神様、俺の校閲リストには「ヒロインと恋に落ちる」なんて項目は一言も書いていないのですが!?
世界は、一冊の粗末な脚本で回っている。
俺は『観測者』、アイン。
悲劇的な結末を迎える運命のヒロイン、愛する者を喪い狂気に染まるヒーロー。
そんな彼らの物語を、神の目を盗んで「校閲」するのが役目だ。
舞台は、滅びゆく王国の末期。
ヒロインのフィオナは、今まさに、運命の誤字によって断頭台へと引きずり出されようとしていた。
『――ヒロインは、真実を告げられぬまま、無実の罪で処刑される。それが物語の正しい規定値である』
脚本の文字が、赤く冷徹に光る。
俺はため息をつき、静かに【校閲ペン】を執った。
「『証拠の捏造』が、悲劇の根源です」
脚本を書き換える。
証拠となるはずだった『王家の指輪』のすり替えフラグを【偽物】から【本物】へ。
世界が歪む。
現実が、俺――アインの修正に合わせて音を立てて書き換わっていく。
厨房や戦場のラインを整えるのと同じだ。
要素を分解し、ボトルネックを排除する。
現場では、まさに剣を振り下ろそうとした執行人が違和感に気づき、動きを止めた。
「……待て。この指輪は、本物だ。……王太子殿下の紋章と、寸分違わず合致するだと?」
どよめきが王城の広場を包む。
フィオナは呆然としていた。
彼女には、なぜ自分の首を刎ねようとしていた執行人が、急に王太子への不敬罪の審問へとすり替わったのかが理解できない。
『――システム上、整合性が取れた。処刑フラグ、エラーコードを検知し強制終了』
俺は淡々とモニターに並ぶ数値を叩き、ログをクリアする。
世界を支配する「運命」という名のプログラムは、強引な書き換えに対しても、ある程度の整合性を保とうとする性質がある。
今回も、矛盾があるかもしれないが、辻褄が合うように修正が適用されたわけだ。
あとは、物語のヒロインが「処刑回避」という生存ルートを基点に、どう行動を変えるか。
俺は次のページへ進む。
彼女の生存は、物語のバグであると同時に、これからの「最適化」における重要な変数だ。
……そう思っていたのだが。
「……まただ」
フィオナが、空を見上げて呟いた。
「……私の運命を、書き換えてくれた誰かがいる」
彼女は微笑んだ。
絶望に染まるはずだった瞳が、確信に満ちている。
「……貴方を探し出します。運命の『校閲者』様」
――え、今の、俺の声を聞いた?
いや、そんなはずはない。
この場所は物語の階層外だ。
しかし、フィオナの視線が、正確に俺という「観測点」を射抜いていた。
物語の内側で、ヒロインが、俺に手を伸ばそうとしている。
……誤算だ。
神様、俺の校閲リストには「ヒロインと恋に落ちる」なんて項目は一言も書いていないのですが!?
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「完璧な管理下にあるはずのシステムが、ヒロインによって侵食される」という、管理者にとっての恐怖を描いてみました。
物語の脚本を修正し、悲劇という名のバグを次々と叩き潰していくアイン。
彼が最も修正できない「想定外の感情」という名のバグに、どう翻弄されていくのか。
もしアインの「無敵の校閲作業」と、いとも簡単に突き抜けてくるフィオナの「愛という名のストーカー(?)」に興味をお持ちいただけましたら、ぜひ続きや応援をいただけますと幸いです。




