5話 氷点下でした
「……白い」
「息が白いって、マジで寒いってことだろ」
「本物の冷気よ。さっきの回廊とは違うわ」
「……温度、さらに下がってます。指先が痛いです」
「——層が変わった。
油断はしない。けど、無理もしない」
「無理しないって言っても、寒いのは無理だろ」
「言葉は無理じゃないわ。
——言って。今いちばん辛いの」
「喉。息が刺さる」
「……乾きます。冷たいのに乾きます」
「熱の次は冷えで削る。性格悪いな」
「迷宮は性格なんて持ってないわ。
悪意だけあるのよ」
「……視界が白いです。霧です」
「霧?」
「白霧よ。距離が壊れる」
「幻影じゃないのに、見えないってだけで厄介だな」
「——見えないなら、感じるしかない。
息、痛み、滑り。変化が出たら言って」
「“息、痛み、滑り”ね」
「覚えやすいわ」
「覚えたくねえけどな」
「……床、氷です」
「滑る?」
「滑ります。靴底が噛まないです」
「転んだら終わりだわ」
「終わりはしない。……でも、きつい」
「——焦りが出たら、先に言え。転ぶ前に」
「分かった」「承知です」「了解よ」
「……壁、綺麗」
「氷の宮殿みたいだな」
「綺麗ね。……綺麗すぎて嫌だわ」
「反射が、少し残ってる」
「鏡じゃないです。氷の反射です」
「似てるのが嫌なんだよ」
「似てても違う。触れば分かる」
「触ると指が死ぬ」
「……死にません。痛いだけです」
「痛いだけって言うな。痛いのが嫌なんだよ」
「……足音、変」
「変って何だ」
「自分の足音が、遅れて返る」
「霧で音が回るのよ」
「回るなら、まだいい。——消えるよりは」
「消える?」
「次が沈黙だって言ってたでしょ」
「……言うなよ」
「言った方がいいわ。
怖いものは、言って輪郭にする」
「……待って。床、音が違います」
「違う?」
「硬い音がします。氷じゃなくて、もっと——」
「石?」
「いえ、尖ってます。……踏むと嫌な音です」
「嫌な音って便利だな」
「便利じゃないです。怖いです」
「——止まろう。そこ、無理に踏まない」
「止まった」
「……雪みたいに見えるのに、下が硬い」
「霧のせいで白が全部同じに見えるわ」
「……鑑定します。雪の下に、丸い冷えがいます」
「いる?」
「動きません。……棘の気配です」
「棘って、まさか」
「鑑定します。氷棘ウニです」
「ウニ!?」
「食べられるやつじゃないわよ」
「分かってるよ!」
「……踏むと、棘が出ます。振動に反応します」
「罠じゃねえか」
「罠じゃない。生き物です」
「生き物の方が性格悪い」
「——音を立てないで進むのは無理だ。
なら、見えるようにする」
「どうやって」
「風で雪を払うわ」
「風圧——払って」
「……白が剥がれた。丸いのが、いくつも」
「うわ、地面に刺さってんのかよ」
「刺さってません。埋まってます」
「どっちでも嫌だ」
「棘、来ます」
「来るって、今?」
「……近い振動で反応します」
「動くな、ってこと?」
「動かないのも無理だろ」
「——じゃあ、固める。棘が出る前に“凍らせる”」
「氷で?」
「氷寄りで、外側だけ止めるわ」
「三相弾——氷!」
「……表面が白く固まった」
「……棘の反応、鈍りました」
「鈍った?」
「出る速度が落ちます」
「じゃあ今のうちに通る」
「通るって言っても、どこを」
「——壁際。霧が薄い。足音が短い所」
「短い所?」
「床が詰まってる。空洞が少ない」
「……分かりました。ここ、反響が短いです」
「よし。そこを“線”にする」
「二層みたいに?」
「似てるけど、違う。——今回は滑りが怖い」
「滑るなら言う。……滑ったら言う」
「滑る前に言って」
「意地悪だわ」
「意地悪じゃない。保険だ」
「……来た!」
「棘!」
「うわっ!」
「刺さった?」
「刺さってない! ……ギリギリだ!」
「……反応、増えます。奥、まだいます」
「ウニ多すぎ」
「ウニは多い方が“ウニ”よ」
「変な擁護するな」
「……止めた。ここ抜けたら、息が少し楽になる」
「なるなら早く言え」
「言ってる。……息が痛い」
「私も。冷たいのが刺さるわ」
「——短くてもいい。息が痛いなら、言って進む」
「……音」
「何」
「骨の音です」
「骨?」
「寒いな」
「骨が寒いとか、意味分かんねえよ」
「意味はあるわ。霜で繋がってるのよ」
「……鑑定します。霜骨スケルトンです。
骨が霜で固着してます」
「固着?」
「砕いても、霜が繋ぎ直します」
「一回で終わらないってことか」
「長引かせない。——剥がして切る」
「剥がす?」
「炎で霜だけ落とすわ」
「来た!」
「近い。霧の中から出るのが嫌だ」
「嫌でも、来るわ」
「——レイ、滑る。踏み込みは浅く」
「分かった。……浅くって、難しいんだよ」
「難しいから言うのよ」
「……骨、硬い!」
「霜が鎧みたいだわ」
「鑑定します。関節の霜が厚いです。
そこが“繋ぎ”です」
「繋ぎを切ればいい?」
「はい。霜が核です」
「——エルナ、炎寄り。霜を剥がす」
「いいわ。焼きすぎない」
「三相弾——炎!」
「……湯気!」
「霜が剥がれた!」
「今! 返し刃!」
「骨、散った!」
「……散ったのに、動く」
「言っただろ。霜が繋ぐ」
「繋ぐなよ!」
「もう一発。今度は氷で止めるわ」
「氷?」
「霜が繋ぐなら、固めて“動けなくする”」
「三相弾——氷!」
「……関節が白く固まった」
「止まった!」
「——今。切って終わらせる」
「斬閃!」
「……崩れた」
「今度は繋がらない?」
「……霜が薄いです。核が切れました」
「よし」
「よし、じゃない。寒い」
「寒いのは続くわ」
「……増えます。二体」
「まだ来るのかよ」
「霧が味方してる。近づくまで分からない」
「——じゃあ、音を拾う。骨の鳴る方向、言って」
「右。カチ、って」
「左。……擦れる音」
「正面。近い」
「……息、短い」
「言えた。大丈夫」
「大丈夫じゃないけど、言えた」
「炎弾、もう一回!」
「三相弾——炎!」
「霜が剥がれた!」
「返し刃!」
「斬閃!」
「……二体、止まりました」
「止まった、って言い方が好きになってきた」
「嫌だわ、その順応」
「順応しないと死ぬんだよ」
「……霧、薄くなってきた」
「階段か」
「……あります。奥」
「奥って、どっちだよ」
「音が短い方です。……反響が、吸われてます」
「吸われる?」
「声が遠くなるわね」
「いや、遠いっていうか……薄い」
「……この先、返事が遅れます。沈黙の匂いです」
「匂いで言うな」
「言えないよりいいです」
「——行こう。冷気は本物だった」
「本物すぎて困る」
「困っても進むわ」
「……声、届くうちに」
「届くうちに、言う。
——息、痛み、滑り。最後まで」
「息、痛い」
「指、痛いわ」
「滑るのが怖い」
「言えた。……降りよう」




