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琥珀という少女

先程お話しした通り、この国は女神の神託を受けて統治されている神権国家です。

ですので必ず神託を受け取る者が必要になり、その者が権力を握ることになるのは想像に難くないでしょう。


そんな神託を受けてこの国の政を司るのが巫女と呼ばれる者たちです。

女神の庇護下に入り、直接その言葉を聞き入れてこの国の各所で統治にあたっています。もちろんごく少数、一握りにも満たない選ばれた人間です。


そんな巫女を選出する儀が二年に一度あります。

ここ大洲宮で、神術と神楽をもって女神にその心技体を奉納することで選ばれた者が巫女となるのです。そしてここは巫女候補が集まって暮らし、そんな大事な儀 ― 御前会に向けて鍛錬を重ねるための場所になります。


わたしもそんな巫女候補の中の一人なんですよ。すごい……と思いますか?

けれど実際はそんなことありません。わたしはただの落ちこぼれです。


……巫女に選ばれるには一人ではいけません。

公に番を作って、二人一組になることで支え合い助け合い、互いの心技体の力を高め合うことで初めて巫女への道が開けます。これは神託によって定められた絶対的な決まりです。


そんな大洲宮で、わたしは番がいないのです。


将来有望であるはずという理由でこの場に呼ばれたのに、番がいなくて巫女候補になれない。そんな前代未聞の落第生がわたしです。もう一年以上誰とも番になれないわたしは、周りから見れば人間関係さえ上手に築けない無能な恥さらしでしかないのです。


だから、わたしはあんな風に陰口を言われても反論できない。

何も言い返せないのです。なぜならわたしが駄目な子だから。


陰口なんてまだ軽い方です。

人によっては直接罵倒してきたり、わたしが歩いているだけで嘲笑してくるような相手もいます。何よりこの場所の大人たちからも冷めた目で見られますし。


慣れたと言えば慣れましたけど……ただ、陰口を言われて平気かと問われたらそうでもないです。嫌なことは忘れてしまうまで時間が掛かりますし。そんなに心が強い方でもないですし。



……ちょっと脱線しましたが、以上が陰口の理由です。

どうですかね、宿代にしては少しお高い中身だったでしょうか。初めて会ったばかりの人間の嘆きなんて聞かされてたまったものじゃないですよね。ごめんなさい。




―――




「……」


それを聞き終えた奏水がしばらく黙ったまま動かないのを見て、琥珀もなにか諦めがついたかのようにすっと立ち上がった。


「では、わたしもお風呂に入ってきます。後でお部屋を案内しますのでしばらく休んで待っていてくださいね」

「……はい」


琥珀が去った後も奏水は動かない。

その瞳に浮かんでいる色は落胆と軽蔑の色なのだろうと琥珀は思っていた。

長めの前髪で瞳が隠されているのも相まって感情が読み取れない。


だから、琥珀の心中に漂う感情も「ああ、いつもみたいに失望されたんだな」という暗い色を帯びていて、浴室へと向かったのはそれを一時的にでも振り払おうとしたからだった。


「……」


そうして家主が去った後の居間で奏水はひとり黙りこくっていた。

それは家主の少女が落ちこぼれという事実にショックを受けたから……などではなく。


(なんだろう……なんだか、私、琥珀さんに何かしてあげたい……)


それは自分でもよくわからない気持ちだった。

今日会ったばかり、名前と少しのプロフィールしか知らない、助けてくれたとはいえ赤の他人、そもそも異世界の人間。それなのに何故か彼女に心を惹かれている自分がいた。


それが単なる同情なのか、頼みの綱の機嫌を損ねたくないだけなのか、現実離れしたお伽噺のような悲しい自分語りに酔ってしまっているのか。それさえもわからない。


これまでの人生15年間、友達だってほとんどいたことがないし、誰かと深く関わって一緒に過ごすという経験もない。人との関わりで生まれた感情、その源泉も扱い方もわからない。

ただ、それなのに寂しい瞳をしながら強がって笑っていた彼女の姿が目に焼き付いて離れなくて、なにかしてあげたい。してあげたいという上から目線の言葉で自分の気持ちが正しく表現できているかわからない。とにかく何かしたい。


でも今の自分なんて無力そのものだし。

それでも何かできることがあるとすれば―



……そう思って頭の中を整理すること数十分。

何を喋るのか決まったところで浴室から出てきた家主に視線を向けて。


「ふぅ……奏水さん、お待たせしました」

「いえ。……で、あの、ちょっといいですか」

「……? はい。なんでしょうか?」


自分とお揃いの襦袢に着替えて湯上がりの湿り気を残した髪の毛を肩の上で遊ばせている琥珀。そんんな彼女が居間の座布団にぽふんと座ったところで奏水は意を決して口を開いた。


「あの……! 琥珀さんのこと、もっと教えてほしいです」

「へ……? わたし、ですか?」

「はい。琥珀さんのこれまでのこととか、どんな風に暮らしてるかとか、あとこの大洲宮のこととか。色々知りたいです」

「……えっと、はい。いいですよ。そんなになにかご興味が?」

「はい、すごく。すごくあります」

「そうですか……じゃあ、まだ夜も浅いですし寝るまでの間のおしゃべりということで」

「はい!」


一条奏水 御年15歳、人生で初めて自分から同世代に関わりに行くという大事業を成功させて心中でガッツポーズを決めていたことは内緒である。


というのも、やはりその人のことを知るところから始めないと何かしてあげるというのも出来ないので、まずは本人を乗り気にさせて色々聞き出してみようという算段である。

ただの人付き合いでここまで戦略を練らないといけないところが15年に及ぶぼっち人生が生み出した障壁なのだった。


「えっと、じゃあまず琥珀さんの生い立ちとか聞きたいです。おうちはやっぱり大きいところなんですか?」

「いえ、別にそこまででは……ただ両親が学院の教師をしていましてね」

「ふむふむ。詳しく聞きたいです」

「はあ……奏水さんは好事家ですね。では詳しく語りますと―」


そこからの琥珀は存外饒舌だった。


まず生まれは大洲宮からそう遠くない地域で、両親ともに学院で教師を務める程の秀才であったことから自らも勉学家事お稽古などに幼い頃から励み、地域の高等学院(奏水の世界でいう中学校)を首席で卒業したというほど。いわゆるお嬢様というわけだ。


昔からどちらかと言えば一人で大人しく過ごすタイプで、学院の昼休みなんかは自席で勉強しているか読書しているかの二択で、自宅に帰れば琴や生け花の御稽古なんかで夜まで時間を取られていたとか。友達は少ないながらもいて、特に幼馴染が同じく優秀な子だったので勉強を教え合ったりしたこともあるそうだ。


所作がおしとやかで美しいのはやはり生まれの影響なのだなあと納得する奏水。

そういった振舞いや聡明さ、勉学の優秀な成績なども評価されて学院の推薦もあったことで巫女候補として大洲宮へやって来たわけだ。


「でも番がいないっていうのはどうしてですか?」

「それは……まあ、わたしの癖といいますか……」


曰く大洲宮に来た時点で番が宛がわれていて、最初の段階ではそれなりに良い関係を築いていたらしい。ただそこから関係が上手くいかずに相手が離れて行ってしまい―


「わたし、自信がないのです。本当に自分なんかが巫女になれるのかって考えたら途端に無気力になったり、少し失敗したらすぐ落ち込んだり、とにかく前向きになれないのです」

「はい」

「それで最初は番の子も慰めてくれてたのですけど、途中から嫌気がさしたみたいで苛立つようになって」

「なるほど。それで番を辞退したと」

「そうなんです……これはもうわたしが直さないといけないのです。でもどうやっても自信がなくなって怖いのです。なにをどう試してもうまくいかなくて。もうだめで」


そういうタイプの子はいると聞く。

実際に見たことはないが、ネットの海を放浪して青春時代を過ごしてきた奏水はそういった体験談を読んだことがある。顔が見えないからこそ生々しく苦悩を綴る誰かの文章もそんな風だった。


そんな琥珀の言葉を聞きながら奏水は考える。

でもまだ何か手を差し出すには足りない。だからもっとたくさん知りたい。


二人の夜はまだ始まったばかりだった。

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