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式場選びの最中に発覚した、義妹で婚約者の裏切り。俺は感情を殺し、親友ごとその人生を破壊する「完璧な復讐」を実行する  作者: ledled


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後日談 砂上の城主、その末路

カツン、カツンと、安全靴がアスファルトを叩く乾いた音が響く。

冬の冷たい風が作業着の隙間から入り込み、老いた体に容赦なく突き刺さる。俺、高城重蔵たかぎ じゅうぞうは、かじかむ手で自動販売機の温かい缶コーヒーを握りしめ、誘導灯を小脇に抱えながらガードレールに腰を下ろした。

ここから見上げる建設中の高層マンションは、かつて俺が社長を務めていた「高城建設」が下請けとして入るはずだった現場の一つだ。だが今、俺はその現場の交通誘導員として、日当一万円にも満たない金で立っている。


「おい、爺さん! 休憩長いぞ、そろそろ交代だ!」


現場監督の若造が怒鳴り声を上げてくる。


「へい、すんません」


俺は卑屈な笑みを浮かべて頭を下げた。かつての俺なら、こんな若造、顎で使っていただろう。いや、視界に入れることさえなかったはずだ。

俺は地方の中堅ゼネコンの社長だった。地元の名士として崇められ、夜の街では王様のように振る舞い、息子の蓮には何不自由ない生活を与えてきた。

それがどうだ。今は見る影もない。

全てが崩れ去ったのは、あの日――息子が青ざめた顔で帰宅した、あの夜からだった。


俺は缶コーヒーを飲み干し、苦い記憶の蓋を開けた。


あの日、蓮は深夜になって家に転がり込んできた。

いつもならブランド物のスーツを着こなし、余裕綽々とした態度を見せる自慢の息子が、その日はまるで幽霊でも見たかのように震えていた。


「お、親父……やばい、やばいんだ……」

「どうした蓮。また女か? それとも車でも擦ったか?」


俺はブランデーグラスを傾けながら、鼻で笑った。

蓮がトラブルを起こすのは今に始まったことではない。大学での素行不良も、派手な女遊びも、全て俺が金と権力で揉み消してきた。

今回も、せいぜいその類だろうと思っていた。


「ちがう……湊だよ。相沢湊。あいつに全部バレた」

「湊? お前の腰巾着の、あの真面目くさったガキか?」


湊という男のことは知っていた。蓮の友人で、地味で冴えないが、勉強だけはできる男だ。蓮がよく「あいつは俺の引き立て役だ」と笑っていたのを覚えている。

その湊が、どうしたというのか。


「あいつの婚約者と……その、付き合ってたのがバレて……証拠も全部握られてて……」

「なんだ、そんなことか」


俺は呆れて溜息をついた。


「人の女に手を出すなんざ褒められたことじゃねえが、男の甲斐性みたいなもんだろ。慰謝料なら払ってやる。幾らだ? 百万か? 二百万か? 手切れ金を渡して黙らせろ」


俺にとって、金で解決できない問題など存在しなかった。

だが、蓮は首を激しく横に振った。


「違うんだ親父! 金の問題じゃない! あいつ、俺の論文が代行業者によるものだって証拠も掴んでて、大学に通報したって……それに、親父の会社のことも……」

「会社の? 俺の会社がどうした」


蓮の次の言葉が、俺の酔いを一瞬で醒まさせた。


「粉飾決算。……親父が裏でやってる帳簿操作のこと、あいつ全部調べて、国税局に通報したって……」


俺はグラスを取り落としそうになった。

心臓がドクンと嫌な音を立てる。

粉飾決算。それは俺がここ数年、傾きかけた経営を立て直すために――いや、立て直したように見せかけて銀行からの融資を継続させるために、経理部長と結託して行っていた禁じ手だ。

架空の売上計上、在庫の水増し、関連会社を使った利益の付け替え。

あまりにも複雑で、素人には絶対に見抜けないスキームを組んでいたはずだ。それを、たかが大学生の小僧が見抜いただと?


「馬鹿を言うな! 俺の帳簿は完璧だ。ガキのハッタリに決まってる」


俺は声を荒げて否定した。自分自身に言い聞かせるように。

だが、蓮の顔色は戻らなかった。

あいつが見せたというスマホの画面には、国税局からの「情報提供受理」の通知があったという。


翌日、俺の楽観的な観測は、無慈悲な現実によって粉々に打ち砕かれた。

午前九時五十五分。

本社ビルの玄関に、黒いスーツを着た男たちが十数人、雪崩れ込んできたのだ。

受付の悲鳴と共に、社長室のドアが乱暴に開かれた。


「高城建設社長、高城重蔵ですね。東京国税局査察部です。国税犯則取締法に基づき、強制調査を行います」


ドラマでしか見たことのない光景。

通称「マルサ」。

先頭に立った鋭い目つきの男が、令状を突きつけてくる。

俺は椅子から立ち上がることもできず、ただ口をパクパクと開閉させることしかできなかった。


「な、何かの間違いだ……俺は何も……」

「間違いかどうかは、資料を見れば分かります。パソコン、帳簿、金庫の中身、すべて押収します。社員は全員デスクから離れてください! 手に持っているものを置いて!」


怒号が飛び交い、社内はパニックに陥った。

俺の目の前で、隠し金庫が開けられ、裏帳簿が次々と段ボール箱に放り込まれていく。

その手際は鮮やかで、まるで最初から隠し場所を知っていたかのようだった。

そう、湊だ。あいつが提供した情報が、あまりにも正確だったのだ。


「社長、これはいけませんねえ。関連会社の『TKプランニング』、実態のないペーパーカンパニーですよね? ここに利益を逃して、法人税を圧縮している。しかも、その金の一部が、息子さんの個人的な口座に流れている」


査察官が冷ややかな声で指摘する。

言い逃れは不可能だった。

俺が長年かけて築き上げた砂上の城が、音を立てて崩れ落ちていく。

その轟音は、俺の耳にはっきりと聞こえた気がした。


さらに追い打ちをかけるように、メインバンクの支店長から電話が入った。


『高城社長、ニュースを見ましたよ。……残念ですが、当行としてはこれ以上の融資は継続できません。また、現在貸し出している運転資金についても、期限の利益を喪失したとみなし、即時の一括返済を求めます』

「ま、待ってくれ支店長! これは誤解なんだ! 調査が終われば潔白が証明される! それまで待ってくれ!」

『誤解? 国税が動いた時点で、銀行としてはアウトなんです。それに、決算書の数字、あれも弄ってますよね? 我々を騙していたということですか?』


支店長の声は、氷点下のように冷たかった。

かつては接待ゴルフで「社長、社長」と媚びへつらっていた男が、今は処刑宣告をする裁判官のように俺を断罪する。

電話は一方的に切られた。

受話器を持ったまま、俺はその場に崩れ落ちた。


会社は終わった。

銀行取引停止、巨額の追徴課税、そして信用失墜。

倒産は免れない。

俺はこの歳にして、全てを失うのだ。


家に戻ると、妻の麗子れいこがヒステリックに叫びながら荷物をまとめていた。


「どういうことなのよ重蔵! テレビで見たわよ! 会社にマルサが入ったって! うち、どうなっちゃうの!?」

「うるさい! 今、対策を考えてるんだ!」

「対策って何よ! 銀行のカードも使えなくなってるし、私のブランドバッグや宝石も差し押さえられるんでしょ!? 冗談じゃないわよ!」


麗子は俺を愛していたわけではない。俺の金と、社長夫人という地位を愛していただけだ。

そんなことは分かっていたが、いざ直面すると胸が痛んだ。


そこに、大学に行っていたはずの蓮が帰ってきた。

顔は腫れ上がり、服は泥だらけだ。


「親父! なんだよあれ! 大学行ったら、俺の退学が決まってたぞ! しかも掲示板に張り出されて、みんなに見られて……おまけに内定先からも電話があって、内定取り消しだって!」


蓮は俺に掴みかからんばかりの勢いで喚き散らした。


「どうにかしてくれよ! 親父が大学に寄付金積めばなんとかなるだろ!? 俺の人生終わっちゃうよ!」


俺の中で、何かがプツンと切れた。

この期に及んで、まだ親の脛をかじろうとするのか。

お前が蒔いた種だ。お前が湊の婚約者を寝取り、あいつを本気で怒らせたから、俺たち一家は破滅したんだ。


「ふざけるなッ!!!」


俺は渾身の力で蓮の頬を殴り飛ばした。

バチンッ! という乾いた音がリビングに響き渡る。

蓮は無様に床に転がり、呆然と俺を見上げた。殴られた頬を押さえながら、信じられないという表情をしている。俺が彼に手を上げたのは、これが初めてだったからだ。


「誰のせいだと思ってるんだ! お前が……お前が余計なことをしなければ、湊とかいうガキに目を付けられることもなかったんだ! 俺の会社も、お前の将来も、全部お前が壊したんだよ!」

「な、なんだよそれ……親父だって、粉飾してたのが悪いんじゃないか! 俺のせいにするなよ!」

「黙れ! 俺はお前の学費や遊ぶ金のために必死で働いてきたんだぞ!」

「不正で稼いだ金だろ! そんなの汚いよ!」


泥沼の言い争いだった。

かつては「理想の家族」を演じていた俺たちが、互いに責任をなすりつけ合い、罵倒し合う。

麗子はその様子を見て、冷めた目で言った。


「……もう無理ね。私、実家に帰らせてもらうわ。離婚届は後で弁護士を通して送るから」

「おい、麗子! 待て!」

「私をこれ以上巻き込まないで。借金の片棒なんて担ぎたくないもの」


彼女はルイ・ヴィトンのボストンバッグを抱え、一度も振り返ることなく出て行った。

残されたのは、自己破産寸前の元社長と、大学を追放された無職の息子だけ。

広いリビングが、やけに寒々しく感じられた。


それからの日々は、まさに地獄だった。

会社は倒産し、俺は自己破産を申請した。

豪邸も、高級外車も、別荘も、全て競売にかけられ、二束三文で売り払われた。

債権者集会では、怒号と罵声を浴びせられ、土下座をして謝罪した。かつての部下や取引先からの冷たい視線が、ナイフのように心に突き刺さった。


蓮とは、あの日以来顔を合わせていない。

奴も家を出て行った。風の噂では、どこかの地方都市でパチンコ屋の店員をしているとか、借金取りに追われてホームレス同然の生活をしているとか聞くが、確かめる術もないし、その気力もない。

俺自身、その日暮らしの生活で精一杯だからだ。


「おい、交代だと言ってるだろ!」


現場監督の声で、俺は現実に引き戻された。

「あ、ああ、すまん。すぐ行く」

重い腰を上げ、冷え切った体を動かす。

誘導灯の赤い光が、薄暗くなり始めた空に滲んで見える。


ふと、道路の向こう側のオフィスビルに目をやった。

ガラス張りの綺麗なビルだ。その窓の一つに、スーツを着た若い男の姿が見えた。

パソコンに向かい、真剣な表情で仕事をしている。

その姿が、一瞬、あの湊という青年に重なって見えた。


相沢湊。

俺の人生を終わらせた男。

だが、今の俺に彼を恨む資格はあるのだろうか。

彼はただ、法に則り、事実を明らかにしただけだ。俺たちが犯した罪を、正当な手段で暴いたに過ぎない。

もし俺が、息子をもっと厳しく育てていれば。

もし俺が、経営者としての矜持を持ち、不正に手を染めなければ。

結末は違っていたのかもしれない。


「……因果応報、か」


乾いた唇から、そんな言葉が漏れた。

俺は自分の手を見た。かつては万年筆一本で億単位の金を動かしていたこの手は、今は泥と油にまみれ、ひび割れている。

これが今の俺の価値だ。

そして、これから死ぬまで背負い続けなければならない罰なのだ。


夜の帳が下りる。

街の灯りが煌めき始める中、俺は赤い誘導灯を振り続けた。

誰も俺のことなど見ていない。

かつて「高城重蔵」という男が存在し、この街でふんぞり返っていたことなど、誰も覚えていない。

通り過ぎる高級車の窓に映る自分の姿は、あまりにも小さく、惨めだった。


湊という男は今頃、この夜景のどこかで、誠実な人生を歩んでいるのだろう。

俺の息子が捨てた幸せを、彼が拾い上げ、大切に育てているのかもしれない。

そう思うと、悔しさよりも、奇妙な納得感が胸に広がった。

本物は残り、偽物は消える。

ただ、それだけの話だったのだ。


俺は深く帽子を目深に被り、冷たい風に背を向けた。

明日の飯代を稼ぐために、俺は今日もまた、誰かのために頭を下げる。

それが、崩れ去った城の主に残された、唯一の生き方だった。

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