琥珀先生の特別指導 其の一
「では奏水、今日はもう一個上の段階へ進みます」
「はい、先生!」
翌日、中央宮殿第三層の訓練室へやって来ていた奏水と琥珀は、神術の更なる技術向上を目指すべく新たな指導に取り掛かろうとしていた。教えるのはもちろん琥珀先生だ。
「これまで奏水に覚えてもらったのは神術の基礎である神力の扱いと顕現と維持、そしてそれを土台として行使される相対する者への神術適用。簡単に言えば攻撃行動です」
「はい」
「しかしそれはここまでの訓練で十分運用可能な域に達しています。正直、その殺傷性能だけでいえばわたしのそれを上回っています。我が弟子にして誇らしく、しかして大変恐ろしいことです」
「はい」
それはその通りだった。
この世界に迷い込んで一か月未満、元々天賦の才があったとはいえ巫女候補という一流の神術使いを肩を並べられていることは驚きでしかない。本来十年以上を掛けて辿り着く境地に驚異的な速度で追いついてみせたのである。
奏水の神力は主属性である雷を中心とし、水や風、そしてちょっと珍しい無属性というものも扱える。無属性とはその通り何の付与もされない純粋な神力をそのまま顕現させるという扱いをするもので、正直それだけでは何の意味もないのだが、それはまあ後日。
「だからこそ、次の段階へ進みます。それは神術の自身への適用。要するに防御行動です」
「はい」
「攻撃は最大の防御という言葉を耳にすることがありますが……半分正解で半分不正解です。なぜならこの国の巫女候補はたったの一撃で膝をつくほど柔ではないからです。必ず反撃が来ます」
「はい」
「その時に己の身を守れなければその瞬間にこちらの敗北です。我が身をしっかりと守り抜くことは神術使いとして、他者への神術適用以上に重要であり、同時に難しいことでもあります。……ですが安心してください。奏水の才能、そしてわたしの指導でこの技術を完璧に身に着けましょう」
「はい!」
「よろしい。では訓練を始めます」
琥珀もやる気だが、奏水もそれ以上にやる気満々だ。
というのも奏水が思い描く出世計画の中には、そう遠くない未来に対人での神術戦も想定されているからで。
そういうわけで奏水の気合と神力の循環は上々。琥珀の指導にも熱が入る。
ただ神術を顕現させて他者へと放つのとは違う、それを自身に纏わせて形を変えながらも維持し続ける。まるで自分用にオーダーメイドの衣装を作って着せてあげるような行為だ。
どんな素材の服なら肌と相性が良いのか、どんな形状なら自分の身体にフィットして適切な着心地を生み出せるのか、どんな色遣いや種類の服を着れば魅力的で清潔に見えるのか。その他エトセトラエトセトラ……という作業をする感じ。
しかし奏水的にはもっとしっくり来るイメージがあるようで。
(これは作編曲というよりはミキシングだな。バランス調整。音の波や音の壁が広がる感じ?)
神術による攻撃行為は理想の武器を作り出すというクリエイト、要するに奏水的には作編曲で音楽を創り出す行為に近かった。しかしこちらはクリエイトというよりは調整という感じがして、なんというか全体のバランスを見ながら神力の壁を構築していくイメージだ。それが音の調整作業と近い気がした。
神力は基本不定形。光のように漏れ出てくるのを形にしていくのが神術の心得ではあるが、今回はそれを膜や壁のようにしていく。膜であれば全身を守って外界からの干渉を防ぎ、壁であれば障壁として神術がこちらへ向かってくるのを止めることができる。
どちらも使い分けながら練習を繰り返す。
イメージを一度掴んでしまえば基礎は問題なく、あとはいかにして形状の維持と適切な神力の供給循環を物にしていくかがカギになる。
「奏水、膜を張る時はしなやかに神力を流し込むような感じです。例えば水膜。肌の表面にさらにもう一枚肌を重ねるように、自分の身体と馴染んでまるで一体化するように想像しましょう」
「うん。じゃあ……集中して、想像して……」
昔ファンタジー映画で見た魔法使いの姿をイメージする。
それを真似て全身に透明な神力の守りを纏わせてみる。
「いいですね。上々です、じゃあ今度は壁も作ってみましょう。水膜はそのままで、です」
「えっと……じゃあ今度は雷属性と水属性を合わせて……」
奏水の得意とする属性二つを組み合わせた障壁。
一般的に水は電気を通しやすい印象があるが、神力に端を発する純粋な真水であれば絶縁体になる。ゆえにこの二つを組み合わせると壁にもなり、人が触れれば感電するという攻防一体の障壁になるのだ。このアイディアを出したのは琥珀だが、実行に移せる奏水の技術もまた高いといえよう。
そうして出来上がった神力による障壁は水と電気といういずれも便利でありながら人間の脅威でもある二つの属性を持ち合わせて完成形へと至った。
それを見届けた琥珀は「ほぅ……」と感嘆し。
「奏水、ここまでできるとは流石わたしの愛弟子です。自身への神術適用という高等技術、ここまで扱えればもはや後は実践あるのみでしょう。実際に模擬戦で他者の神術を受け、それに相対するための瞬発力と判断力を身に着けていくことが巫女への近道です」
「はい、師匠!」
「……いつの間にか先生から師匠になっていましたが、まあいいです」
「私もいつの間にか弟子扱いされてたけど……」
「……はっ、そうでした。あまりにも優秀で可愛いのでつい……」
なにやら気の抜けるやり取りはあったものの、その後も琥珀の神術を相手取った初歩的な対人練習をこなし、少しずつ慣れていったところで訓練室の予約時間が終わったのでさっと片付けて後にする。
少し疲れてはいたが上々の出来に二人とも満足してにこやかに歩いていた。
そんなところで不意に慣れ親しんだ声が後ろから聞こえてきて―
「よっ、お二人さん」
「あ、永里先生っ、お疲れ様ですっ!」
「お疲れ様です。……今日はなんだかご機嫌ですね」
普段の二倍増しでにこやかな恩師の登場に振り向いて頭を下げる二人。
それを受けた彼女はなお強面を崩してにこにこと微笑んでいて。
「おっ、そう見えるか? だよな、見えるよな、それもそのはずで良い知らせがあってだな」
「……? なんでしょう?」
「なんとだ! お二人さんの神楽を披露する機会を用意したぞ!」
「えっ、本当ですか!?」
「ああ、もちろん本当だぞ。日時は来週火曜日の十五時、第四層の神楽堂で二十分の貸し切りだ!」
それを受けた琥珀は動揺しつつも喜びの表情を見せ、奏水は狙い通りの展開ににやりと笑いそうになるのを堪えていた。
永里先生には少し前からこの宮殿の神楽堂を使って少しだけでもいいから神楽を演奏できないかと相談していた。もちろん琥珀にも話はしてある。
そしてそれを教師の権力を借りて無事に取り付けることに成功したわけだ。
狙いとしては知名度を上げて他の巫女候補を威嚇しつつ、大洲宮における警戒対象としてしっかり認識させてやることが第一。そして先日からウザ絡みと誹謗中傷でこちらをなじってくる高飛車お嬢様に一泡吹かせてやるというのが第二。まあ彼女を巫女候補から引きずり下ろす計画はその先にも続くのだが、第一段階としてそのプライドに少々傷を付けてやることは有効。
奏水の中でも比較的黒い部分というか、攻撃的な考え方が出てきているのだが本人は半分無意識である。なにせ大事な番を罵倒されたのだから反撃をしたって罰は当たらない。そもそもこの国の法律ではあの手の馬鹿をしばけないらしいので実力行使だ。
「奏水、やりましたね! これは素晴らしい機会です!」
「だね。じゃあ帰ったら準備始めよっか」
「おうおう、仲の良いことよ。んで、下準備で神楽堂の内見もしたいだろうから、明日の十三時でどうだ? あたしの部屋で集合して一緒に見に行こうじゃないか」
「はい! ぜひそれで!」
事前に会場を見せてもらえるのもありがたい。
せっかくの威嚇チャンス(?)に音響が台無しではもったいない。
早速家に戻って機材とデータの準備をしなければ。
演目も決めないとね。出来るだけ短くてインパクトを残せるやつで。
……そういうわけで夕飯までの時間は二人の神楽制作会議となったのだった。




