6話 声が消えました
「……声、届く?」
「届く。……いや、届いた“気がする”だけだ」
「試すわ。——『届く』」
「聞こえた」
「じゃあ次——」
「……『届——』」
「今、切れた」
「……私——エルナの声が、
途中で尻切れになったわ」
「何でだ?」
「……足、半歩出した。そこで」
「……線をまたいでます」
「線?」
「床の境目です。そこから先、音が落ちる」
「——じゃあ、この層は距離じゃない。場所だね」
「場所が悪いとか、迷宮の言い訳だろ」
「言い訳じゃないわ。……条件よ」
「……鑑定します」
「頼む」
「この線の“向こう”。音が続きません」
「続かない?」
「短い単語は残ります。文は、途中で落ちます」
「今、こっちは喋れてるのに?」
「ここ(線の手前)は、まだ通ります。
……向こうは途切れます」
「どれくらいで落ちる?」
「試した方が早いです。
——長く言うほど危ない、だけ」
「……前だ。光はない。白でもない。……ただ、静か」
「静かって言うな。静かになる」
「なる? 何が」
「……声よ」
「さっき“線の向こう”で切れたの、
まだ納得してねえんだけど」
「納得しなくていいわ。条件は変わらない」
「……境目、増えてます。
線が一本じゃないです。まだらです」
「まだら?」
「踏むたびに、通ったり落ちたりする」
「嫌な迷路だな」
「じゃあ試す。……おい!聞こえたら返事しろ!」
「……」
「……え?」
「口は動いたわ。音は無かったのよ」
「は? 今、叫んだよな?」
「線、越えて言いました」
「……越えたら落ちるって、そういうことか」
「叫ぶほど、虚しいわね」
「虚しいとか言うな。余計虚しい」
「……魔術も試します」
「やめとけ、無駄——」
「無駄かどうかは、試して決めるわ」
「……『風よ、流——』」
「……?」
「……消えたわね」
「今、何か言った?」
「言った。届かなかった」
「詠唱が不発ってことか」
「不発じゃない。途中で“ほどける”のよ」
「嫌すぎる」
「……この層、魔術にも来てます。
長い起動ほど危ないです」
「——じゃあ、形を変える。
短く起動できる形に寄せよう」
「短く起動?」
「単語だけで動かす。
……できるわ。“風”“氷”“炎”。それだけ」
「——合図を決めよう。短いのだけ」
「合図?」
「『一』で止まる。『二』で寄る。『三』で切る」
「これだけ」
「単純すぎないか」
「単純が強い層です」
「……『一・二・三』なら、残りやすい」
「いいわ。私の起動も短い単語だけにする」
「短すぎて逆に怖い」
「怖いけど、届く」
「試すぞ。……『一』」
「止まった」
「届いたわ」
「……線、越えて言ってみて」
「……『一』」
「……聞こえた。薄いけど」
「じゃあ『二』」
「……『二』」
「寄る」
「寄れた」
「『三』は今言うなよ」
「切らない。合図だけだ」
「……合図として成立してます」
「——声が落ちる時は、衝撃音も使う」
「音も切れるんだろ」
「切れにくいのがある。靴底。指。石」
「じゃあ、こうだな。……トン」
「……届いた」
「今の、聞こえたわ」
「聞こえるじゃん」
「聞こえる“場所”だけね」
「嫌な条件だな」
「条件が分かれば、武器にもなる」
「……来ます」
「もう?」
「小さい羽音です。……耳の奥が痛い感じ」
「……鼓膜針ミッジです」
「虫か」
「虫です。針です」
「針はもう——」
「……痛っ!」
「来た!」
「耳が……刺す!」
「『一』!」
「止まる!」
「止まったわ」
「ミレイ、どこ」
「……右上です。白霧の薄い所」
「見えない」
「見えないなら散らす。……風」
「風圧——!」
「……羽音、散った」
「まだいる!」
「……耳の中、痛い」
「痛いは言って。聞こえるうちに」
「言ってる。痛い!」
「『二』!」
「寄る!」
「寄った」
「寄れたわ」
「ミレイ、刺されてる?」
「大丈夫です。……針、浅いです」
「……来ます。もう一波」
「しつこい」
「風、もう一回」
「風圧——!」
「……抜けた」
「抜けた?」
「羽音が消えました。……一旦、止んでます」
「——合図、効いた。次もこれで行こう」
「……静か」
「……静かすぎる」
「ミレイ、何かいる?」
「……鑑定します」
「大きい気配。…が、吸わ…てます」
「吸われる?」
「……音を食います」
「え」
「無音ハウンドです」
「犬か」
「犬じゃない。獣だ」
「……音喰み、です」
「嫌な名前だな」
「嫌でも、当たってます」
「おい、来——」
「レイ?」
「……来——」
「切れてる!」
「……言葉が喰われてます」
「喰われるって、何で分かるんだ」
「喰われた“途中”が残ってます」
「残るのが嫌だわ」
「——短く。合図に寄せよう」
「……目は見える。足は動く。なのに、声だけ奪う」
「性格悪い」
「迷宮は性格がない」
「でも悪意はあるんだろ」
「あるわ」
「……来ます。近い」
「どこ」
「正面」
「……息が白く揺れてます」
「息で位置が分かるの、皮肉だな」
「『一』」
「止まる」
「止まった」
「……聞こえる?」
「今は聞こえる」
「聞こえる“うち”に言う。……牙、低い位置」
「低いなら、レイが届く」
「届く。……でも滑る」
「滑りは言って。…が逃げる前に」
「言ってる。逃げる」
「……パチン」
「指鳴らし?」
「合図。位置」
「見えたわ。そこね」
「……風、短く」
「風圧——!」
「空気が押された。……毛並みが見えた」
「今だな」
「『三』」
「斬閃!」
「……当たった?」
「言葉が…——」
「言葉は要らない。……次の動きで確かめる」
「……来た!」
「速い!」
「声が……出——」
「切れてる!」
「『二』!」
「寄る!」
「寄った!」
「……氷」
「三相弾——氷!」
「……足元が白く固まった」
「止まった?」
「止まったわ。足が取られてる」
「ミレイ、今のうちに」
「“線”の中で言えよ」
「……鑑定します。音喰みの範囲、
狭いです。吐いた直後が空です」
「空?」
「今、喰った後です。……“無音”が薄い」
「薄いなら——」
「言うな。……やる」
「……トン」
「靴音」
「わざと鳴らした。釣る」
「釣れるの?」
「喰える音に寄る。……寄ったわ」
「今だ」
「斬閃!」
「……鳴らない」
「鳴らないのが怖い」
「……でも、手応えはあります」
「ミレイ?」
「切れました。核——“無音の塊”が割れてます」
「割れたなら、終わりか」
「……もう一体、奥」
「まだいるのかよ」
「いるなら、同じやり方だ」
「『一』」
「止まる」
「……パチン」
「位置、分かった」
「……氷」
「氷寄り」
「……トン」
「釣った」
「斬閃!」
「……今度は、鳴った」
「鳴った?」
「骨じゃない。……空気が戻った音」
「……声、戻ってます」
「戻った?」
「戻りました。……ちゃんと繋がります」
「やっと、普通に喋れる」
「普通がありがたいわね」
「ありがたいって言うな。裏切られる」
「もう裏切られてるのよ」
「……耳、まだ痛い」
「ミッジの針、残ってない?」
「残ってません。……でも、じんじんします」
「言って。痛いは共有」
「共有、って言葉、急にまともだな」
「この層はそれで生きる」
「……待て」
「何」
「足、重くないか」
「……重い」
「え?」
「床が、沈む感じがするわ」
「……温度は変わりません。
ですが、踏んだ感触が増えてます」
「増えるって何だよ」
「——次の層だ。重力が来る」
「やっと喋れるのに、次は足かよ」
「足は逃げないわ。……裏切るだけ」
「言い方」
「迷宮だから」
「——行こう。今度は、地面を疑う」
「疑うの、得意になってきた」
「得意になりたくない」
「……でも、進みます」




