知名度向上大作戦
桜花亭での初演奏を終えた翌日から二人は次のアクションに移った。
朝起きたらまず琥珀はボイストレーニング、奏水はシンセの練習。これは日課だ。
そこからお昼にかけては琥珀が情報収集で街に出たり、奏水は新曲の制作や演奏環境向上のための神力DIYに励む。必要なもの、便利なものなんて山ほどある。
そこからお昼ご飯をさらっと済ませ、午後は日によって違う。
多いパターンとしては奏水が神術の練習で中央宮殿に向かい、すっかり仲良くなった永里先生の指導で腕を上げる。その間に琥珀は作詞や歌の練習、奏水から教わった機材の操作練習まで色々。
日によっては二人揃って神術の訓練に励む日もあれば、曲を書いている奏水の隣で琥珀があれこれ口出ししながら相談して曲をブラッシュアップさせていくこともある。例えば今日がそのパターンで、ヘッドホンが様になってきた琥珀が腕を組んでうんうん唸っており―
「いいですね。ただちょっとメロディが先鋭的すぎるかと。この国は奏水が元いた世界よりずいぶん遅れていると聞きますし、あんまり攻めすぎると怖がられてしまいます」
「なるほど、じゃあもうちょっとヨナ抜き音階で攻めようかな? 歌い出しとBメロとサビ、それぞれ肝になるところに和メロを置いて耳を引いて、ちょっと慣れないかなって思ったタイミングで馴染みやすいメロが来るように調節して」
「はい。それがいいですね。まあ、その『よなぬきおんかい』が何なのかわかってませんけど……」
「わかんなくても大丈夫。とりあえずこの国の人にも好んでもらいやすそうな音階って思って」
琥珀の意見は大事だ。素人とはいえ、この国の風習や文化に慣れているのは圧倒的に琥珀。その意見をしっかり聞かなければ独りよがりになってしまう。
自分好みの曲を書くだけならそれでもいいが、ある程度神楽として大衆に受けるためならば人々の感覚に合わせなければ。そのためにも琥珀の感性は役立つ。
「今回は日本ガラパゴス列島の定石ことABサビパターンだからね。型自体はそこまで嫌がられなさそうだし、やっぱりメロの親しみやすさか。じゃあもういっそサビ頭を小室進行にして、そこで特徴を出してから和メロに雪崩れ込んでいく感じ?」
「がらぱごす? こむろしんこー?」
「なんでもない。忘れて」
という具合で今や二人は立派な共同作業者。音楽ユニットとなったわけだ。
そこで出来上がったメロを琥珀が口ずさみながらなんとなく歌詞の構想を練り、時にはちょっと歌いづらいからメロを変えてくれと頼むこともある。その踏み込んだやり取りこそが二人の信頼の証だ。
そんなこんなで今日も一曲試作品を仕上げて、作詞はまた明日以降に持ち越し。
時計が十六時を差したところで二人揃って外出の支度。荷物をまとめて、髪の毛を最後に整えて、もうすっかり慣れ親しんだ自宅の玄関を出ればいつも通り街へと繰り出す。
琥珀と大体一緒に行動している奏水は初めは不審がられたが、今は本人自体への疑念はなく、「落ちこぼれにいつも付き合っている不思議なやつ」というのが陰口諸々の内容だった。
なお、永里先生以外の教師も複数人いるのだが、彼女たちは琥珀を軽蔑する側の人間なのであまり関わりはなく、表立って何か批判をしてくるようなことはなかった。流石に子供とは違う。
そんなこんなで雑談しながら歓楽街まで足を運び、今日は桜花亭と並んで規模が大きい店での演奏依頼に応えるべく店頭を訪ねていた。ここは芸子のお遊びに力を入れている店で、三味線も舞踊も毎日のように楽しむことができるし、時々は大道芸のような珍しい芸者も来るらしいのでリピーターが多く、桜花亭と人気を二分していることも頷ける料亭だった。
そこの女将とは桜花亭経由で事前に話がついていて、既に演奏を聴いたことがあるようで中々好意的な対応をしてもらえているから二人としても安心できている。特に奏水からすると歓楽街とは無縁の人生を送って来たので、この辺の人間は全部敵か犯罪者かみたいな考えをしてしまうのだが、そこは琥珀が上手くサポートしてくれるから動揺せずに乗り切れている。
今回通されたのは桜花亭のそれよりも1.5倍くらい広い大広間で、音響面でちょっと心配になりながらも準備を始める二人。
琥珀は準備運動と発声練習をゆっくりとこなし、ワンコーラス歌ってみれば十分に広間の奥まで届くと言う手ごたえがあってひと安心。実際奏水が客席側に回ってみたが最後列でも問題なく聴こえており、琥珀が無理に声を張り上げている感じもない。
天性の歌声とこれまでの人生でしっかり鍛えられた身体と肺活量に裏打ちされた声量。これはとても頼りになる。実際、琥珀は勉学だけでなく運動面も器用にこなせるようで、奏水が体育の授業で絶望していた長距離走みたいなやつも涼しい顔で何十分と走り続けられるらしい。正直羨ましい。その力を分けてほしかった。
そうして嘆きつつも奏水は音響準備を進める。
小型スピーカーは前面と背面の両方から音が出るように改造し、客席に向ける側の面は大きめの音量で、自分たちに向く側の面は必要最小限のボリュームで調整していく。
とりわけ歌手にありがちな現象だが、聴いている楽器の音が大きすぎるせいで自分の声が掻き消され、必死に声を張り上げて歌が崩れてしまうことがある。実際は十分なボリュームで客席へ響いているのに、自分の聴取環境のせいで錯覚して無理をしてしまう。
これを解消すべく改造したスピーカーの出力は上々。まあ本当はイヤモニにしてスピーカーから全部の音をまとめて出せればいいのだがそこまではまだ手が回っていない。
最後にシンセに組み込んだミキサーを弄り、実際に二人で演奏しながらバランスを確認。初回に比べるとリハーサルも順調になったものだ。
「よし、これで大丈夫。琥珀はどう?」
「わたしも大丈夫ですよ。ばっちりです!」
「わかった。じゃあ本番まであと一時間ちょっと……休憩しよっか」
こうして神楽の準備は整い、客が満杯に入った広間での本番も一切の問題なく進んだ。
琥珀は初回の反応で自分の歌に自信が持てたらしく、いつになく力強い声で、でもしっとりと切なさはもって声を響かせる。奏水も神力シンセの扱いに慣れてきて、ミスタッチもかなり減った。
人が増える、しかも期待の視線を向けられるというのは大方プレッシャーなのだが、巫女という大きな目標を見据えた二人からすればちょうど良い練習台。心臓を強くするためのありがたい訓練のひとつに思えてくる。もちろん自分たちの音楽を気に入ってもらえるように気合を入れながら。
今回は大洲宮で見かけたことのある顔がちらほら見えて、驚いたような表情から心地よさそうな身体の揺れまで見て取れたことから反応が相当良いのだと思えた。
この話題を大洲宮の中に持って行ってくれれば自然と最奥まで噂が広がる。そうすれば巫女候補や教師も黙っていられない。そこに永里先生の手助けが入れば神楽披露までの道は容易く開ける。
今日もたくさんチップをもらえて、他の店や市場の方でも話題になっているという話を客から聞いた。大洲宮の役人とも話をして、役所の中で自分たちの話題が出ているという情報も掴んだ。
もらったチップで貯金は上々、奏水の制作環境や神楽用の設備増強も進められる。
今のところ、計画は順調も順調だった。
ただ、世の中そう簡単にはいかないもの。
順風満帆の先には予期せぬ嵐が、二人の行く末にはそれを阻む者が現れる。
しかし、それすらも巫女となるための大事な試練のひとつだと思えるほどに強く成長していたのが今の二人なのだった。




