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出会いは不可思議に

「ん…………あれ、私、なにして…………?」


高校1年生の少女・一条(いちじょう)奏水(かなみ)は不意に意識を取り戻して困惑した。


急に浮上してはっきりとした意識で、これまで眠ってしまっていたことを自覚して唸った。

確かさっきまで学校帰りで普段通り帰路を歩いていたはず。家に戻って昼寝の体勢になった覚えなどない。しかもなんだか土と草の匂いがする。帰り道は街中しか通らないのに。


帰り道で寝るなんてありえないし、でも事故に遭った覚えもないし……


そこまで考えて起き上がって、とりあえず怪我がないかを確かめようと自分の身体を一通り確認したところで、ふと周りの景色が目に入って。




「……は? どこ、ここ?」


そこで奏水は唖然とした。


目前を流れる川の向こうに広がっていたのは、まるで時代劇か古い映画の中に出てくるような木造建築と石造りで舗装された街道が広がる和の世界だったからだ。夜の闇の中に赤い提灯が数多浮かび上がっている華やかな繁華街が視界の先に映り、反対側を向けば遠くの方にぽっかりと開けた農地ような地域が見えてきて、もちろん高層建築などあるはずもなく、江戸時代にタイムスリップしてしまったというのが正直な感覚だった。


今自分がいる場所も舗装されていない川のほとりで、そこに掛かっている橋だって当然木造。そしてその橋から伸びる道の先を見やれば、とても大きな宮殿のような建物があって―


「うわ……これ映画とかで見たやつだ。あの後宮みたいなの、すごい……」


学校帰りのセーラー服のスカートには土汚れが付いてしまい、膝も汚れてしまっていることにも構わず奏水はその光景を見つめる。あまりにも非現実的な出来事に、ただ眺めることしかできなかった、というのが正しいのだが。


少し先の宮殿のような建物、いや、宮殿を拡張してもはや一種の城塞都市のようになっているその場所を見つめていると美しさや華やかさの中に妖しさや荘厳さのような別種のものが混じっているような気がしてきて、今の奏水にもあの中は只者ではない世界であることが窺えた。


この宮殿都市と言うべき隔離空間を作り出す外堀は清澄な水が流れて水面の揺らぎが月の光を反射してきらめき、それに対して無骨な石垣は侵入者を誘惑しておきながら拒んで奈落に突き落とすような無慈悲さすら孕んでいるように思えた。


そしてその入り口は大きな門になっていて、守衛と思しき長身の女性が道行く少女たちを監視している様子がなんだか不思議でじっと見てしまう。


「……ってこんな見入ってる場合じゃないから!」


そこですくっと立ち上がった奏水が慌てて周囲を見渡す。

ここまで完全に物語の中に入り込んで見物気分になっていたが、冷静に考えればこんな光景が現代日本にあるとは思えない。とすれば自分はなにか不思議な世界へ迷い込んでしまったと考えるのが妥当。


いや、こんな出来事など起こる方がおかしいのだが、少なくともそう思うしか現状を理解する手段がない。ついでに奏水はフィクションの世界に浸る趣味があったのでこんな意味不明な迷子になってもなんとか正気を保てているわけだ。


気合を入れて川のほとりから堤防の上まで這い上がれば、平坦に整備された砂の道が足元から街の方へと続いていて、一方反対側は人気のなさそうな郊外へと伸びている。


ここからどうしよう。警察があれば迷子は保護してくれるだろうが、そもそも存在するかもわからないし、あったとて場所も不明。じゃあ街の方へ行けば誰かが助けてくれるかとも思ったが、奏水の本能が警鐘を鳴らす。


あの手の赤い提灯と不夜城のごとき輝きを放つ様子、なればそこには遊郭的なものがあるに違いない。とすると若い少女が一人で出向けばどんな危険な目に遭うかも不明。

とすれば逆に郊外へ向かえばいいのかと思うが、それはそれで灯りのない夜道を歩いていたら人攫いに遭ったりするかも。そもそも人のいなさそうな方角へ向かう勇気はない。


「どうしよう……」


ゆえに奏水は立ち止まった。

どちらへ向かっても危険ばかり。頼れる人もいない。


そもそもこの世界から元の世界へ帰れるのかもわからない。

その事実が小旅行の興奮で隠れていた恐怖心を徐々に掻き立てていく。奏水にどれだけ好奇心があるといっても、身の危険に立ち向かえるほどの勇敢さは持ち合わせていない。


思わずその場にしゃがみ込む。

そういえばお腹も空いたし、疲れた感じもするし、なんだかもう動く気も起きないし。



そうやって俯いていたものだから、突然自分の肩に手が置かれた驚きで飛び上がらんばかりに驚いて叫んでしまって―


「あの」

「ひゃああぁぁっっ――!!??」


しゃがんだ姿勢からの華麗なその場高跳びで立ち上がりながら、無駄に器用なステップで後ずさりながらくるりと後ろを振り返る奏水。


どんな不審者なのかと戦々恐々として振り向いたその先にいたのは―


「…………へ、女の子?」


可愛らしい女の子だった。


綺麗な黒髪を肩先まで伸ばしたお淑やかそうな少女は、きょとんと首を傾げてまん丸の大きな瞳で奏水を捉えている。小動物のような愛らしい顔立ちに線の細い身体、自分と背丈は同じくらい、その身には白と黒の二色があしらわれた着物に赤色の差し込まれた帯を巻いた美しい和装を纏っている。


そして彼女の次の声は奏水の鼓膜にすっと入り込む水晶のような綺麗な音色で―


「あの、こんな時間にどうされたんですか? もしかして迷子の方、ですか?」


心配そうに見つめてくるその表情や少し震えながら手を差し出してくる姿に、彼女の行動は親切心に基づく嘘のないものだと思えた。


「ええと、突然すいません。遅い時間に一人でいらっしゃったので心配になりまして……あと、珍しい着物を着ていらっしゃったので、気になってしまって」


その言葉で思い出す。

この世界が奏水の想像通りのものなら和装が当たり前で、現代日本の洋服、ましてや学校のセーラー服なんてあるはずがない。つまり今の奏水は完全に余所者ということ。


そんな奏水が今ここでこの親切な少女を手放してしまったら、自分はどこへ行っても邪魔者扱いされて野垂れ死にしてしまうに違いない。この機を逃してはならない。


だから、奏水はできるだけ敵対心を抱かせないように言葉を選ぶ。


「そ、そうなんです。私、迷子になってしまって、誰にも頼れなくて」

「やっぱりそうなのですね! で、ではっ、もしよければわたしが今晩泊めてさしあげましょうか?」

「えっ、い、いいんですか……?」

「もちろんですっ、若い子を一人で放っておけません。寝床もご飯も用意できますので、ど、どうでしょうか?」


なんで助ける側の彼女が敬語になっているのかが不思議だし、妙に緊張して噛みそうになっているのも気になるのだが、そんな救いの手を掴まないわけはない。


「じゃあ、お願いしますっ……!」


おそるおそる一歩踏み出して、差し出された少女の右手を奏水の右手がそっと握って。


「はいっ! ……あっ、そうです。お名前を教えてもらえますか?」

「は、はい。私は一条奏水といいます。奏水って呼んでください」

「わかりました。それで、ええと、わたしは水蓮寺(すいれんじ)琥珀(こはく)と申します」


琥珀、素敵な名前だなと最初に思った。


そしてこれがこの先何度も呼び合うことになる互いの名を初めて教え合った瞬間であり、後にこの国で遥かに名を馳せることになる二人の出会いの瞬間だった。


「じゃあ……琥珀さん、よろしくお願いします」

「はい、奏水さん!」


なお、敬称が抜け切るまでにはもうしばらく時間が掛かるらしい。

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