10話 過去に呼ばれました
『……リオン』
「今、誰が呼んだ」
「呼んでないわ」
「……私も呼んでません」
「……でも、聞こえた」
「呼び方が、変だったな」
「変?」
「やめろよ。そういうの」
「やめたいけど、始まってるわね」
「外からじゃなく、内側から来ます。……声の形で」
「嫌だな」
「嫌でも、進む」
「進むのよ」
「……足元、見えない」
「見えるわ。——見えすぎる」
「どっちだよ」
「……床が、昔の床みたいに見えます」
「昔って、どの昔だ」
「……言うな」
「言わないと、刺されるわ」
「……刺される?」
「ここ、言葉が刃になる」
「刃なら、折ればいい」
「言葉を?」
「折る。……折れる形にして」
「……来ます」
「何が」
「足音が、増えてます。四つじゃない」
「またかよ」
「増えてない。……呼び込まれてる」
「呼び込むな」
「呼んでない!」
「呼んでないのに来るのが、この場所よ」
「……レイ」
「は?」
「後ろ」
「後ろは——」
『——遅い』
「……声が、俺?」
「声も顔も、あなたね」
「やめろよ」
『やめない。ここはそういう場所だ』
「……偽物」
『偽物じゃない。“お前のまま”だ』
「気持ち悪い言い方するな」
『気持ち悪いのは、お前の中身だろ』
「……腹立つ」
『——怖いんだろ』
「怖くねえ」
『怖いって言えないのが、お前だ』
「黙れ」
「レイ、返さなくていい。身体のことだけ言って」
「身体?」
「息。指。足。今起きてることだけでいいです」
「……息が、詰まる」
「今の一言で、動きが鈍ったわ」
「ほんとだ。目が泳いだ」
「刺さるなら、逆もある。……言葉で鈍る」
『——お前は、いつも遅い』
「……うるさい」
『遅いから、置いていく』
「置いて——」
『置いてかれるのが怖いんだろ』
「……怖い」
「言えた。今ので、さらに鈍った」
「じゃあ切れる」
「切るなら、短くいこう」
「……分かった」
「斬閃!」
『——浅い』
「浅いなら、もう一度」
「返し刃!」
「……消えた」
「消えたっていうか、薄くなった」
「薄くなるのが、この層です。言葉で薄くなります」
「言葉で戦うとか、趣味悪い」
「迷宮だから」
「……次、来ます」
「次って」
「紙の音です」
「紙?」
「ページをめくる音」
「また事務かよ」
「今度は扉じゃないわ。……もっと嫌」
『——鑑定結果、読み上げます』
「……ミレイ?」
「ミレイの声だ」
「私、今しゃべってません」
「じゃあ、誰だよ」
「……写し身です」
『——鑑定。危険度:中。根拠:推測。責任:ミレイ』
「責任?」
「……それ、私の言い方だ」
『——鑑定。危険度:低。根拠:希望。責任:ミレイ』
「やめろ」
『——鑑定。危険度:不明。根拠:不安。責任:ミレイ』
「……ミレイ、聞くな」
「聞かないと、対処できません」
「対処って」
「……あれは“言葉”で首を絞めます」
『——あなたの鑑定で、人が死ぬ』
「……」
「ミレイ」
「……はい」
「今、何が起きてる」
「……私の言葉の“形”が、敵になってます」
「形?」
「断言、責任、結果。
そういうものだけ抜き出して、刺してきます」
「じゃあ、抜き出させなきゃいい」
「どうやって」
「条件を付ける」
「……はい。条件付きで言います」
『——条件付き? 逃げ?』
「逃げではありません。安全策です」
『——安全策で、誰が救える?』
「救うのは、私一人ではありません」
『——じゃあ、誰が』
「全員です」
「……リオン、レイ、エルナ。
今見える現象を、短く」
「現象?」
「“責任”じゃなく、“起きたこと”です」
「……紙の音が近い」
「紙が、床から立ってるわ」
「紙じゃねえ。……文字だ」
「……文字が、鎖みたいに動いてます」
「鎖かよ」
「……絡め取る気です。足を取ります」
「レイ、足の感触」
「……重くない。絡む」
「エルナ、風で切れる?」
「切れるわ。——風」
「……鎖が散った」
「ミレイ、今のを」
「……鎖が散りました。風で散ります。
——以上です」
「それでいい」
『——以上? 薄い』
「薄い方が、刺されません」
「薄いって言うな」
「薄くていいわ。ここは、薄く積むのよ」
『——あなたは、逃げた』
「逃げてません」
『——責任から』
「責任は背負います。
ですが——今は、背負い方を選びます」
『選ぶ?』
「条件付きで言います。言い直します。更新します」
「……敵の文字が、滲んだ」
「滲むなら、勝てる」
「……鑑定は結論じゃありません。道具です」
「……道具」
『——道具で、誰が救える』
「救うのは道具じゃありません。……使う側です」
「レイ、今です」
「了解、斬閃!」
「……写し身、崩れてます」
「よし」
「次が来るぞ」
「来るわね」
「……水音」
「四層を思い出すな」
「思い出させる層よ」
「……景色が、変わりました」
「変わった?」
「湖……じゃない。——誰かの部屋」
「部屋?」
「整いすぎてる。エルナの部屋っぽい」
「私の部屋なんて、見たことないでしょ」
「見たことなくても分かります
……几帳面の圧があります」
「圧って何よ」
「……匂いの比喩です。
整いの方向が“計算”に寄っています」
「匂いはやめて」
「……言い直します。整い、ではなく、計算です」
「今はそこより、来る声のほうだろ」
『——撤退』
「……声が、エルナ」
「エルナが言った?」
「言ってないわ」
『——撤退が最適よ』
「うわ」
「刺してくる言い方だ」
『——計算が合えば、心はいらないわ』
「それ、言いすぎ」
「言いすぎなのが敵よ」
「……エルナ」
「何」
「今の、刺さる?」
「刺さるわ。……でも」
「でも?」
「刺さるのは、当たってるからじゃない。
——私が、それを“使ってきた”からよ」
「使ってきた、って」
「捨てる言葉を、上手く言ってきたの」
「……」
「嫌な自白ね」
「自白は強い」
「レイ、今は口を挟まなくていい」
『——心は邪魔よ』
「邪魔じゃないわ」
『——邪魔。捨てなさい』
「捨てない」
『——捨てられないなら、あなたが捨てられるわ』
「……それも、知ってる」
「知ってる?」
「私は、計算だけで動ける。
——でも、計算だけで戻れないの」
「戻れない?」
「帰るって、数字じゃないのよ」
「……言い方が珍しいわね」
「珍しいのは今だけでいい」
『——なら、証明しなさい』
「証明って」
『心があるなら、手を止めて』
「止めない」
『止めないなら、心はないわ』
「ある」
『どうやって分かるの』
「言葉にする。——今、怖い」
「怖い?」
「怖いけど、進む。——それが心よ」
「……写し身、動きが遅れた」
「遅れたなら、縛る」
「縛るわ。——拘束」
「……空気が絡んだ」
「……写し身、止まりました」
「止まった」
「じゃあ切れる」
「切らないわ。——ほどく」
「ほどく?」
「心を切るのは簡単。ほどく方が難しいの」
「……エルナ、格好つけてる」
「褒めてないわ」
「褒めてない。観察」
「……写し身、消えました」
「……残りは」
「リオンだな」
「……来ます」
「来るな」
「来るわ」
『……リオン』
「またか」
「今の、誰の声」
「……近い」
「近い?」
「距離じゃない。……昔の温度」
「温度で言うな」
「言う。冷たい昔だ」
『——帰りたいか』
「……帰りたい」
「リオン、いま言ったの、本人?」
「俺だ。……俺が言った」
「言ったなら、聞くわ」
『帰りたいなら、何を捨てる』
「捨てない」
『——捨てないなら、帰れない』
「帰る」
『矛盾だ』
「矛盾でも、選ぶ」
『選ぶなら、誰を切る』
「切らない」
『——切らないなら、迷う』
「迷う」
『迷うのは弱い』
「弱い」
「……リオン」
「いま、“弱い”って言った」
「言えたら、強いわ」
「……写し、揺れてます。声の輪郭が欠けました」
『……お前の声が、薄くなった』
「薄くなったのは、お前だ」
『消えなくていい。——必要だから残る』
「必要?」
『……お前の中に、必要だ』
「……なら、俺が“必要”を言い直す。
——もう、お前じゃない」
「……写しが、さらに薄いです。
声が“ほどけて”ます」
「なら、ほどける前に——切る」
「リオン?」
「連断!」
「……二つ、三つ。短い斬りが“空気”を刻みました」
「刻んだって、何を」
「“声の重なり”よ。冷たい昔が、
層になってたのが剥がれていく」
「……写しの声、遅れてます。
一拍ずつ、ほどけてます」
『最後の一言を』
「最後にする。——天穿」
「天穿!」
「……上へ抜けました。
冷たさの“芯”が、抜けた感じがします」
「……写し、消えました。
残り香みたいな冷たさだけです」
「終わりじゃないわ。……来る」
「……来ます」
「ミレイ?」
「はい。大きいのが来ます。四つ、混ざってます」
「混ざる?」
「声も、言葉の癖も、全部」
「嫌だな」
「嫌でも、本番よ」
『——受理しました』
「来た。受付」
『——ご注意ください。反転。契約。追憶』
「全部盛りかよ」
「盛るのが好きなのよ」
「好きじゃない。……敵です」
『——鑑定結果を読み上げます。
撤退は最適。帰還は不可能』
「混ぜるな」
「……合成体です。追憶の合成」
「倒し方は」
「核を探します」
「核って、どこだ」
「……言葉の中心です」
「中心?」
「……今、何度も言ってます。
“帰還は不可能”」
「言ってるわね」
「そこが核?」
「可能性が高いです」
『——不可能』
「うるさい」
『——不可能』
「うるさいわ」
『——不可能』
「……声が、重い」
「重いなら、短く割る」
「割るって」
「言葉を上書きする」
「上書き?」
「“不可能”に、“未確定”を重ねる」
「ミレイ」
「はい。条件付きにします」
「条件」
「“今見える範囲では”帰還手段は不明。
——以上です」
「冷たい言い方だな」
「冷たい方が刺されません」
「いいわ。私も冷たくする」
「——氷」
「……熱が出た!」
「熱でもいい。揺れたわ」
「——風」
「……空気が裂けた」
「裂けた、って言い方が怖い」
「怖いなら言う。いま怖い」
「レイ、それでいい」
「——炎」
「冷たい!」
「冷たい炎で、文字が滲んだわ」
『——不可能』
「まだ言う」
「……核、近いです。声が、そこだけ太い」
「場所」
「正面。——床の反射が、そこだけ残ってます」
「反射も混ぜてるのか」
「欲張りよ」
「欲張りなら、削る」
「レイ、短く」
「分かってる」
「斬閃!」
『——効かない』
「効いてる。返りが来てない」
「返りがない?」
「……反射じゃない。言葉の塊です」
「じゃあ、言葉で切る」
「どうやって」
「言う。——私たちは、まだ決めてないわ」
「決めてない?」
「“不可能”を、受理してない」
「受理って言うな」
「今は言う。——受理してないわ」
「……俺も、受理してない」
「リオン」
「——帰る」
「帰るって言うな。縛られる」
「縛られていい。……帰る」
「……合成体、揺れました」
「揺れたなら、核」
「核、今です。……“不可能”が薄い」
「薄いなら、切る」
「返し刃!」
「——割れた」
「割れた音、嫌じゃない」
「嫌じゃないわね」
「……声が戻ってます。重さが減ってます」
「よし」
「よし、って言うな」
「今回は言う。よし」
「……階段」
「見える?」
「見える。……でも、さっきまでの“嘘”がない」
「嘘がないのが一番怪しいわ」
「……空気が、整っています。埃が少ないです」
「迷宮が掃除したってのかよ」
「掃除じゃないわ。
……踏む前から、背筋が伸びる感じ」
「伸びるのやめろ」
「やめたいけど、そうなるの」
「……触って確かめます」
「触って」
「……硬い。滑らない。磨かれてます」
「磨かれてる、って」
「……階段の縁に金具があります。
石じゃない冷たさです」
「金具?」
「儀式の道みたいだな。……歩幅まで揃えたくなる」
「揃えたくなる、って何だよ」
「……音が、勝手に揃います。足音が“整列”します」
「整列は、嫌な言葉だ」
「嫌でも、起きてる」
「……かすかな擦れ音」
「擦れ音?」
「……金属が触れる音です。
近いのに、姿は見えません」
「見えないのに“そこにいる”感じがするわね」
「……見られてます。視線みたいな圧です」
「圧で言うな」
「言う。圧は、圧だから」
「行く」
「急がない。音に合わせない。自分の歩幅で」
「……一段目」
「音、変わった」
「……響きが、広いです。——空間が開いてます」
「開いてるのに、歓迎してない感じね」
「歓迎はいらない。……通るだけ」
「……進みます」




