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巫女への第一歩

というわけで巫女になるべく動き出した二人だったが、いきなり容易く前進できるわけではない。

まずはこの大洲宮と国全体を知り、そして計り知れない奏水のスペックを把握するところから始めなければならない。そのためにはこの家から出る必要がある。


そんなわけで奏水は琥珀に着付けてもらって着物を纏い、慣れない格好で少し不安ながらもなんとか外出の準備を済ませた。昨日着ていた学校の制服は洗濯して干させてもらっている。


「うん、奏水さんは着物がとっても似合いますね! やっぱり美人さんだからでしょうか? 端正で凛々しいけど可愛い感じもありますしお化粧のしがいもありそうです!」

「いや、別に化粧まではいいんで……」


さっきまで琥珀の着付け教室で数十分拘束された奏水は流石に疲れていた。普段ならTシャツとジャージで着替えなんぞ一分あれば終わっていたからギャップの大きさに身体がついていかない。

ついでに着付けで裸も見られてちょっと恥ずかしかったし、琥珀の下着を着させてもらっているので他人の肌着を纏うという不思議な感覚にちょっとむずむずしている。


とはいえこの国に準じた格好でないと浮いてしまうのは事実。

特にこの大洲宮で着付けの乱れはあってはならない。


それを意識しつつ家を出ればまだ人は少なくて、ひそひそ話をしながらこっちを見てくる人はいるがそこまで気にならない。早速琥珀に連れられて中央の宮殿へと向かう。


この中央宮殿(仮称、奏水命名)は五層くらいの高層建築で、第一層の入口から既に華やかな色遣いと豪勢な内装で「異界に来ちゃった感」を加速させる。またの名を「物語の中に入っちゃった感」。

そのままどこが何の部屋なのかもわからないまま廊下を進めば、突き当りのところで琥珀がふと足を止め、呼びかけの後に返答があれば躊躇わずに踏み込むので奏水も慌てて付いていく。


その中は執務室のような様相を呈していて、この宮殿の色鮮やかな感じとは違って書院造で非常に落ち着いた部屋だった。歴史の教科書でも見たことのある光景にちょっとだけ落ち着く奏水。

その中央奥で座っていたのは長身の女性で―


「お、水蓮寺じゃないか。どうした……って、お、付き人か?」

「お久しぶりです。永里(ながさと)先生、今お時間よろしいですか?」

「おう、いいぞ。なんか訳ありっぽいしな」


その回答でさっさと端っこから椅子を二脚持ってきて向かい合って座る琥珀。隣の椅子をぽんぽんと叩かれたのでおそるおそる隣に座った奏水だったが、目の前の女性は思ったよりも怖くなくて、大柄だけど朗らかに笑ってる様子を見れば少なくとも敵ではなさそうで―


「というわけで先生、紹介したい人がいまして」

「おう、なんか結婚相手を連れてくるみたいだが……違うよな?」

「違います。こちらの方は一条奏水さん。わたしの新たな番です」

「ほう、番…………はぁっ!? 番が出来たのかぁっ!?」


彫りの深い面長の顔が一気に驚愕の色に染まれば、目をぱちくりさせて奏水と琥珀を交互に見て―


「お、おぅ……遂に水蓮寺にも番が……」

「はい。…………で、奏水さん。こちらは永里(ながさと)遊里(ゆうり)先生。この大洲宮で巫女候補を導く立場にある教師の一人です。わたしがとてもお世話になっている方でもあります」

「え、えっと。一条奏水と申します。この度琥珀さんの番になりました。どうぞよろしくお願いいたします」

「おう、よろしくな……永里先生でいいぞ。…………で、水蓮寺!? 遂に番が出来たんだなっ!? おおぅ……先生は嬉しいぞぉ……!」

「ちょっと泣かないでください。奏水さんが変な目で見てます」

「いやこれは泣くだろ……一年以上苦心した水蓮寺に番が……しかも大変礼儀正しく理知的な子じゃないか、先生心が泣けと言っているんだよ……!」


そんなわけで強面かと思ったら涙もろかった永里先生が涙を拭っているところで琥珀からの説明が入る。

琥珀が大洲宮に来てからずっと気に掛けてくれている唯一の人物だそうで、他の巫女候補も教師も皆琥珀のことを蔑む中、見捨てずに相談に乗ってくれた恩人なのだそうだ。

それを聞いて思わず涙もろいのが伝わってきた奏水。


「永里先生……これからは私が琥珀さんを導きます……」

「おぅ……可愛い教え子の将来を頼んだ……」

「いや、なに二人で保護者漫才してるのですか。奏水さんも泣き真似をやめてください。というか導くのは先生の役目ですから」

「すっ、水蓮寺が立派に突っ込みをしている……」

「琥珀さんっ、そんな風に冗談も言えたんですねっ……!」

「…………ちょっと二人とも黙ってください話の邪魔です」

「「すいませんでした」」


なぜ初対面から息ぴったりのボケを繰り出せるのかは謎だ。

ともあれ流れを遮った琥珀は話を元に戻す。


今日ここを訪れた理由は恩師への報告もあるが……まずは奏水の神力の保有量と性質をしっかり見極めるためだ。教師の部屋には神力を測定できる装置が用意されていて、保有量や詳細な性質までもを知ることができる。


そういうわけでさっさと手はずを整えた琥珀と永里先生が測定器を用意すれば、奏水はそこに手をかざして、途端に光が溢れてきて思わず目をつぶって眩しさに呻いてから数秒―

測定器の上部にはその結果が自動書記で記載され―


「…………おい水蓮寺、これはどういうことだ」

「それがわたしもわからないのです。先生、どう思われます?」

「いや、これは……流石に大事になっちまうな……」


そのやり取りで大方察しはついた。

そもそもさっき琥珀が驚いていたので予想の範疇。


端的に言うと大洲宮でも最高クラスの保有量が示され、質も上等。神力の性質に関しては雷属性が特に強く出ており、その他にも水属性やちょっと珍しい属性がちらほらお目見えしている。

要するにめちゃくちゃすごい。


その結果を前に唸る二人をよそに、奏水の構想はどんどん固まっていく。

琥珀の力を借りて一気にこの世界を駆け上がっていく算段は付いていたのだが、そのルートが明確に見えてくる。目的地までの道筋を脳内で開拓していくシミュレーション。


それがひと段落したところで二人の肩をぽんぽんと叩く。

もちろん振り向いた二人の瞳は戸惑いと未知への怖れに満ちており。


「そういうわけで私は神力がすごいみたいなので、これを使って琥珀さんを巫女まで導きます。先生、どうか私たちに力を貸してもらえませんか?」

「お、おう……と言っても何をすればいい? 一教師の立場だから出過ぎた真似はできんが」

「そんなに大したことじゃありません。欲しい物があるので琥珀さんの家まで手配してほしいんです。これくらいなら巫女候補の権力の範疇ですよね?」

「ああ、べらぼうに高価じゃなけりゃ持ち金で十分足りるだろうよ。金はあるなら、伝手が欲しいってことだな?」

「その通りです。できれば急ぎで、今すぐにでも琥珀さんを育て始めたいので」

「えっ、わたしを育てる? どういうことです?」


隣からの困惑の声をスルーし、口頭でぺらぺらと述べた必需品を書き留めた先生はにやっと微笑んで「任せろ」と残してすたすたと部屋から出て行った。それに合わせて二人も出て行けば、忙しく動き始めた中央宮殿の日常が繰り広げられ、あちこちで話し声と書類と神術が飛び交う。


その中には二人を怪しむような声も混ざっていたが、この先への期待でわくわくマインド全開の奏水には何の障害でもなかった。


「あ、あのっ、奏水さんっ、一体何をするのです……?」

「言った通り琥珀さんを育てます。巫女になれるように、この世界の有象無象を出し抜いて勝ち上がれるように、です」

「は、はぁ……でも、わたしもう勉学ならたくさんして……」


それはそうだ。勉学も神術も一流だからこそ巫女候補になった琥珀だ。

今さらその分野を育て直す必要なんてない。むしろ育てるべきは奏水の神力の取り扱いである。


だから、琥珀への教育はそちらの方面ではない。

御前会を見据えた神楽の準備、つまるところ―


「今から琥珀さんには歌手になってもらいます。誰もが羨む美声とカリスマ性を備えた人気歌手に、です」

「…………は?」


異世界生活二日目、にやりと口元を歪めた奏水はすっかり通常営業に戻っていた。

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