打ち上げと次なる野望
「かんぱーい!」
「乾杯ですっ!」
初めての神楽もとい出張コンサートを終えた後、二人は控室を借り切ってささやかな打ち上げを楽しんでいた。
いや、ささやかと言うほどではない。むしろ未成年の二人にしては大分豪勢だ。
というのも演奏後に興奮した客からチップのお金をたくさんもらい、懐に余裕があるから。特に強面の役人さんからは「声掛けようだなんて思ってすいませんでしたぁっ!!」と全力で謝られながら札束を受け取った。札束は怖い。偽札かもしれないし、後から報復されても怖い。
しかし強引に渡されたものを返せるはずはなく、やむなく大量の金銭を受け取った二人は「じゃあここでご飯を食べて打ち上げしちゃおう」という発想に至ったわけだ。
もちろん言い出したのは奏水である。
一流の料亭だけあって普段の暮らしでは味わえない料理の数々に舌鼓を打ちつつ、少し前に海外から伝来したという炭酸レモネードで乾杯して贅沢を楽しんでいる。
「いやあ、私は黒ウーロン茶派なんだけど、たまには炭酸もいいよね!」
「くろうーろん? なんですかそれ?」
「あ、こっちの話です。それより琥珀さんっ、今日は大成功でしたよ大成功!」
「……そ、そうですっ、奏水さんのおかげで、わたしっ!」
「いえいえ、二人の力を合わせての結果です。巫女への第一歩、無事に踏み出せましたね!」
「はいっ!」
あの後、喝采を浴びてチップをもらって、ついでにまた演奏する機会はないのかと質問責めにあったところを女将さんに助けてもらって、こうして控室へ戻ってきたわけだが。
本当に嬉しかった。というのは二人揃っての感想だ。
自分たちの音楽がちゃんと人々の心に訴えかけて気に入ってもらえたことは大きな自信になる。人に作品を見せたり聴かせることは怖いけど、それ以上に得るものがあるというのは本当なのだ。
そんなわけで楽しく飲み食いしてるところに女将さんが料理を持ってきてくれて―
「琥珀ちゃん、奏水ちゃん、今日はありがとうね。お客様も大満足でうちの売り上げも上々なのよ。とっても助かったわ、むしろこちらがお礼したいくらい」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。演奏できてとてもありがたかったです」
「もう、そんなにかしこまらなくていいのよ奏水ちゃん。……ああ、そうそう。二人に相談があるのだけどいいかしら」
「は、はい」
女将さんがやたらにこにこしてるから多分良い話なんだと思う。
「あのね、これからもうちで演奏してもらえるかしら? もちろんお給料は出すし、二人の無理のない時だけで大丈夫だから。本当に今日のは評判が良くてうちの売りにもなるから……それにおばさんも気に入っちゃったし」
「ほ、ほんとですかっ?」
「それは願ってもないお話です。ぜひお願いします!」
「ええ、じゃあ成立ね。近々二人の予定を教えてもらって日程を組むようにするわ」
奏水は内心ガッツポーズを決めていた。
これで知名度が上がる、そしていずれは大洲宮にも話題が届いて―
「あとね、早速なんだけど近くの料亭からも二人に依頼が来てるのよ」
「へっ? もうですかっ?」
「そうそう。今日のお客さんに他の料亭の人がいたみたいで。あと二軒目に梯子してそこで言いふらした人とかもいるみたいなのよ」
早い。もう二軒目に行くんだ。大人怖い。
奏水はちょっと慄いた。
というか歓楽街のネットワークすごすぎない?
こんなにすぐ噂が広がるなんて。数日は掛かると思ってたのに。
「そこの話もまとめてうちで受けて、二人の日程を調整しようと思うの。どうかしら、その分他のお店のお給料から少し手数料をもらうけど」
つまり事務所代わりになってくれるということだ。
これは助かる。桜花亭が間に入ってくれれば危険な取引先に行くリスクはなくなるだろう。琥珀がお世話になっていることもあって桜花亭を優先したいし、無闇に外へ出るのも望んでいないから、こうして調整してもらえるなら非常にありがたい。
「どうかしら、私としても二人の演奏は好きだし、巫女を目指すならもっと広く知ってもらえた方が良いと思うの。ほら、おばさん琥珀ちゃんが小さい頃から見てきてるじゃない? 親心というか、頑張ってほしいなって思っちゃうの」
「…………ぜひっ、ぜひお願いします!」
「はいっ、わたしからもお願いしますっ。ありがとうございますっ!」
願ってもない話ばかりで奏水はもう内心にやにやが止まらない。
こんなに上手くいくとは思っていなくて、でもだからこそ気は引き締めないと。
でも今晩くらいはゆっくり遊んでもいいよね?
「じゃあ女将さんっ、江戸前寿司一人前お願いします! ほうじ茶も追加で!」
「あっ、じゃあわたしも一人前でっ!」
「はーい、お二人様ご注文ありがとうね~!」
寿司っ、やはり寿司は最高!
江戸前寿司って庶民の食べ物だから屋台とかじゃないと食べられないのかなって思ったけど、この国は料亭でもお寿司が出る! お寿司っ、お寿司は最強!
という奏水の思考はさておき、早速運ばれてきた握りを二人して大きく口を開けて頬張ればもうほっぺたが落ちそう。琥珀の頬がリスみたいにふっくらしているのが可愛いと思った。
ご馳走と言えばお寿司、憧れの作曲家がSNSにお寿司の画像を上げているのを見て「ぐぬぬ……」と唸っていた奏水だが、今日はプロに負けず劣らずの大仕事からの寿司で完全に舞い上がっている。
「奏水さん、お寿司好きなんですね」
「好きです、最高に好きです、お寿司は神の食べ物です」
「……うーん、女神様もお寿司を食べてるんでしょうか」
くだらない、けど楽しい会話で夜が更ける。
その昂ぶりがある一点に達したところで、突然琥珀が改まった表情になり―
「あの、奏水さん。少しご相談が……」
「……? はい、なんでしょう」
「えっと、えっとですね……その、あの……」
やけに歯切れが悪い。なんかちょっと顔が赤い。
でも熱はなさそうだし……?
「あのですね、わたしたち、こうして一緒に暮らして、番になって、神楽もできるようになりましたよね」
「はい」
「それで、わたしたちの距離が縮まった記念にですね、その、えっと!」
ちょっと大きな声になった琥珀が思い切ったように口を開いて―
「奏水さんのこと、名前で呼ばせてもらえませんか……?」
「え、っと、それはつまり」
「その、敬称はなしで、呼び捨てで、その、そういうことです……」
琥珀にとってはきっと勇気がいる提案だったのだろう。
人付き合いをしてこなかった奏水にも、いや、奏水にだからこそそれがわかった。こんなに距離を縮めることは簡単じゃない。でも、今はもう大丈夫な気がして―
「では私も琥珀さんのことを呼び捨てで呼ばせてください」
「……は、はいっ、ぜひっ」
「じゃあ―」
少し戸惑いながらも、恥ずかしそうに、でも奏水の目をちゃんと見た琥珀。
それに視線を合わせた奏水が―
「じゃあ、琥珀。これからもよろしくね」
「はいっ、奏水っ!」
名前で呼び合って、少し間を置いて、二人で一緒に笑い出して―
「あははっ! 私たち、呼び捨てするのに一週間以上掛かっちゃった!」
「ですねっ、わたしたち二人ともまだまだです!」
「はあ、ほんとおかしくなっちゃうっ、でも嬉しいな、ねえ琥珀」
「ですねっ、奏水」
物理的にも、そして精神的にもさらに近付いた二人。
そんな二人の次なる目標は―
「じゃあ次は知名度を上げて、大洲宮でも神楽をしちゃおう!」
「はいっ、やってやりましょう!」
奏水と出会うまでは想像もつかなかった展開にちょっとだけ驚く琥珀。
でも一気に開けた道は迷いなく進める気がして、そんな自信があって、奏水がいれば百人力に思えて、なんだか笑えちゃって。
ぐびっと飲んだレモネードの味もなんだかすごく心地よかった。




