」
雨上がりの道は陽の光を受けて輝いていた。
その先に待つのがどんな未来なのかはわからない。
けれど今の彼女には、虹の向こうまで歩いていける気がしていた。
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5分以内で読める短編ばかり書いています。もしよければ以前書いたものも読んでみてください。




