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雨宿りの魔法使い

作者: 日御碕 出雲
掲載日:2026/10/14

【第26作目】窓から雨あがりの空を見て思いつきました。

また、柄にもないものを書いてしまった。(石川五右衛門風)

--------------

レイナが王都を去ったのは、空が泣き出しそうな曇りの日だった。


幼い頃からの夢だった。

魔法使いになること。

小さな村で育ったレイナにとって、王都の魔法学院は憧れそのものだった。


村の人たちは応援してくれた。

「きっと立派な魔法使いになるぞ」

「村一番の秀才だからな」

そんな言葉をたくさんもらった。


家族も誇らしげだった。

だからレイナも信じていた。

自分は特別なのだと。

努力すれば、きっとすごい魔法使いになれるのだと。


けれど現実は違った。


学院には才能あふれる生徒が大勢いた。

一度見ただけで魔法を覚える者。

難しい術式をたやすく扱う者。

どれだけ努力しても追いつけない者たち。


レイナは毎日遅くまで練習した。

朝も誰より早く起きた。

それでも成績は下から数える方が早かった。


卒業はできたが、魔法使いとして仕事が見つかるほどの実力はなかった。


ある日、教師が優しく言った。

「あなたはよく頑張りました」


その言葉の続きを、レイナは今でも覚えている。

「ですが、魔法の才能という点では恵まれていないのかもしれません」


優しい言葉ほど痛かった。

だから彼女は王都を去った。


誰にも顔を合わせたくなかった。


故郷へ帰ろう。

そう決めた。


成功できなかった自分のまま。

笑われるかもしれない。

がっかりされるかもしれない。

それでも帰る場所はそこしかなかった。



街道を歩いて三日目。

空から大粒の雨が落ちてきた。


「最悪……」

レイナは呟く。


ぽつり、ぽつりと降り始めた雨はあっという間に本降りになった。

慌てて走り出す。

幸い、道の脇に古びたあずまやが見えた。

レイナは駆け込み、濡れた髪を払った。


ほっと息をつく。

その時だった。

「あ……」

小さな声がした。

奥を見る。

柱の陰に少女が座っていた。

十歳くらいだろうか。


編み込んだ金色の髪と、大きな茶色の瞳が印象的だった。


「ごめんね。驚かせた?」

レイナが笑う。


少女は首を横に振った。

「ううん」


それきり黙ってしまう。

少し人見知りらしい。


レイナは向かい側に腰を下ろした。

しばらく雨音だけが響いた。


屋根を叩く音。

木々を揺らす音。

土の匂い。

湿った風。

不思議と嫌いではない。


ただ、今のレイナには何も考えたくない時間だった。

 

「お姉さん」

先に声をかけてきたのは少女だった。


「なに?」

「もしかして魔法使い?」


レイナは少し困ったように笑った。

「一応ね」

「本物?」


「まあ……本物かな」

自信のない返事だった。

少女は気づかなかったらしい。


「すごい!」

目を輝かせる。


その反応にレイナは胸が痛くなった。

すごくなんてない。

落ちこぼれだ。

才能がない魔法使いだ。

けれど、その言葉を口にはしなかった。


「魔法見てみたいな」

少女が言った。


期待に満ちた顔だった。

断れなかった。


「じゃあ簡単なのを」

レイナは杖を取り出した。

小さく呪文を唱える。

指先ほどの光がふわりと浮かんだ。

そして鳥の姿になって空中を飛び回る。


「わあ……!」

少女の瞳が大きくなる。


光の鳥はくるくると舞い、少女の肩に降り立った。

触れられると花びらのように砕けて消える。

けれど次の瞬間には再び鳥になった。

 

「きれい……」

少女は夢中だった。

レイナはその様子を見つめる。


学院では誰にも褒められなかった魔法。

初歩中の初歩。

子ども向けの遊び。

なのに少女は心から感動している。

なんだか不思議だった。


「お姉さんはすごい魔法使いなんだね」

少女が言った。


レイナは苦笑する。

「そんなことないよ」


「あるよ」

「ないない」


「あるの」

真剣な顔だった。

なぜか少し笑ってしまう。

 

それから二人は色々な話をした。

村の話。

森の話。

好きな花の話。

好きなお菓子の話。


少女はクッキー作りが好きらしかった。

失敗も多いのだという。


「昨日も焦がしちゃった」

「私も料理は下手だよ」


「本当に?」

「本当に」

二人は笑った。


気づけば雨音が少し弱くなっていた。

やがて雲の向こうが明るくなり始める。


「あ」

少女が立ち上がった。

「雨、止むよ」

本当だった。


別れの時間が近づいていた。

 

不思議だった。

たった一時間ほど話しただけ。

なのに少し寂しい。


「お姉さん」

「ん?」


「最後にもう一つだけお願い」

「なに?」


少女は満面の笑みで言った。

「特別な魔法を見せて!」


レイナは固まった。

特別な魔法。

そんなもの使えない。


才能がないから故郷へ帰るのだ。

誰かを驚かせるような大魔法なんて、一度も成功したことはない。


けれど少女の目は期待でいっぱいだった。

どうしよう。


少し考えてから、レイナは立ち上がった。

「わかった」


少女の顔が輝く。


レイナは杖を空へ向ける。

そして、わざと偉そうな声を出した。

「それでは」

 杖を大きく一回転させる。


「とっておきのすごい魔法を見せましょう」

少女が息を呑む。


レイナは空へ向かって杖を振った。

「えいっ」

もちろん何も起こらない。

ただの演技だからだ。

本当は最初からわかっていた。

だからレイナは照れ隠しに笑おうとした。


その瞬間。


「あっ!!」

少女が叫んだ。

空を指差している。

レイナも振り向いた。


雨雲の隙間から差し込む陽の光。

その先。

空高くに、大きな虹が架かっていた。

鮮やかな七色だった。

まるで空と大地をつなぐ橋のように伸びている。

二人はしばらく見上げたまま動けなかった。


「すごい……」

少女が呟く。

「本当に魔法だ……」

レイナは思わず吹き出した。


偶然だ。

ただ雨が止んで、太陽が出ただけ。

それなのに。

本当に魔法が成功したみたいだった。


「お姉さん、すごい!」

少女は大喜びで飛び跳ねる。


「こんな虹、初めて見た!」

笑顔だった。

眩しいくらいに。


その顔を見ているうちに、レイナの胸の中で何かがほどけた。


才能がない。

失敗した。

夢を叶えられなかった。

ずっとそんなことばかり考えていた。


だけど今。

目の前には自分の魔法で笑ってくれた子がいる。


たとえそれが小さな魔法でも。

たとえ虹が偶然でも。

この笑顔は本物だった。


「ねえ、お姉さん」

「なに?」


「魔法使いになってよかった?」

突然の問いだった。


レイナは虹を見上げる。


学院で過ごした日々。

苦しかったこと。

泣いた夜。

悔しかった思い。

全部思い出す。


そして少女の笑顔を見る。


気づけば答えていた。

「うん」


少女がにっこり笑う。

レイナも笑った。

今はそれで良かった。

立派な魔法使いじゃなくても。

誰かを笑顔にできるなら。

それもきっと魔法使いなのだ。


「じゃあね!」

少女は元気よく手を振った。


「ありがとう、魔法使いのお姉さん!」

小さな背中が村へ駆けていく。

レイナはその姿が見えなくなるまで見送った。


それから空を見上げる。

虹はまだ残っていた。


故郷へ帰れば、簡単なことばかりではないだろう。

夢を諦めた自分を受け入れるのにも時間がかかるかもしれない。


それでも。

少しだけ前を向けそうな気がした。

 

レイナは杖を肩に担ぐ。

「さて、帰ろうか」


雨上がりの道は陽の光を受けて輝いていた。

その先に待つのがどんな未来なのかはわからない。


けれど今の彼女には、虹の向こうまで歩いていける気がしていた。

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5分以内で読める短編ばかり書いています。もしよければ以前書いたものも読んでみてください。

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― 新着の感想 ―
 何か一つ、救いがあったら…って、無いんだねえ(あったら長編にできそうだけど)。  勇気だけ、持って帰るんだね。  綺麗だから嫌いじゃないけど、…ッキビシイ!
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