善は急げの急転直下
「…………ふぅっ」
深く息を吐いて、曲の終わりに少しだけ安堵する琥珀。
ほんの数時間で詞を仕上げた新曲『紅灯恋歌』の歌入り版を満を持して奏水に聴かせる初披露ということで緊張したが、何度も聴き込んで覚えた曲は琥珀の身体にすっと染み入ってなんの怖れもなく歌を乗せることができた。
小型のスピーカーから流れるオケに合わせて切なく物悲しく、そして切実な歌声で表現してみせた琥珀自身としては「初回にしてはまあまあ」という厳しめの自己評価を下してみたわけだが。
「……琥珀さん、あの、これ本当に数時間で書いたんですか……?」
「はい。筆が乗りましてすらすらと。もちろん手直しはいくらかしましたが……」
「えっと、歌うのはこれが4回目くらいっていうのも本当ですか……?」
「はい。聴き込んでしっかり覚えたので。メロディもわかりやすかったですし」
「…………」
急に黙りこくった奏水。
その様子にもしや何か機嫌を損ねてしまったのかと不安になる琥珀だったが―
「琥珀さんっ!!!」
「ひゃいぃっ!? あ、ちょっ、かなみさ」
「すごいっ! すごいです天才です!! 作詞2回目でこの仕上がり、しかも歌も上手い!! 本当に音楽未経験ですか? 前世でミュージシャンやってませんでしたか!?」
「みゅ、みゅーじしゃん? な、なんですか、それっ」
またしてもダイレクトアタック(抱擁)を喰らった琥珀は慌てふためき、抱きしめながら頭をくしゃくしゃに撫で回す奏水は完全に興奮状態に陥っていた。
無論、感激から来る大興奮である。
「最高ですっ、こんなすごい作詞家兼歌手とか今すぐメジャーデビューすべきです!! 私がレコード会社のPだったら即日契約してます!! やばいっ、すごいっ、強いっ!!」
「ふぇえ……もう奏水さんが何言ってるかわかんないれしゅっ……」
「要するに! 私は大満足ってことです!!」
そうやって抱きしめられてあたふたすること数十秒、ようやく解放された琥珀と正気を取り戻した奏水は畳の床に座り込んで向かい合っていた。
なんなら奏水はちょっと息が切れている。興奮しすぎである。
「はあ、はあ……失礼しましたぁ……」
「い、いえ。奏水さんのお気に召したのなら何より、です」
「そりゃもう召しまくりました……」
いよいよ日本語もおかしくなった奏水だが、それもそのはず、脳内では既に次のアクションが決定されていて―
「というわけで琥珀さん、いよいよ私たちの第一歩です」
「へ……?」
「巫女への道、その第一歩を派手にやらかします。私たちの音楽と存在を大洲宮の輩に知らしめてやります。やることは簡単です。有名になればいいんですよ有名に」
「はい……?」
まだ頭上に疑問符を浮かべている琥珀。
その疑問を解くように奏水の説明が始まる。
これまで落第生として蔑まれていた琥珀と、身元不明の謎の少女である奏水。
そんな二人がいきなり未知の音楽で人々の心を掴んで虜にしてやれば、その話題は自然と大洲宮の内部にまで広がっていき、こちらへ向けられる視線は軽蔑から好奇に変わる。
そしてそれが進めば大洲宮の中でも自分たちの音楽という特上の神楽を披露するチャンスも掴める。そこで全員黙らせてやれば……巫女への道は一気に開ける。
そのための最初の一歩は大洲宮の外で人気を得ること。
幸い大洲宮のすぐ近くは市場と歓楽街が広がっていて数多の人間が訪れる最高の立地だ。そこで自分たちの音楽を披露する。できればその話題がすぐに広がるような場所と相手が良い。
「というわけで琥珀さん、今晩は歓楽街へ繰り出しますよ」
「……っ! そ、そんないきなりっ……!」
「鉄は熱いうちに打て、善は急げ、なれば急転直下もやむなし。さあ、まだ夜まで時間がありますから初神楽の準備です! やりますよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、心の準備がぁ……」
「巫女になるならそんな準備をする余裕なんて与えられませんよ。覚悟を決めてください……ああ、それと」
「…………それと?」
自室の機材をいそいそと弄り始めた奏水が一瞬振り向いて、琥珀にちょっとだけ縋るような目線を向けて―
「琥珀さん、歓楽街の良い店とか知ってます? できればお客さんが多くて、有名で、芸子さんが常駐してお客さんの前で芸を披露するようなところがいいですね」
「は、はあ」
「そこで人気が出れば歓楽街の繋がりで他の店まで一気に伝播します。あの手の店に来る客なんて噂話が大好きでしょうからね。絶好の環境です」
「……そ、そうですね。でもそんなに都合よく、あるわけ、な………」
あるわけ、ない……?
いや、今ならある。この前芸子さんがお休みになって困っていると言っていた桜花亭の女将さんを思い出す。あそこなら、知り合いだし、受け入れてくれるかも……
「あ、あります。一個だけ、わたしの知り合いの人がいる店です」
「おっ、それは最高ですね。顔が利くとなれば文句なしです。今晩そこに突撃して演奏許可を取り付けます。琥珀さん、いけますか?」
「え、えっと、確か芸子さんがお休みになって人が足りないって嘆いてたんで、たぶんこういう芸者みたいな人って欲しいと思います。たぶん」
「わかりました。じゃあ早めに行って知り合いの人に一度演奏を聴かせれば私たちのすごさは理解してもらえますね。そうすれば演奏許可なんて余裕です」
そこまで決まったら動くだけだ。
琥珀は持ち歌二曲を再度練習してしっかり身体に覚え込ませる。奏水はシンセの演奏箇所を決めて、裏で流す同期音源を手早く制作、シンセにそのデータを記憶させて小型スピーカーと接続。
こうすれば琥珀は持ち物なし、奏水は神力圧縮で小型化したシンセとスピーカーを抱えていくだけなので手軽に出張演奏ができる。その準備が出来たのが十五時頃で、そこから大洲宮を出れば夕暮れまでにはお店に着くので問題なし。
二人揃って家を出て、大洲宮深部から出口へと向かっててきぱきと徒歩移動。
相変わらずこの二人を変な目で見てくる巫女候補は多いが、二人で一緒にいればそれも気にならなかった。琥珀に至っては途中のお店で高価なお菓子などを買ってお土産にするという余裕っぷり。
聳え立つ鉄扉の横で守衛所を通過すれば、一気に空と街が広がってなんだか気分も清々しい。そういえば二人揃って外へ出るのはこれが初めてかもしれない。
「奏水さんと一緒に街へ出るのはなんだか不思議です」
「ですよね。私は永里先生に付き添ってもらってたので、琥珀さんと二人きりってなんかドキドキするし、楽しいというか、気分が上がるというか」
「あっ、わたしもです。どうしてでしょうね、奏水さんはやっぱり不思議な力でもあるんでしょうか」
そんな雑談を続けながら大橋を渡って、街の入口から西の通りを進んでいく道のりは十分ほど。まだ陽が高いので灯りなどはついていないが、豪勢さを感じさせる建築の数々はまさしく歓楽街に入っているのだなあと実感させられる。
「琥珀さんは歓楽街って来るんですか?」
「昔、両親の付き合いで行ったことはそれなりにありますね。まあ子供なので同じような境遇の子供同士で遊んだりしただけですけど……」
「ですよねえ。まさかそういう大人の遊びをしてるところとか見せられないでしょうし」
「むしろ子供を連れてくること自体おかしいんですよ。ほんと変な両親でした。まあそのお陰で今日行く桜花亭の女将さんとも知り合えたんですけどね」
詳しく話を聞くと女将さんは厨房と客間をまとめて取り仕切る店長のような立場で、両方面倒を見ながら配膳とか調理補助とかもする凄い人らしい。ただこの時間はちょうど休憩中のようで、訪問して演奏を一度聴いてもらうにはちょうど良いタイミングだ。
そうして歩くこと予定通り十分少し。
通りの中でもひときわ高くて横幅も広い、小型のお城みたいなお店が現れた。
「ここが桜花亭です。じゃあわたしが先に行くので付いてきて下さい」
「了解です」
そう言って開店前の店内をさっさと進み、従業員用の入り口で立ち止まった琥珀はなにやら店員さんと小声で話し、お土産のお菓子を渡したところで話はうまくいったようで―
数分後、女将さんが現れたので奏水も慌てて近寄って頭を下げたのだった。
「あら、琥珀ちゃんじゃない。もしかしておばさんに会いに来てくれたのかしら?」
「えへへ、半分そうです」
「そうなの、じゃああと半分は……って、お連れの方がいるのね」
「そうです。大洲宮でわたしの番をやっている一条奏水さんといいます」
話を振られてびくっと震えながらもちゃんと頭を下げて自己紹介する奏水。
「は、はじめまして! 一条奏水と申します。琥珀さんにはいつもお世話になっております。どうぞよろしくお願いいたします!」
「はい、奏水さんね。こちらこそどうぞよろしく、女将さんって呼んでくれるといいわ」
「お、女将さんっ、はい!」
長身ですらっとした細身だがカリスマ性が溢れているというか、凄腕感があるというか、凛々しい表情の中に優しさと厳しさを織り交ぜたような雰囲気に奏水もちょっと気圧される。
でもこちらの味方になってくれるような気はして。
「それで女将さん、わたしからご相談があるんです」
「ええ、なにかしら?」
「今芸子さんが足りないんですよね? ……その、もしよければ、わたしたちに客間で演奏させてもらえませんか?」
その言葉に驚いて目を見開いた女将さんに、琥珀はしっかりと説明する。
巫女を目指すにあたって音楽による神楽を究めている最中であること。二人の演奏の力試しとしてここで演奏してお客さんの反応をもらいたいこと。出演料はいらないこと。
その条件にひとまず頷いた女将さんだが、聴いたこともない演奏家を大事なお客様の前に出すわけにはいかない。当然の考えだ。……というわけで狙い通り実演という名のリハーサルの機会を手に入れた二人は、今晩客が入る予定の大広間の上座端で機材を広げ、実際に演奏してみることに。
今回演奏するのは最初に作ったほうの曲。
いろは唄をベースにしたことから『いろはさくら』と命名したのは琥珀だ。
リハーサルなのであまり音響などは深く考えずにとりあえず演奏することに集中。セッティングに使う時間はそんなにない。女将さん、そして同席してくれる店員さんの時間は有限だ。
上手にはシンセサイザーを配置して正面を向いた奏水。
下手には一人きりで、でもしっかりと前を向いて立つ琥珀。
そんな二人の間には客席の方へ向けた小型スピーカー。
即席もいいところな舞台装置だが、女将さんを納得させるならこれで十分。
一度二人で見つめ合って頷き合って、それを合図に奏水が同期のオケを流し始めればぽろんぽろんと柔らかな琴の音色が広間に響き出す。鼓のリズムが入って、いよいよ二人同時に演奏が始まり―
奏水のアコースティックピアノによる優しいコードの下支え、そこに琥珀の澄んだ歌声が乗る。
それが琴の聴き馴染みのある音色に絡まり、慣れ親しんだ安心感と未知の音色という好奇が重なり合えば、聴く者の興味関心を引き寄せることなど容易だった。




