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初神楽、そして喝采

夕方十七時、奏水と琥珀は舞台セッティングに精を出していた。

リハーサルでは最低限の音響設備で済ませたが、いざお客様に聴かせて気に入ってもらうにはやはりそれなりに良い音で演奏しなくてはならない。そのためには準備が必要。


(まずはスピーカーの設定からかな。イヤモニなんて無いし転がしで対応するしかない。しかもそいつが客席を向いてる。今さら数時間で改造なんてのは無理)


リハーサルでは客席方面へ流れて行った音を追いかけるような弾き方・歌い方をせざるを得なかった。本来コンサートであれば演者側に向かってモニター用の音を出すのが定石。でもそれができない。

演奏音をイヤホンで聴くという手法(俗に言うイヤモニ)があればよかったのだが、そこまでの開発はできない。もっと時間が掛かる。


というわけで今回はスピーカーを少し自分たち側へ寄せることで出来るだけ演奏とオケがずれないように試みる。


(次に音量だけど……今のをベースにして少し弄ろうか)


今回は琥珀の声と奏水のシンセサイザーが何の増幅もされずにそのままの音で響く。

大広間といっても入る人数は三十人くらいだから、琥珀の声量なら十分、シンセ本体のボリュームを弄れば奏水も対応可。ではそれと合うようにスピーカーからのオケを調整せねば。


「琥珀さん、ちょっとオケ流すので歌ってもらえますか?」

「はい、わかりました」


奏水が客席側に、しかも広間の一番奥の座席に行ってそこから音を聴く。

琥珀の声は無理なくしっかり綺麗なまま響く。しかしそれに対して同期の琴が弱い。それを少しだけ大きくして、もう一回試して、今度は鼓の響きが悪かったので再調整、じゃあ今度は全体のバランスが…………この繰り返しで軽く三十分は使った。


(最後にPAもやんなきゃな……この広間に合う音響は……)


PA、パブリックアドレスは声や楽器の音を増幅・調整する仕事。

とはいえ奏水に音響関連の知識なんてほとんどなく―


(とりあえず和室だから完全デッドだよね。音の響きは最悪。反響しない)


こういう音が響かない環境だと各楽器が分離してバラバラに聴こえがち。

しかし今回は幸いにも楽器は四つだけ。歌とシンセと琴と鼓。

分離したといってもそこまで被害は広がらないだろうし、何よりこの国の聴衆にそこまでの肥えた耳を持つ者はいないだろう。


「琥珀さん、最後に私の方で音響を弄ります。ちょっと歌うのは止めてください」

「はい、待ってますね」


シンセサイザーに組み込んだマニピュレーション用の画面を弄る。いわゆるミキサーと呼ばれる画面の最終調整作業で同期のオケ音源を弄る。歌とシンセは生音なので何も触れないのがもどかしいが、せめて同期だけでも聴きやすいように試みる。


そこまでやってようやくセッティングが終わって―


「はあ、疲れたあ……ちょっと休憩したい……」

「ですね。控室はお借りできたのでそこに行きましょう。お茶も出してもらえるみたいですし」

「やった……水分は大事……」


大広間から出てすぐ隣の控室で座布団を見つけた途端にぼふんと倒れ込んだ奏水に―


「…………奏水さん、下着見えそうです」

「っ……!!」

「いや、まあわたしは奏水さんの全裸まで見てますんで今さら何もないですけど……」

「ううっ……」


着物の裾が大きくめくれ上がって危うく下着が見え隠れするところだった。

恥ずかしい。ついでに全裸も下着姿も全て見られた経験があるのを思い出してもっと恥ずかしい。でも「何もない」と言われちゃうのもそれはそれで魅力がないみたいで寂しく―


「琥珀さんは私の身体で興奮してくれないんですか……?」

「っ~~!!」

「なーんて、冗談です。じゃあ本番まであと一時間くらい、ゆっくりしましょう」


そんな不毛なやり取りで琥珀が顔を真っ赤にしたり、奏水までそれを見て赤くなったり、色々あったがリラックスできたことには変わりなく―


いよいよ初神楽の舞台がやって来た。






―――





その客は大洲宮で奉公をしている役人の一人だった。

色好みというわけではないが、若くて美しい少女はそれなりに好いていて、ついでに毎晩のように酒を飲むのと豪勢な飯を食うのも当たり前というそれなりに残念な大人である。


ゆえに歓楽街の最大規模を誇る桜花亭には頻繁に足を運んでいて、この国の中でも最大の酒の産地から運ばれてきた濃くて深く酔える酒をちびちびと嗜み、女将が時々サービスで持ってくる肴をあてにしながら気分よく酔っているところだった。


ただ彼女も今夜に関しては一点気にしているところがあり―


「なあ、あの変な置物はなんだ?」

「さあ? わたくしも特に聞いてはおりませんし女将が何か催そうとしているのでは?」

「へぇぇ、外来品か? なんか外から船で持ってくる物とかも大洲宮に集まるらしいからな」

「にしては珍妙な形ですわねえ……」


隣の女を適当に引っ掛けながら肴を口に放り込んではお猪口をぐびっと傾ける。

彼女自身それなりに目新しいものには興味があるので、明日出勤したら周りに訊いてみようかと考えていた。なにやら机のような形だが、机にしては面積が狭い立体物。上面は見えないが平坦ではない感じだった。


その立体物の隣には何か小さい箱型の物体。

前面が網目のようになっていてこちらを向いているのはまるで何かを吸い込むのか吐き出すのか、神力の増幅機構か何かかと勘繰る(さほど間違ってはいない)。


それを不思議にも見つめながら結局酒は進み、それなりに意識がぼーっとし始めたあたりで、その不思議な機構たちの前に二人の少女が進み出てきて―


「本日も桜花亭にお越しいただきありがとうございます。それでは本日は芸子の代わりといっては難でございますが、大洲宮から素敵な演奏をしてくださる子たちをお呼びしました」


へえ、可愛い子だな、という感想が最初に出てきたのは彼女の趣味だった。片方の髪の長い子はお淑やかで所作も美しく可憐。もう片方はなにやら変な髪型をしているが凛々しくしかし愛らしさも残っており中々の上玉である。これは終わった後に声を掛けてみるか。


そんな下心を抱いていた。

いや、抱けたのはその瞬間だけだった。


突如響き渡る琴の音色。

誰も琴など触っていない、そもそもこの場に琴など置かれていないのに音だけが流れる。広間がどよめく。ささめき声がそこら中から立つ。


そしてそこに加わる鼓のリズムがそのどよめきに呼応するように空間を占拠すれば、いよいよ皆が困惑した表情のまま上座に佇む二人の少女を見つめる。

酒に酔っていたはずの彼女もまたお猪口を握っていた手を空で静止させている。


その音色が十分に聴衆の耳を惹き付けたところで、次の衝撃にこの場にいる客全てが一様に驚きで口をぽかんと開けたまま動かなくなり―


柔らかく澄んだ、風鈴のような、水晶のような、なにかの宝物のような、美しい歌声が音に乗ってぶわっと広がっていく。それを支えるように透明感と暖かさを混ぜ込んだような鍵盤の音色が空気をあたためるようにゆっくりとじんわりと世界の色を塗り替えていく。


それらがすべて重なったことで、酒と食と歓談で雑然としていたこの大広間が瞬時に静謐な空間へと変わる。まるで神社の儀式を受けている最中の人々のように、女神からの言葉を聞き届ける民のように、まさしく神楽と呼ぶに相応しい神聖な世界が生まれる。


聞いたこともない音、どうしてか胸を打つ旋律、風流でいて美しく切ない言葉の数々、それを一つにまとめあげる二人の少女の演奏が音の世界を抱擁するよう。


たった数分、短い音楽の世界がこの俗世に染まり切った歓楽街の一角を支配していく。

そしてその中心で共に奏で合う二人の少女はとても優しい笑みを浮かべていて。


やがて声が途切れて、鍵盤の柔らかな音色がすっと消え去り、最後に残った琴の音色が静かな残響を残しながらこの世界の終わりを告げて―


沈黙。長く重い沈黙。


けれど、誰かがその両の手のひらをぱちんと合わせたことでその静寂は打ち破られ―


「わあぁぁああぁーーー!!!」

「うぉぉおお!? すげえ、すげえーー!!」

「きゃぁあ!! こんなの初めてよっ!!」


巻き起こる大喝采。立ち上がる客。鳴り止まぬ歓声。

大広間がその驚愕に満ちた声で包まれる。あまりにも大きな声。


そしてそれを受け止めた二人は―


(す、すごいっ……わたしたちの音楽で、こんなにたくさんの人が喜んでくれてる……!!)

(よし、巫女への第一歩。大成功だ!)


二人とも同じような笑顔を浮かべてその喝采をいつまでも浴び続けたのだった。

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