二人のこれまで
「えっと、それで巫女候補ってどんなことをするんですか? 確か神術と神楽、でしたっけ」
「そうです。奏水さんには前提からお話ししないといけませんね」
そこからの琥珀の解説は至極明快でわかりやすかった。
まずこの世界には神力というものがある。
これは唯一神である女神の力の一端が分け与えられたもので、全ての人に与えられるがその保有量には個人差がある。巫女候補に選ばれる少女は大概が大量の神力を保有している者だ。
この神力は物理法則を超えた現象を引き起こすことが出来る。
重さを無視したり、速度を異様に高めたり、炎や水といったものを無から引き起こしたり。さしあたっては奏水が子供のころに絵本で読んだ魔法のようなものだ。ファンタジーの異能。
そしてこれらを活かして神術と神楽という二つの実演によって巫女の座を競い合うのが御前会。
まず神術は簡単にいえば神力を使った模擬戦だ。
番同士で二人一組になって相手と神力による攻防一体の戦いを繰り広げ、先に相手に膝をつかせることができれば勝利。奏水的にはとりあえず魔法バトルと解釈した。
そしてもう一つの神楽はその名の通り舞踊や芝居などを女神に奉納すること。
大概の場合は舞を披露する巫女候補が多いが、それ以外にも詩の朗読だったり神力による大道芸という場合もあるし、その他変わり種を仕掛けてくることもあるらしい。奏水的にはとりあえずオーディション的なやつだと解釈した。
それを聞くと二人一組という設定にも納得がいく。
戦いであれば人数差がつくと圧倒的に不利なので一人では厳しい、神楽の場合も人数が多いほうがやれることの幅も広がるから有利だろう。ゆえに番のいない琥珀は超がつくほどの劣勢だ。
というわけで唸る。神力が全てを左右するといっても過言ではないこの戦い。
部外者の自分ができることは何かないだろうか。
「……奏水さん、ぼーっとしてますよ」
「……あっ、す、すいません、ちょっと考え事しちゃって」
饒舌に語り続けてきた家主も流石に休憩らしく、手元のお茶をずずっと啜って一息ついていた。
ただ、それを飲み切ったところで今度はずいっと身体を乗り出してこちらへ迫ってきて―
「えっ、琥珀さん、な、なに」
「なにって次は奏水さんの番ですよ。わたしにもお話を聞かせてください」
「へ、私ですか?」
「もちろんです。わたしが初対面の迷子を相手に素性を晒したのです。今度は奏水さんが上から下までまるっと白状する番です」
「……琥珀さん、案外獣ですね」
「はい。……奏水さんが相手だとなんだか強気になっちゃいます」
そう告げてにこっと微笑んだ琥珀の姿になにか胸の奥の方が熱くなる。
この子はこんなに楽しそうで嬉しそうな表情をするのかと驚く。
でも驚きだけではない不可思議な感情がぐるぐると渦巻く。
ただ、捕食対象にされてしまったままでは思考時間も持てないので諸手を挙げて降参し―
「は、はい、じゃあ私も話します」
「それでよろしい、です! じゃあ奏水さんの生まれから今までのことを洗いざらいお願いします」
「ええ……」
逃げられそうもないので順番に話した。
まずは両親ともに大企業を運営する社長業をしていること。だからお金はあったけど世話はしてもらえなくて、小学生になって乳母の手を離れてからは身の回りのことも全部一人でしてきたこと。
学校から帰ってきても誰もいなくて寂しかったのでそれを忘れるように勉強に励んだこと。親との関係なんてまるで作れなくて、人との関わり方もわからなくて、学校に入っても友達ができなくてずっと一人で本を読んで過ごしていたこと。
勉強を頑張っても誰にも褒めてもらえなくて、学校に行ったら変な子扱いされて遠ざけられて、いじめられることはなかったけど孤独だったこと。
そんな暮らしだったから家事は一通り自分でこなせること。たぶん周りの子供よりも心だけが成長してしまって、俗に言うアダルトチルドレンになってしまったこと。
高校は偏差値の高いところに入ったけどやっぱり周りに馴染めなくて、とぼとぼと家に帰っている最中で突然意識が途絶えて、気付いたらあの川辺に倒れていたこと。
そこまでを何気なくさらっと語ったところで―
「か、奏水さんっ……」
「……ん、へ? ど、どうしたんですか琥珀さん」
「わ、わたし……奏水さんのこと、何も知らずにっ、変な迷子だと思っちゃってごめんなさい……」
「あ、いやそんなに気にしないでください。慣れてますし。あと変な迷子は認めるんですね……」
ちょっとだけ瞳をうるうると潤ませていて、どうやらこの境遇に同情してくれているようだった。
ただその中で「変な迷子」という本音が出てくるのがこの少女の素直なところなのかもしれない。まあ、変な迷子なのは事実なので言い返せないのだが。
とはいえ実際のところ奏水はこの暮らしに慣れているし、親が干渉してこないから自由な一人暮らしを楽しめている(楽しめていた)のでむしろありがたいくらいだ。
そういうわけで過度に心配させないよう目前の多感な少女を宥めることにし―
「琥珀さん、私はそんなに困ってませんので心配しないでください(まあ今は異世界に来て困ってますけど……)」
「ほんとですか? 寂しくなかったのですか?」
「はい。それに趣味に打ち込んでたので楽しかったくらいです」
「趣味、ですか。奏水さんはどんなことをしていたのですか? わたしは裁縫が好きなのです。でも奏水さんはもうちょっとかっこいい趣味という予感がします」
「かっこいいかはわかりませんけど……音楽ですよ。DTMの打ち込みとかですね」
「…………?」
琥珀がきょとんとして首を傾げた。
「音楽……? それってあれですよね。お琴とか三味線とか。あとは最近よその国から来たピアノっていう楽器を弾いたりそれに合わせて合唱したりとか」
「あー、そうなるかー」
だよね。明治くらいの日本だもんね。
そりゃあパソコンもギターもキーボードもないよね。迂闊でした。
「ええと、私のいた世界は華仙よりも数百年先くらいまで発展してまして、もっとたくさんの楽器がよその国から伝わってきて、楽器の音色を自由に組み合わせて音楽を作れるんです」
「……? 組み合わせる、そんなことできるんですか?」
「できますできます。それが私の趣味です」
まだ首を傾げたままの琥珀。その姿に奏水の本能は唸りを上げた。
この無知少女に音楽制作の素晴らしさを教え込まねば。DTMで自由自在に曲を書いて好き放題アレンジして自分好みの曲を仕上げることがいかに楽しく面白くしかし難しく奥深くそれでも夢中になってしまう最高の娯楽であるかを伝えなくてはならない。俄然燃えてきた。
ではこの異世界少女に何から説明するべきかを脳内CPUの圧倒的速度で算出したところで身を乗り出して琥珀の肩をがしっと掴み―
「じゃあ琥珀さん、私が今から音楽制作の素晴らしさを語ってあげます。今晩は寝かせません。いいですよね? 琥珀さんが私に語れと言ってきたんですもんね? ですよね?」
「え、や、ちょっとま……」
「ではまず数百年後の世界における機器の進化からご説明しましょう! まず琥珀さんが現在情報伝達として使用している筆と紙がありますがこれらは次の時代においてその主たる用途をタイプライターというものにとって代わられることになるのですがこれはまだ序章に過ぎず―」
今度は捕食対象になってしまった琥珀が涙目になっていることにも構わず熱弁を始めてしまった奏水。後世、人は彼女を音楽馬鹿と呼ぶようになるのだがそれはまだ随分先の話。




