弁解と新曲制作会議
「というわけで!! 私のいた世界ではぴょんぴょん飛び跳ねながら楽しんで踊れる音楽を下敷きにして新曲を書いてそれが楽しすぎて思わず跳ね回ってただけなんです変質者じゃないんです!!」
「はあ、わかりました。まあ実際聴いてみたら踊りたくなる気持ちもなんとなくわかりましたし」
「流石琥珀! 理解が早い、吸収が早い、私の相棒!」
「褒め殺しにしても奏水が奇怪な動きで跳ねてた様子は記憶から消えませんけどね」
「ごめんなさい忘れてくださいお願いします後生の頼みです」
そんな具合に先程の創作ダンスの弁解を済ませた奏水は、自室に持ってきた小さい円卓と座布団セットの上でお茶を啜りながら琥珀と向かい合っていた。手元にはお饅頭が一個ずつ。琥珀が買ってきてくれた今日のおやつだ。
「それにしても、奏水のいた世界にはあんな風に踊る施設があるのですね。なんだか想像がつきません」
「だよね。説明もしづらいけど……結構広い平面の部屋があって、照明暗くしてきらきらの画面を出して、天井も高くて、そこで音楽を流す人がいるからその選曲を聴きながら踊ったり身体を揺らしたりして楽しむところだよ」
「なるほど。そうやってストレス発散をすると」
「そうそう。楽しいらしいよ。まあ私は行ったことないけど……」
奏水が知っているのはDJがいるクラブの生配信で見たフロアの様子くらいで、実際に行ったことはないが感覚は大体掴めているし、その空間のノリを今回の曲にも引用している。
で、今もそのデモ音源を流しながらお茶を楽しんでいるわけだが。
「うーん、でもちょっと修正してほしいところはありますね。今のうちに聴き込んでまとめるので奏水はゆっくりお茶を飲んでてください」
「うん。でも琥珀はいいの? 裁縫って集中力いるよね。それなのに休憩しないで聴き込むって……」
「どうってことないですよ。わたしは学院時代に十時間連続で講義を受けたこともありますし」
「ひっ……! 化け物……!」
「化け物じゃない、ですっ!」
やはり天才には天才エピソードが付いてくるのだなあと怯えながら感心しながらの奏水。自分なんて一日六時間の授業でひーひー言ってたのに。やっぱり琥珀はすごい人なんだなあと再認識する。
そうやってお饅頭を食べきって、緑茶と和菓子の相性の素晴らしさに舌鼓を打ったところで、琥珀がすっと立ち上がり―
「じゃあ奏水、今から修正してほしいところを言います」
「……う、うん、わかったすぐやる」
自ら率先してPCの前に手を付いてヘッドホンを装着した琥珀の姿はすっかりミュージシャンだ。
奏水も慌てて席に着けばDTMの画面を開いて―
「まずは速度ですね。もう少し落としましょう、その方が聴衆にも馴染みやすいです。会場は大洲宮の中なので、そんなに跳ねたり動いたりって感じではないですし」
「了解。じゃあBPMは90から60くらいまで下げて身体をゆらゆら揺らす感じに」
「はい、いいですね。続いてこの未来っぽい音ですが、ちょっと響きが強すぎる感じがします。なんというかきんきんして高い感じがあるのでそこを削ってもらえますか?」
「シンベだね。じゃあ少し音色を弄って丸い感じに、高域はばっさりカットして中音域低音域でストイックに鳴る感じにしよう。確かにキンキンするとみんな驚いちゃうか」
琥珀の意見はこの世界の人々の嗜好を的確に表現して導き出された有意義なものだった。奏水も納得しながら修正を勧めていく。
「ですね。最初は様子見しつついきましょう。最後に龍笛ですが、これは鳳笙に変えたほうがよいでしょう。メロディを鳴らすのであれば芯の強い鳳笙の方が自然です。音色としても雅楽の印象が強くて神聖さを強調しやすいと思います」
「なるほど、じゃあライブラリ漁って……お、あった、この音でいいかな?」
「…………はい、これで大丈夫です! この音に置き換えてもらえばと」
「了解。じゃあちょいちょい弄って……」
腕組みをして目を瞑って音源に耳を傾ける琥珀の姿にはミュージシャンというかもはや音楽プロデューサーの貫禄が出てきている。奏水は試されている感じがしてちょっとビビっているのは内緒だ。
その後も細かい調整を話し合いながら進める。
三味線の入り方、楽太鼓の鳴らす位置、シンセベースのフレーズをどこまで叙情的にするか、全体のバランスを見て神聖さと未来感のどちらもを感じさせられるようにミキシングまで考慮する。
奏水は自分で演奏するシンセベースの譜面を想像しつつ、同期で流す三味線と鳳笙とのバランスも再度検討。そして肝心要の主旋律も少しずつ弄って、音符の数を減らすことで雅楽にあるような声の伸びというか響きをしっかり出せるように改良していく。
そんなふうに微調整を重ね、ようやく二人とも納得のいく音源が出来上がった時には既に十七時を回っていたから、琥珀は慌てて夕飯を用意し、奏水も今日の神術の基礎練習を急いで家の裏で済ませて、十八時には揃って食卓に着き。
「うーん、今ちょっと詞を考えてるんですけど結構難しいですね」
「あっ、それなんだけどね。今回は雅楽の詞である漢詩文や民謡からの引用でいきたいと思ってて」
「な、なるほど……それなら神聖な神楽にばっちり合います」
「でしょ? 琥珀はそういう教養ってしっかり身についてると思うし、知ってる漢詩の詞を引っ張ったりちょっと改造したりして今回の曲に合わせてほしいんだよね」
「わかりました! それならできそうです!」
「うん、頼もしくて何よりだよ」
食事をしながら作詞の打ち合わせを始める。
もはや現代ミュージシャンもびっくりの熱の入りようだった。スタジオ合宿でアルバムでも作ってるのかと勘違いするほどののめり込みっぷりだが二人とも気付いていない。それほど夢中になって曲作りに励んでいるということだ。
奏水としても教養とセンスを兼ね備えている琥珀の存在は非常に大きく、今回のように自分に馴染みのない(しかし聴衆には馴染みがあって受けが良い)分野を取り込もうとする場合もたいへん助かっている。漢詩の引用なんて天地がひっくり返ってもできない。
いや、しかしそう思うと本当に琥珀はハイスペックだ。
勉学に秀でており、運動神経も十分備えて、教養も所作も文化的な才も申し分なし、神術においても一流の技術を持ち、この国の政治経済にも造詣が深い。
身長こそあまり高くはないがすらっとした立ち姿と柔らかく丸みを帯びた体型の絶妙なバランスで美しく、幼さを湛えつつも凛々しさも持ち合わせている可愛らしい顔立ち、口を開けば鈴を鳴らしたような愛らしい声色、すべてひっくるめて美少女と形容して差し支えない。
そして奏水が持ち込んできた音楽面でも高い適応力を見せており、多少のトレーニングで十分に歌手として戦っていける能力を身に着けたし、作詞における音楽的センスもそれなりにある(作詞はただ言葉を当てはめるだけと思う人も多いだろうが、実際は音楽知識と歌う側の感性が両方ないと凡作以下の駄作が出来上がってしまう専門技術だ)、そして奏水の書いた曲に的確なディレクションを出せる感性と言語化能力、もはや非の打ちどころがない。
まさに奏水が求めていた理想の相棒を体現した琥珀。
そういうわけで今こうして小さな口でもぐもぐと夕飯を食べている琥珀をにこにこ見守りながらも内心では感謝でいっぱいになっている奏水。いや、感謝以上の感謝感激雨あられ大洪水氾濫級だ。大洲宮が洪水で完全沈没するレベルの感謝である。
(うん、じゃあ私も神術の方を頑張らないとね)
今考えているステップアップの道筋では神楽だけでなく神術も求められる。
とすれば足りないのは間違いなく奏水の神術の実力だ。なれば練習、そして実践あるのみ。今日はできなかったが明日はしっかり訓練をしたい。というわけで―
「琥珀、明日は神術の訓練をしたいんだけど付き合ってくれる?」
「もちろんです! 琥珀先生がびしばし指導しちゃいます!」
「やった。先生よろしくお願いします!」
そういう感じで奏水の暮らしは、いや、二人の暮らしは毎日が充実しているのだった。




