3話 火炎地帯でした
「……熱い」
「言うなよ。余計熱いだろ」
「いえ、言った方がいいです。
温度が上がっています」
「風、熱いわ。下から吹き上げてくる」
「……状況を言い続けろ」
「空気が乾いてます。
喉が渇きます。息が短くなります」
「——唇が割れそうだ。水分が持っていかれる」
「足元、焦げてる。
……これ、床じゃなくて焼けた岩だろ」
「火炎地帯です。炎系の気配、近いです」
「はぁー熱いわ。罠の方が断然マシね」
「隣の芝生は青いってやつだな。
さっきまで罠に文句言ってたのに」
「……戻るか?」
「冗談じゃないわ。戻り道は閉じたでしょう」
「閉じてなくても戻らない。——進む」
「……二層は、神経が削れました。
線と針と、ラットと蜘蛛です。もう嫌です」
「ここは神経じゃなくて喉に来るわね。
乾くのが早いわ」
「頭より先に身体が悲鳴を上げている。息が熱い」
「いえ、まだ“序の熱”です。
……ここから上がります」
「上がるって、何が」
「熱です。種類が変わっていく感じがします」
「……どんなふうに?」
「最初は熱風です。次は肌が焼ける感触。
……その次は、呼吸が痛みます」
「嫌な説明だな」
「でも、知ってれば構えられるわ」
「焦るな。走らない。床を見ながら行く」
「走りたいんだよ。暑いんだから」
「走ったら落ちるわ」
「……床、ところどころ光ってます。薄い膜です」
「膜?」
「溶けた薄膜です。踏むと沈みます」
「つまり溶岩?」
「溶岩そのものではありません。
“皮”です。割れます」
「厄介だな」
「厄介でも避けられるわ。壁際を拾っていくのよ」
「……熱風、来ます。周期があります」
「周期?」
「吸って、吐く。——迷宮が呼吸してます」
「二層で扉が呼吸してたって言ってたの、
冗談じゃなかったのよね」
「冗談にしてほしかった」
「——来るぞ。しゃがめ」
「うわっ……!」
「熱、背中を撫でたわ。髪が焼けそう」
「……今の熱風で、膜が揺れました。
薄い所が広がってます」
「広がるって、増えるってことか」
「増えます。地形が動いてます」
「——止める手はない。
なら、歩幅を揃えろ。走るな」
「……炎系の気配、近づいてます。……来ます」
「どっから」
「正面です。熱の濃い所から」
「嫌な来方だ」
「熾火が揺れてます。——熾火サラマンダです」
「サラマンダかよ」
「分類はどうでもいい。——位置取りだけ揃える」
「——来た。距離、詰めるな。横に流せ」
「風で散らすわ。——風圧!」
「炎が横に逃げた!」
「逃がすな。膜へ寄るぞ」
「……膜の縁、危険です。落ちます」
「レイ、狭く使え。跳ぶな」
「分かってる! 瞬強!」
「瞬強は跳ぶだろ!」
「跳ばねえ! 踏み込みだ!」
「——連断。押し返す!」
「うっ……熱っ!」
「鑑定します。弱点は腹です。腹の膜が薄いです」
「腹、了解!」
「腹、って言い方が急に生々しいわね」
「生々しいのは炎です」
「……増えます。奥の割れ目から、もう一匹」
「地形で増援が生まれるってこと?」
「はい。割れ目が“巣口”です。
熱が吐き出されてます」
「——巣口を塞ぐ。エルナ、氷寄り」
「任せて。冷やすわ——三相弾、氷寄り!」
「……床が白くなった。熱が引いた!」
「そこ、足場にする。レイ、腹を切れ」
「斬閃!」
「落ちた!」
「落としたんだよ!」
「落ちたのは熾火だ。——次…」
「灼鎧の気配も来ます」
「灼鎧?」
「来ました。灼鎧リザードです。
鎧みたいに硬いです」
「硬いなら崩す。——崩し」
「硬っ……!」
「灼鎧リザード、弱点は関節です。鎧の継ぎ目です」
「関節、分かった!」
「——熱に引かれるな。踏み場、声に出せ」
「膜の縁!」
「白い石! 冷えてるわ!」
「焦げた岩! 音が軽い!」
「軽い所は捨てろ!」
「捨てる! ……でも熱い!」
「熱いは後。今は落ちるな」
「……熱風、また来ます。次は強いです」
「レイ、浅くでいい。関節だけ——削れ」
「——斬り上げ!」
「……継ぎ目、裂けました。熱が漏れてます」
「効いた。——でも追うな。床が悪い」
「……灼鎧、下がります。割れ目へ。
熱風を避けてる」
「よし。退かせた。——今は熱風を凌げ」
「熱っ!肌が焼ける」
「息も焼けます」
「——しゃがめ。口を塞げ」
「うっ……!」
「……来た。今の、喉が痛い」
「息が焼けたわ。……ほんとに段階が上がってる」
「俺、口の中が乾いて割れそう」
「……熱で急ぐと、判断が遅れます。危険です」
「遅れてる暇なんか——」
「ある。遅れたら落ちる」
「——巣口、もう一つ。左奥」
「左奥、熱が噴いてるわ」
「塞げる?」
「塞ぐわ。氷寄りを重ねれば固まる」
「橋も作る」
「橋?」
「冷やした石を繋いで渡る。膜の上を歩くな」
「了解よ。——三相弾、氷寄り!」
「……固まってます。
石が“鳴き”が変わりました。踏めます」
「鳴き?」
「音が詰まりました。空洞じゃないです」
「じゃあ、そこが道だ」
「——道じゃない。今だけの足場だ」
「今だけでも、欲しいわ」
「灼鎧、来た!」
「崩し——!」
「返し刃!」
「関節、今! 関節!」
「斬閃!」
「倒れた!」
「……増援、止まりました。
巣口、冷えて塞がってます」
「よし。——橋を伸ばす。次の足場、繋げ」
「繋ぐわ。氷寄り、もう一発」
「……熱、少し下がった。助かる」
「油断するな」
「……下り口、あります。奥。熱が“引いて”ます」
「引いてる? 熱が?」
「はい。熱が薄いです。……おかしいです」
「熱が薄いって、嬉しいのに嫌な言い方ね」
「嫌でも行く。——橋、最後まで」
「……喉、まだ痛いです。息、短いです」
「生きてる。……でも熱い!」
「熱いは認める」
「——着いた。下り口」
「……待って。ここ、急に——」
「何よ」
「熱が、消えたわ」
「……え?」
「風が冷たいです。さっきまでの熱が嘘みたいです」
「嘘はつかないんだろ、風」
「つかない。だから怖いのよ」




