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奏水の野望

「やっぱりレコード出したいよねえ……」

「れこーど? あの蓄音機で再生する媒体のことですか?」



琴成家とのセッションが無事に終了した翌日、奏水と琥珀は家でごろごろしていた。


まず、昨日は昼過ぎに演奏会が終わった後、眞澄に呼ばれて夕飯までご馳走になった。

あのセッションで何か思うところがあったらしい佳純は、それまでの沈黙を破って積極的に奏水に話しかけてきた。今日のセッション、本番までにブラッシュアップした内容とその意図するところを事細かに訊かれたので奏水も言葉を尽くして説明した。


食事の手を完全に止めて音楽論議と化した二人の対話はヒートアップし、セッションの話題からいくつも転換して数時間にわたって続いた。互いの楽器への理解を深め合ったり、現在の華仙を取り巻く音楽環境について語らったり、次世代への音楽教育のありかたについて意見を出し合ったりと十代とは思えない深い討論を続けたのだった。


それを横で見ていた琥珀や眞澄、琴成家に関わる人々は完全に蚊帳の外。

眞澄に関しては娘が熱心に言葉を紡ぐ様子を横目で見ながらにこにこと微笑んでお酒を呑んでいた。琥珀がそれにレモネードでお付き合いした形だ。


その会話が一旦途切れて、窓の外が既に夕暮れの赤に染まっているのを確認したところで佳純は自分が熱心に話し込んでいたことに気付いたのか、太陽に負けないくらいの赤さを顔全体に表して、たいへん慌てた様子で以下の台詞を吐いてからさっさと立ち去ってしまった。


「こ、これは一条さんの音楽を認めたというわけではないですからねっ!? ちちちち違いますっ、これは琴成家の更なる発展のために必要な会話を交わしただけですからっ!! 本当ですからねっ!! 我々の音楽のどちらがより上を行くかを決めるのは巫女を争う舞台の上ですからっっ!!! これで和解した気分にならないことですっっ!!!」


そして奏水は思った。

アンチがツンデレに化けたぞ、と。


で、それを微笑ましく見守った眞澄に見送られて二人は大洲宮への帰路につき、帰宅したのは夜九時を過ぎたあたりだった。そこから慌ててお風呂に入ったら眠気に襲われて、二人一緒に琥珀の布団に倒れ込んで見事に爆睡。起きてからもなんだか動く気が起きずにごろごろしてしまい、現在に至る。





「そうそう。レコードね。蓄音機で再生するやつだよ。はあ、やっぱり現代日本にもレコード会社という呼称が残っている時点でレコードの功績は大きいよね。いやまあレコードじゃなくても手軽に音楽を再生できる記録媒体ならなんでもいっか。最近はなんかお洒落グッズの形をした再生媒体があって無線イヤホンとかで楽しめちゃうとか聞いたような。あーーーレコード出したいーーーアーティスト印税と著作印税が欲しいなあーーー」

「奏水が何を言ってるかわからないのはいつものことですが、今日は特にひどいですね」

「だって疲れてるからーーーなんか良い夢を見たいんだよねーーー」

「じゃあ寝てください」

「ですよねーーー」


居間に座布団を何枚も並べて雑魚寝の奏水。

かくいう琥珀も机にだらーんと腕を投げ出して脱力中だ。

二人ともそれなりに疲れていた。


疲れていると人間の思考はぼんやりしてきて、なんだかよくわからないイメージの連鎖が湧き上がってきたりするわけで、奏水の今のレコード発売願望はその一種だった。


いつかは自分の音楽を世に出して、あわよくばCDと配信とサブスクで広く売ってみたいと思っていた奏水なので、その夢が眠気と共にふつふつと胸中に沸いてきたわけだ。


しかし華仙に音楽を記録する媒体はそれこそ蓄音機しかない。

そしてそれも非常に高価。一般家庭はおろか教育機関に置くことすら不可。


「いやあ、私たちの音楽を記録媒体に入れて広く販売できたら、もっと有名になって巫女への道が更に近くなるんじゃないかと思ってね」

「それはまあ、知名度はないよりあるほうがよいでしょう。ただ、巫女になるための道に市井の声というのは反映されません。神術と神楽、この二つが絶対的な基準です」

「そっか、そうだよね。そのために毎日神術の練習にも励んでるわけだし、神楽の構想も練ってるわけだし。……じゃあレコード売っても巫女になること自体にはあんまり関係ないのかあ」


ちょっと残念に思う奏水。

まあ冷静に考えればその通りなのだが。


しかしそれで夢を諦め切れるほど奏水は弱くない。

華仙という異界の国に迷い込み、現代日本に帰れる保証はない。むしろ琥珀との暮らしの方が大事なので帰ろうとも思っていない。今の奏水にとって帰る場所は琥珀と二人の家である。


とすればこの国で、今の技術と文化の中で成し遂げるしか道はないのだ。


「……琥珀、神術って基本的に誰でも使えるんだよね」

「はい。神力の保有量に左右されますが、簡単なものであればこの国のほぼ全員が使用できると考えてよいでしょう。先天的に神力を持たないという人もいるそうですが、本当にごく少数ですね。一万人に一人くらいの確率です」


少しずつ頭の中を整理する。

今奏水の傍にいるのはこの国の政治経済文化に精通した優秀な巫女候補の一人。そんな彼女に問うべき事項をしっかりと導き出す。


「この国で、神力を使って動かす道具とかってある? 一般家庭に置いてあって、誰でも使うようなもの。例えば家事に使うものとか、生活を便利にするものとか」

「ええ。というか我が家にある食料保存庫なんかは神力を注いである代物ですし、お風呂を沸かしているのも神力を炎属性にする機構があってこそですね。神力がなかったら火を焚いて温めないといけませんし」


ふむ。言われてみればそうだ。


「えっと、それで本題は一般家庭にあるものでしたっけ。確かに保存庫とかは高価な品なのであまり多くないと思いますが、例えば灯りなんかは神力を注ぐことで光を放っています。これは属性などは関係なく、ただ単に神力を注げばいいものです」

「そうそう、そういう感じのが欲しかった。というか我が家の灯りもそうなんだ」

「はい。奏水は起きるのが遅いから知らないと思いますが、毎朝わたしが神力を補充していつでも使えるようにしてるんですよ」

「…………ごめん、全然知らなかった」


雑魚寝しながら反省もする奏水。

そして反省しつつ徐々に目が覚めてきた。


「それでさ、灯りみたいに神力を注ぐ媒体で音楽を流せないかな。例えばその物体に神力を注いだら、刻み込まれた音楽が再生される、みたいな」


奏水の着地したかった場所はここだった。

音楽を再生する媒体がないなら、もういっそ自分で作れないだろうか。


想像するのは一般的なCD。これらは音楽データを書き込まれた媒体で、これを然るべき機械にセットすることで音源を再生できる。

しかしこれを実現するためにはCDそのものと再生する機械の両方が必要。それは流石に神力をもってしても難しい。技術の発展を待たざるを得ない。


では記録媒体と再生する機械を一個にまとめてしまったらどうだ。


「奏水、だいぶ大きな野望を抱きましたね」

「そうかも。でも、出来たらいいなって思う」


床で寝っ転がりながらも奏水の意識はずいぶんと鮮明になりつつあった。

そして、それを確かめるように仰向けになって天井を見上げてみれば、眩い灯りが目に入って思わず目を瞑る。叶えられそうにない野望への道にくらんで立ちすくむような気がした。


でも、その鋭い光を遮ってくれたのは、互い違いで奏水の顔を覗き込んできた琥珀で―


「奏水」

「うん」

「やってやりましょう。わたしに案があります」

「…………本当?」


琥珀の瞳は今までに見たことのないほど力強さを湛えていた。

その瞳に奏水は吸い込まれてしまった。


「今度はわたしが奏水の役に立つ番です!」


こうして奏水と琥珀の音楽媒体開発計画が始まったのだった。

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