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ともだちのつづき

作者: 彩羽やよい
掲載日:2026/06/26

 あきちゃんが、「付き合おっか」って軽く言ったから、付き合った。

 そうやって、私たちの関係は始まったよね。

 駅前で、まぶしい制服が似合っている子たちを見ると、今でも思い出す。腕を組んだり、笑い合ったり。

 ねえあきちゃん。あの頃の私たちも、あんなふうに見えていたのかな。


 あきちゃんはあの日、冗談みたいな調子で私に「付き合おっか」って言葉を投げてきた。

 放課後の教室で、机に頬杖をついたあきちゃん。悪戯をする猫みたいな目でこっちを見て、かわいかった。

「私たちも付き合ってみようよ」なんて続けてくるあきちゃんに、私、ちょっとびっくりしたんだ。

 でも嬉しくて、教室の床の板を見ながら「うん」と返した。


 付き合っても、あきちゃんとの毎日はそんなに変わらなかったよね。

 昼休みは購買まで行って、いっぱい並んだのに、人気のパンが買えなくてがっかりして。

 毎日一緒にごはんを食べて、テストの前にはノートを見せあった。

 あきちゃんのノート、いつも落書きばっかりなんだもん。困ったよ。


 手をつなぐのも、キスをするのも自然だった。

 初めて手をつないだ日なんて、覚えていない。

 でもあきちゃんは、校門を出たら必ず、私の手をそっと握ってくれた。それが内緒の約束みたいで、うれしかった。

 あきちゃんが風邪をひいちゃってお休みした日は、一人で帰る校門が、なんだかすごく広く思えた。


 天気予報だと絶対雨って言ってた日も、あきちゃんはよく傘を忘れてくるし。

「入れて」って隣に来るから、私、いつも文句言いながら傘を斜めにしてた。

 二人で入るにはやっぱり狭くて、いつも二人で肩だけ濡れた。

 そんなんだから風邪ひくんだよ、ってぶつぶつ言ったら「その時は看病してくれたらいいじゃん」とか言って、あきちゃんは笑ってた。


 誰にも見られないように、わざと遠回りして、一緒に帰った道。

 私にとってはあの時間が、世界のすべてみたいだったんだよ。

 校舎の壁についている、大きな時計。あの針をなんとかして止めちゃえば、あきちゃんとずっと一緒にいられるかな、って考えてた。


 キスも最初は、あの頃ふたりが好きだったドラマの真似をして、笑いながらしたよね。

 水滴がたくさんついたサイダーを置いて、公園で「ほんとにしてみる?」ってこっちを見てたあきちゃん。

 笑って、照れて。そのあとほんのちょっとだけ唇が触れて、また笑ってた。


 私のマフラー、勝手に巻いて帰ったり。

 気になる飲み物買って、ひとくちずつ飲んで、変な味って笑ったり。

 コンビニで肉まん、当たり前みたいにはんぶんこしたり。

 あきちゃんと一緒にいられる毎日は、そういう小さい幸せがいっぱい重なってできていた。


 それでも、だんだん私たちは変わってしまった。

 三年生になって、どこの大学に行くとか、何になりたいとか、そんな話のなかで。

 あきちゃんは、「大学に行ったら、男の人とも付き合ってみたい」と笑った。

 私は、またふざけてるって思って、笑い返した。

 だけど胸のどこかがちくって痛くて。「じゃあ、私たちはどうなるの?」なんて、聞けなくて。

 あきちゃんの、あのきらきらした笑顔が、私にはすごく残酷だった。


 いつもと同じように、二人きりで遠回りをして帰った、卒業式の日。

 あきちゃんは「やっぱり男の人とも付き合ってみたい」って、また言った。

 あったかい手のひらを握って、私はあきちゃんの目を、何も言えないままで見ていた。

「付き合ってみて、楽しかったよ」

 どうしてそんな、終わっちゃうみたいな言い方するのか、わからなかった。わかりたくなかった。


 もう何も考えたくなくて、黙ってアスファルトを見てた私にあきちゃんは、「でも、ずっと一緒にいられる関係なんてないよ」って言ったよね。

 それでも私、「そんなことない」ってしか、返せなかったよ。

 だって、「そうだね」なんて答えたら、あきちゃんがどこかへ消えちゃう気がして。

 ずっと一緒にはいられないって。誰かと付き合うって、終わっちゃうものだったの?

 そんなこと、私は知らなかった。


「いやだよ、別れたくない」って私が泣いたら、あきちゃんは「そんな顔しないで」って、眉毛をきゅって下げて、困ってた。

 だけどすぐに、「また、友達に戻ればいいじゃん」とか言うんだもん。

 そのときやっと、わかった気がした。

 あきちゃんと私の気持ちは、ちょっと違ったんだってこと。ずっと、すれ違ってたんだってこと。


 何も言えなくて、もう一回だけ抱きしめてくれないかなって、それしか思えなかった。

 そしたら、わかったよって言うみたいに、最後に私をぎゅって抱きしめて。あきちゃんは「またね」って笑った。

 一緒に出かけた時に選んだ、香水の匂い。平熱が高いあきちゃんの、あったかい体温。

 あの香水、廃盤になっちゃったんだって。でも、今でも似た香りを嗅ぐと、ちょっとだけ嫌になる。

 ずっと忘れられなかった。


 今あきちゃんが、誰に恋をして、誰と一緒にいるかなんて知らない。

 私ももう、大人になっちゃったし。

 あの時の私もあきちゃんも、名前も知らなかった人と暮らしている。


 あきちゃんとはずっと会ってない。SNSも知らない。

 何年か前に、誰かと同棲してお料理をがんばってるって、友達から噂で聞いただけ。

「ふーん、そうなんだ」って笑っておいた。

 今は結婚したかもしれないし、子どもだっているかもしれない。

 それでももう、あきちゃんが今どうしてるのか、確かめたいって気持ちはない。


 だけど、聞いてほしかった。

 私は、あきちゃんが女の子だから好きになったんじゃない。

 たまたま、好きになったあきちゃんが、女の子だっただけだったんだよ。

 あきちゃんが男の子でも女の子でも、関係なかった。ずっと一緒にいられれば、それでよかった。


 でも、あきちゃんは違ったんだよね。

 あきちゃんにとっては、友達のつづき。それでも私にとっては、たったひとつの恋だった。

 春になるたび。制服を着た子たちを見るたび。あの日の放課後が、少しだけざらっとした音をたてる。

 あの日、確かにあきちゃんを好きだった私は、ずっと心のどこかで、溺れたみたいに浅い息をしている。

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