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夏谷(なつや)さん、ちょっといいかしら?」

「はい。なんでしょう?」



入口の掃除をしていた私を呼び止めた声に、ほぼ反射的に言葉を返しながら振り返ると店長がいつの間にかこちらへ近づいてきていた。


閉店後の静まり返った店内だったにもかかわらず私がそれに気付けなかったのは、思ったよりも掃除に集中していたからだろうか。それとも単純に気が抜けていたからだろうか。まあどちらでもいいか。



店長の背後に見えるのは和風レトロモダンを体現した喫茶店の店内と、それを彩る数多の小物が作り出している和の世界。入口からすぐの場所からそれらを眺めると、どれもこれもが中々に壮観で写真映えしそうだなと改めて思う。


和風レトロモダンな店だよ、と言葉で言われるとなんかイメージが浮かばないと思うが、この店を見せられると「ああ、和風レトロモダンですね」と形容してしまう。そういう空間だ。


ましてやビルの地下一階にあるこの店の外観しか見ていない人からすると、入店時の衝撃というか驚きは大きいと思う。ドアだけ見ればいかにもお洒落な今どきのカフェですよっていう面構えをしているから。




「それでね」



突然始まったそんな思考は店長の次の一言で途切れる。

私にはとても身に付きそうもない大人の女性の深みのある口調。


こうして私に声が掛かる場合は何か普段と違う仕事を手伝ってほしいか、あるいはまかないの料理が出来たから帰りに食べていかないかという二通りが考えられる。経験則として。


今は土曜日の営業を終えた十八時半の後片付け中であるからして、恐らく後者だろう。明日も休みなので時間には余裕がある。私もそうだし、店長や二千花も同じと思われる。まかない夕飯雑談会にはもってこいだ。


というわけで自分のお腹がそれなりに減っていることを確認したところで――



「新人さんが来てるから軽く研修をしてほしいのよね、夏谷さんなら余裕でしょ?」



そして私は心の中で前のめりに転倒した。

美味しい料理と栄養を頂けるのだと勇み足をしていた胃袋が、「研修」という食事から明白に遠ざかっていくワードに真顔になった。胃に顔はないが真顔になったのを確実に感じ取った。


しかし、この店に三人しかいない接客バイトである私が断るわけにはいかない。キッチンを片付けているはずの二千花(にちか)もいるが、彼女のことなので「あたし人に教えるの向いてないよ~」とけらけら笑いながら傍観するに違いない。




新人さん。その言葉に少しおののく自分もいる。

一応この店でバイトを始めてから半年は経っているが、正直接客にもキッチンにもそこまでの自信はない。しかしせっかくこの店に新しい仲間が― しかも店長と副店長が認めた人が来てくれるのだ。ここはひとつ頑張ろうと思った。


せっかくいい店だし。うん。



「わかりました。とりあえず店内の紹介とメニューの説明でいいですか?」

「ええ。今更衣室で着替えてもらってるから、夏谷さんは控え室で待っててもらえる? 掃除は完璧だしもう大丈夫よ」

「はい。じゃあ最後にドアの雑巾掛けだけ済ませたら行きますね」

「助かるわ。よろしくね?」



最後に表に出て、ドアを綺麗に拭いてやれば今日の片付けは終わり。


ふっと息をついた私の背中に春の夕暮れのわずかに暖かみを残す空気が触れる。地上へと続く小さな階段から舞い込んできた陽気の欠片は、冬が終わって本当に春を迎えたことを実感させてくれた。先月までは三月なのに寒いと思っていたが、四月も半ばになればいつの間にか暖かさが勝っている。不思議だ。


その穏やかな空気から地下に逃れ、わざと季節感の希薄な空間に入口を設けているこの喫茶店は「和曜喫茶(わようきっさ) レトローズ」という名を冠している。




閑静な住宅街として知られている東京都目黒区は青葉台の一角、高層階のマンションと低層階の店舗部分が共存するタイプの見るからに高級そうな建築。その地下に店を構えたのが二年前だったそうだ。


明らかに人を選ぶような地域と立地。和風レトロモダンにこだわった内装。

それらに加えてこの店を特徴づけているのが「完全予約制」「女性のお客様限定」という特殊な店舗運営だ。


一聴するとそれで経営が成り立つのが心配になるところだが、店舗や料理の質が良く、女子会向きだったりSNS映えもするという点も相まって日々客足が絶えない。いわゆる隠れた人気店だ。



そんな店で一介のどこにでもいる高校生に過ぎない私がなぜこうしてアルバイトをしているかと言うと――




……と思ったが、研修があるのでそろそろ戻らないといけない。

Only Reservationという札が掛けられたドアを押し開き、内側から鍵を二段階で締めて、お店の奥へ戻る。最後の施錠はオーナーである店長に任せる。




店内は濃い焦茶色の古材を用いた梁や柱が印象深く、ところどころの壁には障子がはめ込まれているなど和室としての雰囲気をよく出している。幾何学模様を配した床板からはレトロ要素が、木の年輪がそのまま天板にされているテーブルとお洒落な食器からはモダン要素が溢れ出ている。


この混ぜこぜ感、しかし反発し合わない感じ。

和風レトロモダンという一見「はてな」な概念を手掛けた店長と副店長は天才なのかもしれない。どういった勉強をしたのか気になる。



テーブルは四人掛けのものが三つ、二人掛けが四つ配置されており、席数が少ない分店員は少なくても十分対応できる。この座席数の少なさも隠れ家の印象を強めていると思う。


店の奥には小さな展示スペースがあって、全国から集められた様々な小物が並べられている。和洋折衷、古いけど新しさもある、そういった品物たちが日替わりで登場する空間は撮影スポットとしても人気だ。(小上がりのような段差があるので、そこに腰掛けて写真を撮れる。)


展示スペースの脇にはキッチンやバックヤードへ繋がる入口があって、普段は暖簾で隠されているのでホールからは中が見えない。



改めてここまで完璧にお店を作った店長と副店長はすごいと思う。

一体どんな苦労をしたのだろう、とその大変さを想像しつつ、既に無人のキッチンを抜ければ控え室では二千花と乃々葉(ののは)さんがちょうど退勤するところだった。



「ことっちおつかれ~、今日もにぎやかだったねえ。ホール満席でしょ?」

「うん。特に今日はドリンクオーダー多かったし往復大変だったよ」

「でもその分あたしはキッチンに集中できたからね。ナイスだよことっち」

「そのことっちって呼び方、あんまり好きじゃないんだけど……」


という変なあだ名を自然に使ってくるのが荷稲(かいな) 二千花(にちか)

一つ上の高校二年生で、簡単に言うと「ギャルと活発女子の中間」である。地毛である茶髪をハーフアップでラフに纏めた髪型もそんな印象とリンクする。


実際私服姿の二千花はお洒落女子そのもので、淡い青のパフスリーブのブラウスにハイウエストのショートパンツを合わせ、足元のスポーツサンダルも相まってか、「今から街に出て遊んできます」と宣言しているようだった。もう夜だから家に帰るだけだろうけど。あと寒そう。


なお私よりも半年早くバイトを始めた先輩でもあるが、なぜかタメ口をきいている。理由はよくわからない。なんでだろう。



琴奈ことな氏お疲れ、まかないのオムハヤシ作っておいたから食べてね」

「乃々葉さん、ありがとうございます!」

「うちの料理の腕は誰かの胃袋を満足させるためにあるからね、食べ盛りの子に食べてもらえて料理も喜ぶよ」

「ではありがたくいただきます」


隣の背の高いお姉さんはキッチン担当の月島(つきしま) 乃々葉(ののは)さん。

大学三年生にして料理のプロを目指している二刀流の先輩だ。この店の料理は基本的に全て乃々葉さんが作る。バイトは簡単な補助だけだ。


将来の修行も兼ねてこの店で調理バイトをしているが、もはや調理バイトどころの腕ではなく、お店の評判の半分以上は乃々葉さんの料理にあると言っても過言ではない。たくさんお給料をもらってほしい。



と、そこで控え室を見回したがまだ新人さんは準備中のようだった。


待機時間が続くとわかった私はテーブルを囲む椅子の一つに腰を下ろし、そのまま帰宅まっしぐらの二人を見送る。部屋の時計の秒針が刻むチクタクという音をBGMにしながらぼんやりと待つ。


こういった落ち着いた空間でのバイトが性に合っているとはいえ、七時間くらい働くのは流石に疲れる。そういえば昼食は乃々葉さんが朝のうちに用意してくれていたたまごサンドだけだ。


でも、こうして自分の望んだ環境で働けることは嬉しい。

そうやって自分の疲労も讃えながらしばしの休憩だ。




そういえば新人さんを入れるというのは前からの希望だったと聞いている。


平日こそ店長と乃々葉さんの二人体制で回しているが、絶対的な忙しさが保証された休日はやはりバイトが欲しい。ところが今この店の接客バイトは三人しかいないから、一日に二人入ることを考えると誰かが必ず連勤になる。


その点もう一人増えて四人になれば二人ずつで分けることができる。

それは高校生であり青春を謳歌しているバイト三人(うち一人については疑義あり)にとってはありがたい話だ。遊びに出かける時間がないのは困る(はず)。


しかし、この店は諸般の理由により簡単にはバイトを雇えない。

その理由は店長と副店長の私情―― もとい趣味によるのだが。




ガチャッ。



背後で更衣室の扉が開く音がした。新人さんが出て来た音に相違なかった。

今回の「私情」の成果がいかほどかを私が初めて知る瞬間である。


その音で背筋を再度伸ばした私は椅子からすっと立ち上がり、どんな人でどの程度の成果が襲い来るのかと少し身構えながら振り返る。


そして、私の視線の先にいたのは―




「……あ、あのっ……て、店長さんは、どちらでしょうか……」



とても綺麗な女の子だった。身長は一五〇センチほどか。

私と同い年か少し下に見える。長い黒髪が艶やかに背中まで伸びていた。


守ってあげたい感じと、おしとやかな感じと、おっとりしている感じがバランスよく混ざっている。そんな第一印象を受ける。


人見知りなのかおどおどした仕草を見せているので私まで緊張しそうだ。




――なるほど、つまり店長と副店長の趣味は美少女を連れてくることなのか。

そう思うかもしれない。ただ、彼女たちの趣味にはもう一段階先がある。



「え、えっ、と……あの、そ、そんなに、見られると、ちょっと……」



彼女が着ていたのは接客バイト用の給仕服、なのだが。

普通の喫茶店とは少し、いや、かなり異なっている。



トップスは神社の巫女さんみたいな白い着物で、緋色じゃなくて桜色が差し込まれたキュートな雰囲気。袖の部分にも桜色があしらわれていて、袖口のところが広がっているのも巫女さんの服と似ている。


同じ桜色をしたフレアスカートは膝より少し上くらいまでの短めの丈をしていて、そこに白のフリルがついている。そのスカート丈に合わせるように白のニーハイソックスを履いていて、しかも足元だけは足袋の形をしているし、そこに草履まで合わせている。


要するに和洋折衷系のメイド服のようななにかであり、店長と副店長の私情もとい趣味というのはつまりこういう女の子に可愛い衣装を着せることであって―




「おー、仙谷(せんごく)さん良い感じになったわね。似合ってるわよ?」

「っ……ぁ、はい、ありがとうございます……」


そして元凶というか犯人の一人である店長がしれっと戻ってきた。

私は横目で「今回の成果も中々ですね」と呆れながらメッセージを送る。当然受信されることはなかった。見向きもされていない。


そして店長が満足そうに頷き、ようやく私へ視線を向けたところで―



「で、夏谷さん。彼女が新しく入ってくれる仙谷(せんごく) 小春(こはる)さんね」

「はい、仙谷さんですね。私は夏谷(なつや)琴奈(ことな)と言います。よろしくお願いします」

「はっ、はいっ……仙谷小春ですっ、よ、よろしくお願いしますっ」


そこでようやく「彼女はけっこう緊張しいなんだな」と思った。

さっきから噛んでいる回数がものすごい。私でもここまでは噛まない。


恥じらって頬を薄く染めている様もあって、人見知りな子という印象は強まり、しかしその中でも所作は綺麗な感じがするので「人前に慣れていない深窓のお嬢様」という勝手なイメージが出来つつあった。


実際、よく手入れされた長い黒髪だったり、顔立ちや表情から伝わってくるおしとやかな雰囲気もお嬢様という感じがする。本物のお嬢様に出会ったことがないのでわからないが、裕福な家の子であるだろうなという気もした。


しかし、そんな子がどうしてわざわざバイトに?

と一瞬思ったのだが、店長の説明が始まるとすぐに意識はそちらへ切り替わる。



「とりあえず当面は仙谷さんと夏谷さんをタッグにするから、マンツーマンの研修みたいな感じで仕事に慣れていってもらえるといいわね」

「わ、わかりました」

「了解です。といっても今の仕事内容と同じですよね?」

「ええ、夏谷さんの通常営業通りにしてくれればいいわ」

「……な、夏谷さん、よろしくお願いします」


そこからはスムーズだった。

この店を知り尽くした店長と、一応半年働いている私で仙谷さんへの簡単なヒアリングが行われ、得意なこと・苦手なこと・対人経験などといった接客に関わりそうな分野を聞き取る。


それによるとアルバイトは初めてで、学校でも人とはあまり話さない方らしい。

しかし対人関係が苦手なままではいけないと思い、比較的落ち着いて接客が出来そうなこの店に応募したとのことだ。しかし私と同じ高校一年生であることを考えると、むしろ今くらいがバイトデビューでちょうどよいと思う。そもそも中学生のアルバイトはなんかよくない気がする。よくわからないけど。



記憶力や物覚えは良い方で、学校の成績はとても優秀。

単純な暗記にも強いし、論理的にものを考えるのも得意で、「これならメニューの暗記とか調理補助に慣れるのもすぐだろうな」と思った。



ついでにハキハキ喋ってみてと頼んだところ、学校の読書感想文を音読する感じの気合の入れ方が発揮されてしまい店長も私もびっくりしたが、そこはまあ経験でなんとかなるという大人の判断を信じることにした。誰でも初めてはそんなものだろう。私だってそうだった。


という流れで、バイト一か月目のある時に盛大に噛みまくってお客さんに笑われた悲劇も思い出し、ちょっとだけ羞恥に悶えたことはバレていないはずだ。



さて、簡単な説明は終わった。

あとは少し店内を見て回って研修は終わり……のはずだったのだが。



「仙谷さん、あなたツインテールとか似合いそうねー」

「「っ――!」」


ダメな大人が危ない発言を放った。

私がその暴挙に息を呑んだのと、彼女が驚いて息をひゅっと吸ったのは同時だった。まずい。おしとやかなお嬢様にいきなりツインテを求めるのはまずい。絶対そういうのに慣れてないって。やばいよ。店長ストップ!



しかし、大人の言葉に逆らえなかったのか、仙谷さんはこくりと頷いて。



そして店長はすぐさま髪型を弄り出した。

長い髪を手際よくまとめて、どこからか取り出した桜の花びら型の髪留めで、かなり高めの位置に留めようとしていた。これは恐らくだが女子小学生及びアイドルの特権である。高校生がやるには危険が伴う髪型だ。


私は思わず身を乗り出した。店長の耳元に近づく。囁く。


(店長、この髪型は幼すぎますよ――!)

(分かってないわね。ギャップよ、ギャップ)

(えぇ……)



そうして私の必死の防戦も空しく、ラビットスタイルと称される非常に高い位置でのツインテールが完成してしまった。仙谷さんは大丈夫だろうか。正気を保てるだろうか。お嬢様には衝撃が強すぎやしないか。まるで姉のような気持ちで心配してしまう。初対面の人を相手に失礼な。



ところが用意された鏡を覗き込んだ彼女は、意外にも落ち着いていて―



「ほら、すごく良いじゃない。私の見立て通りね」

「ほんとだ……すごく良いですね。似合ってますよ、仙谷さん」

「っ……ほ、ほんと、ですか?」


さっきよりも色濃く頬を染めた彼女は、後ろで見守る二名をちらちらと気にしながらそう答えた。やっぱり恥ずかしいのだろう。したこともない(であろう)髪型だし、今は副店長お手製の衣装付きである。


しかし、このまま彼女はアニメの中に出てきてもよさそうだ。

改めてよくよく見てみると可愛い。おしとやかな仕草に対してツインテールのキュートさが組み合わさった時の形容しがたい愛らしさに私は思わず心の中で拍手を送った。店長のギャップ読みは正しかったのである。


それに、恥じらっている様子とか仕草とかを除いたとしても、整った顔立ちにガーリーな衣装と綺麗な髪が三位一体となって可愛さを演出している。



ちなみに私の給仕服もデザインは大体同じで、色が薄緑を基調にしているとかスカート丈は長めだとかの違いもあるが、素材の出来でここまで変わってくるのかと思うと、なにかこう生まれ持ったなにかの違いを感じる。私にないものを持っている彼女への適量な飢餓感と小さじ一杯の羨望、である。




いやあ、しかしこれは接客に出ていったらお客さんにキャーキャー言われてしまうのでは。可愛いもの好きの女子の皆様に大好評となってしまうのでは。


この店の雰囲気とは少し外れた人気の出方をしてしまう、という想像をしていたのは店長も同じだったようで、「これはキュートさが凄すぎるわね……」と語彙力に欠けた台詞を独り言ちていた。大人の教養は抜け落ちていた。



しかし、対人練習をしたくてバイトに応募してきた彼女のことだから、いきなりここまで自分のイメージと違う状況になると戸惑うだろう。


ましてやもう今からどこかの舞台に出演してきてくださいと言われても見た目だけはバッチリな状態である、別に役者を目指して来ているわけではないのに。だから困っているに違いないと、そう思った……のだが。



「よ、よかったです……わたし、これでがんばります」



思ったよりも前向きだった。

意外にもメンタルの強さを見せてきた彼女に、私も先輩として頑張らなくてはという気持ちが強まる。人を見た目だけで判断してはいけない。改めて学んだ。



では、ここまで進んだら次は店内を案内するタイミングだ。

店長は一度引っ込み、私は仙谷さんを連れてホールへ向かう。


というわけで三者三様に動き出そうとした、その時だった。





ほんの一瞬だけ彼女がふっと微笑んだように見えた。



鏡の中の自分に向かって微笑みかけたような、そんな風に見えた。

とても可憐な笑顔だったような気がして、でも一度瞬きをしたらもうそれは消えていた。その表情がやけに記憶に残った。


あの笑顔はなんだったのだろう。不思議にもそう思った。

どうしてその表情が記憶に焼き付いたのかはわからない。おしとやかな子が微笑むのは珍しいからという貴重さのせいか、それとも単純に初めて彼女の笑顔を見たからなのか、よくわからない。



あまりにも短かったその表情は私が見た幻覚なのか、定かではないけれど、ともかく嫌ではなさそうということが伝わり、少し安心する自分がいた。




その後は店を案内して、最後に乃々葉さんが用意してくれたまかないを二人で食べて、そこで解散になった。でも、最後まで彼女の表情にあの時の笑顔を重ねて見てしまう自分がいた。



なぜか忘れられないあの一瞬。

その正体を掴みかねたまま、私は帰路に就く。


ただ、自分の中で何かが変わりそうな予感がした。

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