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策士・一条奏水

自分たちの更なるステップアップ、そして琥珀の自信を取り戻すこと。

この二つを目的として奏水は二度目となる大洲宮での神楽を計画した。


大洲宮での待遇がすっかり良くなった事を活かし、今回は役人を招いての暑気払いという名目を兼ねている。大洲宮では夏に入るとそれなりに暑くなる(現代日本に比べれば大したことはないが、春や秋との相対的には暑いので華仙の住人は嘆く。)ので暑気払いを毎年企画しており、その情報を入手した奏水がすかさず乗っかりに行ったわけだ。


ちなみに華仙にも四季がある。

とはいえ日本ほどの落差はないから季節感をそこまで楽しめるわけではない。辛うじて衣替えという概念が出てくる程度である。奏水からすれば年中過ごしやすくて感涙ものだ。


そうして企画した神楽へ向けて奏水が己に課した課題は以下の通り。


一、神楽堂における音響のテスト・新規機材の適応度チェック

二、多数の観客を前にするような会場での二人の場慣れ修行

三、琥珀の和ギター披露による番としての強さの誇示


一と二は実際の御前会を想定した ― つまり二人のステップアップのための課題だ。

一ではまずイヤモニを試作したので実践で使用することが挙げられ、続いてホール用の客席スピーカーの出力確認という課題もある。


イヤモニ(演奏音をリアルタイムに聴けるイヤホン、現代ポピュラー音楽のコンサートでは主流だ)は既に料亭での演奏で一二度使っているが、大きな会場での使い勝手は未知数。ここをしっかりと試す必要がある。


スピーカーも重要だ。客席で音がどう聴こえるかは神楽の評価に直結する。初回はインパクトで全てを押し通したが、二回目以降は多少耳が肥えている観客もいるはず。そのために整えた機材を使用し、実際に客席では頼れる永里先生にテスト役をお願いした。


この二つがしっかり機能してこそ御前会でとっておきの神楽を披露することができる。奏水はどこまでも計画的に物事を進めていた。


そして三は琥珀の自信を取り戻すことに関する課題だ。

これに関しては本人にはまだ話しておらず、時期が近付いたら語るつもりだが― ともかくここで琥珀に演奏してもらうことに意味がある。奏水なりの我流心理学に基づいた狙いがある。



というわけで二人は今日も練習と曲制作とリハーサルに明け暮れていた。

本番は一週間後。琥珀の演奏はそれなりに仕上がり、歌いながら弾いているところも数回聴いたが大きな問題はない。やはり琥珀の吸収と上達の速さは末恐ろしい。努力する才能― そんな言葉が浮かぶ。


持ち歌は四曲目が完成に近づき、琥珀の作詞も最終調整に入っており、今まさに奏水の部屋で机を借りて楽譜とにらめっこしながら唸っている最中だった。(奏水は邪魔しないようにイヤモニの調整にいそしんでいる。)


四曲目は少しだけ現代日本のポピュラー音楽に寄せた。

現代の世間様が「お、なんか和風な曲だな」と思うような、しかしそれでいて「でもポップスっぽいよな」と感じる絶妙なライン。


具体的にはやはりメロディラインにヨナ抜き音階を多用し、BPM110~120とこれまでよりもテンポを上げることで少々緊迫感やセツナ感を出して観客にインパクトを与える。

その分楽器構成は比較的綺麗にまとめており、奏水のピアノと琥珀の三味線が主役となってオブリガード(目立つ小フレーズ)やリフ(繰り返されるメインフレーズ)を演奏。同期の音源ではいつもお世話になっている鼓と琵琶がリズム隊になり、それぞれドラムとベースの代役を担ってもらう。


この同期楽器二種はリズムキープに徹してもらうので表には出てこない。

あくまで奏水、そして琥珀の演奏と歌が目立つように仕組んだ。


奏水の本来の趣味としてはリズム隊が複雑だったりフレーズを弾いたりして目立つ音楽が好き(それはポップスでもロックでも同じである)なので、いわば自分の趣味を妥協しているわけだが、そこにもやはり意図がある。


無論、琥珀に主役を張らせ、最後に喝采を浴びる時に琥珀が自分の功績だと感じられるようにするためである。琥珀のためなら躊躇わず趣味を切り捨てる決断ができるのは、ある意味奏水の戦略的な部分というか、策士としての才があることを示していた。


最終的な目的地を決めるのが音楽プロデューサー(琥珀)ならば、そこに至るまでの地図を描いていくのが音楽ディレクター(奏水)。まあ今回は目的地も自分で決めてしまったのでPとDを兼任したわけだが、琥珀も自分が目立つ覚悟はあったのか、曲の制作中からウワモノである三味線が前に出るようなアレンジを要求していた。半分Pである。



(うーん、作詞はどうかな? やっぱりテンポ早いと書きづらくはなるんだけど、初稿が十分まとまってたから後は終盤の落差をどうにかすれば微調整でOKっぽいんだよね)


机の前の琥珀は固まっているが、それは打つ手無しの思考停止ではなく、しっかりと頭を動かしているがゆえの静止だった。それを見分けられるくらいには奏水も琥珀に詳しくなっていた。




第一稿の詞は世界の広がりというか、この華仙という国における人々の暮らしの難しさ・厳しさ・辛さといったマイナスの面を多角的に捉え、けれどそれでも最後には美しさを見出すという内容だった。マイナスを描いてからプラスに転換するという手法はポップスでも頻繁に見られ、楽曲の起承転結を作り出すのにも有効だ。


琥珀の得意分野である文学やその教養といった面からことわざや四字熟語などの古典的なフレーズを引用しつつ、人間個人というミクロな視点から徐々に世界全体というマクロな視点に移り変わっていくのだが、その違和感の少ないグラデーションの付け方には奏水も思わず唸り、ABメロとサビで風景描写と心情描写がリンクするように順接的に描かれているところも素晴らしい。リスナーの感情移入を想定している。


ただ最後の世界への肯定や美しさを讃えるという着地点までの移行だけが少々突飛であり、2サビからラスサビの落差をどのように埋めるかを課題として修正させている。


さて、どう解決するか。

それを楽しみにしながら機材弄りを続けていた奏水だったのだが―


「奏水、ちょっといいですか?」

「うん、なに?」

「ちょっと奏水に歌ってほしいんですよ」

「…………はい?」


ん? この子は何を言っているのかな?

自分の声が苦手で歌うのを諦めたこの私に?


「落差の件、間奏に『こーらす』を入れることで解決したくて」

「はあ」

「わたしではない声で世界を讃えるような声が、なにか希望になるような声が、世界の美しさに気付かせるような……神の声とでも言うのでしょうか。そういうのが欲しいんですよ」

「はあ」

「というわけで奏水に歌ってほしくてですね。ちょっとメロディを考えたので聴いてください。えー、こほん」


ん? この子は何を言っているのかな?

自分でコーラスを書いた? マジで?


「あ、奏水のでぃーてぃーえむの画面、弄っちゃいました。えへへ」

「…………お、おう」


そうして流れるオケ。

間奏に入ったところでガイドメロと一緒に琥珀が歌い出し―


言葉になりそうでならない造語のようなコーラス。

しかし神々しい感じがするのは高音が続いて人間離れしているからか。

琥珀の言う神の声、そのイメージは確かに伝わる。


ラスサビへの流れを意識してメジャーコードを当てた三味線主体の間奏に合うように、不協和音にならないように的確に音を選んでメロディが構成されている。

…………無意識で和音を理解して即興でメロを書いた? 琥珀が?


しかし、綺麗だった。確かに魅力的だった。

クライマックスへ向けて心を明るくするような、開けた雰囲気を出すような、リスナーに説得力を与えるような、そんなコーラスだった。だから―



「…………採用」

「やりましたっ! 人生初の採用ですっ!」


一条奏水は策士である。優秀な音楽ディレクターである。

ゆえにそのコーラスを採用してしまった。却下できなかった。無論、歌うのは自分である。慣れないハイテンポの曲で、三味線のリフに集中している琥珀にここまで歌わせるのは酷だ。


そこからはもう流されるがまま、歌手兼音楽プロデューサーの琥珀様に言われるがままにコーラスを歌った。音が高くてしんどかったので裏声を使わざるを得なかった。でも琥珀は褒めてくれた。神秘的で美しく、まるで天上におわす女神のようだと絶賛した。


自分で歌いながら聴く分には相変わらず高音域が下手くそでちょっと掠れてる感じがあって、とても聴けたもんじゃないと思った。でも琥珀の褒め言葉はお世辞でもなんでもなく、ただ単純に曲が良くなることを喜んで述べているように見えた。そもそも自分の書いたコーラスを歌わせて出来が悪かったら改善を求めるはずだ。でもそんなことはなかった。


「奏水、やりますねっ! わたしにも歌手としての自負が生まれ始めた頃合いですが、こんなところで奏水に『ぼーかる』の座を奪われるわけにはいきません!」

「そ、そう……?」

「そうですっ、奏水の歌はたいへん優雅で美しいですっ!」

「本当……? 嘘じゃない……?」

「嘘じゃないですよ! わたしが曲の出来を悪くしてまで奏水に嘘をつくと思いますか? この曲はわたしたちが巫女になるための大事な持ち歌のひとつ。生半可な出来ではいけませんっ!」

「そ……そっか。うん、ありがとう」


満面の笑みでこちらを見つめてくる琥珀。

今にも抱き着いてきそうなほどうずうずしている琥珀。


その言葉と姿にどこか救われた自分がいた。

長年のコンプレックスが少しだけ溶け去っていく感じがした。


琥珀を救おうとしていた奏水が、その最中に逆に救われるなんて。

不思議だけど、嬉しくて、幸せだった。

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