邪魔者、またの名を好敵手
その日は二人揃って午後の訓練に励んでいた。
奏水の神術は実戦レベルまで引き上げられたので、二人で協力しながら神力人形を相手にした模擬戦に乗り出しているわけだ。奏水を指導してくれた永里先生には琥珀の感謝が百倍増しで送られた。
そうして今、人形二体を相手取って神術の打ち合いで戦いを繰り広げる奏水は、この世界に転生してきて数週間とは思えないほどの貫禄と落ち着きで正確に敵の神術を打ち砕いていた。
今回の相手は琥珀の得意とする草属性の天敵・炎属性を扱う神力人形だ。無論その炎で琥珀を狙って来るので奏水が防ぎ、そこに琥珀のもう一つの属性である鋼属性の神術でカウンターを喰らわせてやる。鋼属性はあくまで補助程度なので真っ正面から打ち合えるほどの出力はないが、隙をついて体勢を崩したりヘイトを向けさせる程度なら問題ない。
そしてもう一体の神力人形は奏水の主属性である雷に強く出ることのできる、こちらも鋼属性。となれば相手の神術をすり抜けながら本体に直接神術をぶち当てるしかない。ゆえに思考する。文字通りの鉄壁をかいくぐって本体に神術を届かせるには。
ただ、その回答は思ったよりもあっさりと出て―
「そらぁっ――!!」
鉄壁にまっすぐ電撃を叩き込む。
ただ、それはただ叩き込んだだけではなくて。
「おらぁっ、いけぇぇっ!!」
奏水の得意とする雷属性の神力操作、その力で出来る限り強い電流を鉄壁に流し込む。普通は何も起きない、でも理外の力で膨大な電流を注がれた鋼はどうなるか。そんなの簡単だ。熱すぎて融点を超えて溶けるに決まってる。
というわけで溶け出した鉄の防衛壁がその効力を失い始め―
「いきますっ! これで貫けぇっ!!」
そこに琥珀の放った巨大な葉の刃が突き刺さる。高温で溶けそうになりながらも、鋭く尖った芯の部分には付与していた風属性の刃が鎮座していて、その芯が鉄壁を破って神力人形に肉薄し―
「うおぉぉぉっ!!」
普段は大人しい琥珀の気合の入った怒声が訓練室に響き、その残響と共に神力人形は砕け散った。
そしてもう一体残った人形がその隙を狙って琥珀に迫ろうとするが―
「残念、そこは通させないんだなあ」
待ち構えるように置かれていた奏水の水属性の刃が真下から突き刺さった。
それに貫かれて動きを止めた人形は音もなくすっと消え去っていき―
「……ふう、無事勝利!」
「ですね。奏水、すごくいい動きでしたよ。まあ雷属性で鉄を溶かそうとするのはちょっと乱暴というか、頭が悪いといいますか……」
「脳筋プレイってことだね」
「のーきん?」
「あー、今のも忘れて」
本人談の通り脳筋突破に違いないが、不得手な相手に勝利できたと言えば決して悪くはない。乱暴と称した琥珀だったが、実際のところその乱暴な立ち回りは神力と神術の基礎が十分に備わっているからこそできる応用であり、つまるところ奏水の神術はすっかりベテランの域に達していると言っても過言ではないわけだ。
そもそも鉄を溶かすほどの雷属性の神術だって、神力の保有量と質がいずれも高いからこそ為せる技であり、その実力は確かなものだった。
正直、この世界に来てから数週間とは思えない急成長。いつか奏水が冗談で言っていた「女神様に愛されてるのかも」という台詞が信憑性すら帯び始めてくるから琥珀は半分慄いている。
そういうわけで無事に今日の模擬戦を終え、少し休憩してから部屋を出たところで目の前にやたらと派手な着物と髪型をした少女が現れ―
「…………っ!」
「あら、これはこれは落第生まっしぐらの落ちこぼれ水蓮寺さんではありませんの~! ご機嫌うるわしゅうて?」
「……え、ええ。そうですね」
え、誰こいつ? と奏水が目を丸くする。
なんかやたらフレンドリーに話しかけてきたけど言ってることやばくないか? わ、もしかしてこいつが琥珀を侮辱してる犯罪者キッズか? いじめは正確に言えば犯罪だぞ? 警察に突き出そうか? お?
そんなよくわからないヤバそうな女、今度は奏水に目を向けてきて―
「あら、こちらの方は最近噂の召使の方かしら? あら、可哀そうに、こんな落ちこぼれ無能の相手をさせられているなんて不憫ですわ~!」
「えっと、はじめまして。私一条奏水と申します。水蓮寺さんの番をやっている者です」
「ま!! 番ですって!! これは笑止千万ですわ~! こんな無能のガラクタに番ですってよ~!! もしや冗談で仰っているのかしら? 頭が弱いのでしょうかねぇ?」
うわ、超ムカつく。
でもここで感情的になってはいけない。丁寧に、にこやかに。
「いえいえ。それが番なんですよ。自分でも不思議なんですけどね~」
「あらそうですの~? でも貴女、そういえば変な噂がありますわよ、なんでも捨て子で路頭に迷っているところをこちらの落第生に拾われて玩具にされているとか? あら~、本当に救いようのないお方ですわね~!」
「そうなんですか? 私は結構良い暮らしをしてて満足ですけどね」
琥珀がチラチラと不安そうにこちらを横目で見てくるが心配はない。
向こうの付き人みたいなやつ……あれがこの人の番なのかな? なんかへこへこしてる。可哀想に。こんな性悪馬鹿と番にならないといけないなんて……
「そういえば水蓮寺さん、最近貴女歓楽街の方でなにか面白いことをしているらしいじゃないですの。巫女候補の間でも話題ですわよ~、もしや身売りでもなさっておられるんですの?」
「いえ、音楽の演奏ですね。どうです、伊集院さんもお聴きになります?」
おっ、琥珀もけっこういい感じにスルーできてる。
いいね。この感じで受け流しちゃおうね。っていうか伊集院さんって言うんだね。かっこいい! 本人は出会って数秒でクソってわかるのに名前はかっこいい!
「まぁ! 下等庶民の演奏など説法以下ですわね~! でも仕方ありませんわ、このわたくしの審美眼で貴女のお遊びを審判してさしあげてもよろしくてよ?」
「本当ですか? じゃあ今度大洲宮で演奏しますので、ぜひ聴きに来てくださいね。良い席を用意してお待ちしてますから!」
「おほほ~!下民にしては良い心掛けですわっ、では楽しみにしておりますの。ではごきげんよう落ちこぼれの水蓮寺さん~!」
……そう言ってすたすたと去っていった。なんだったんだろう、あの人。
色々と不思議に思う奏水だったが、まあここで込み入った話はしづらい。
一度家に戻ってお茶でも飲みながら詳しく聞いてみることにする。
落ち着けるように緑茶を淹れて、お茶菓子を用意して糖分補給しながら。
「えっと、あの人がもしかして例の侮辱してくる人?」
「そうです……彼女は伊集院花蘭さんといって、役人の家の生まれですごく高飛車な人なんです。それで番がいなくて落ちこぼれだったわたしをなじってくるようになって……」
「あー、目上にはへりくだるのに目下には強気になるタイプの人かー」
「そうなんです。教師には受けが良いのですが、巫女候補の子たちからは嫌われてて、でも実力はあるからみんな逆らえないのです。神術も神楽もすごいし」
こいつはちょっと厄介。大人に取り入ってるってのは面倒だな。
でも―
「でも、これはいい機会だね」
「……え?」
「私たちの力でこの人を返り討ちにして巫女争いから脱落させてやればいいんだ。そうしたら琥珀が受けた侮辱も全部やり返して、ライバルも減って一石二鳥!」
「らい、ばる? えっと、それは……」
「好敵手。近い実力を持つ競争相手。いいね、最高の相手だよ」
奏水の脳内に用意されている巫女への道筋、そこに都合の良い高飛車少女が組み込まれていく。
神楽も神術も更に力を伸ばし、そして知名度も人気も手に入れて、一気にステップアップする絶好の計画が出来上がる。完璧なプランに思わず奏水の口元がにやりと歪む。
それを見ている琥珀は少し動揺して、でも奏水から伝えられたその計画を聞き届けると、瞳に強い光を宿して両手をぐっと握り込んで―
「わかりました。やってやりましょうっ、あの人に仕返しをしてっ、わたしたちの次の舞台への駒にしてやります!」
「いいね、その意気だよ。琥珀も強気になってきたね!」
これにて次なる作戦は出来上がった。早速今晩から取り掛かろう。
二人は揃って息巻いて準備を始めるのだった。




