お休みという名の訓練
今日は二人とも音楽制作はお休み。
琥珀はトレーニングだけやって、奏水は腕が鈍らないように鍵盤練習だけして、朝のうちにそれらを済ませた二人は大洲宮 中央宮殿の第三層にある訓練室へやって来ていた。
今日は比較的動きやすい軽装の和装に身を包んだ琥珀に、それと合わせて色違いの着物を纏った奏水がそろーっと後ろをついてきた。他に誰もいない、周囲の壁になにやら生々しい傷跡が残っている空間で二人は向き合っていた。
「では奏水さん。今日は神力を使った神術の訓練です」
「はい、先生お願いします!」
「よろしい。では初めに神術の何たるかを伝授します」
そう、巫女を目指すには神楽だけではなく神術も必要。
神楽は音楽で全ライバルをぶっちぎる予定だが、神術による模擬戦も勝ち抜かねば神楽を披露する権利すら与えられない。ゆえにとても重要であり、琥珀が教師となって奏水を指導するわけだ。
奏水の神力の保有量と質の高さは既に証明されており、なれば後はそれをいかに実戦レベルへ持っていくかが課題。本番は模擬戦だから対人も想定して実践慣れもしておくべきだ。
「神術とは神力を自らの想像によって形あるものとして世界に顕現させる行為です。想像が強く、はっきりとしているほどその精度と強度は増します」
琥珀の手のひらから淡い緑色のオーラが湧き立つ。
そのオーラは大きな葉っぱを象ってこの広い部屋一帯を覆うほどに大きな傘のように拡大していった。その様子に目を凝らせば、葉脈のように神力が隅々まで行き渡っていることがわかる。
「そして顕現した神術でこの世界に干渉することこそ神術の至高にして単純な力です。物理法則を超え、世界の理を破り、己の望む現象をこの世界に引き起こします」
大きな葉っぱがぱーんっ!と弾けて、緑色の粒になって部屋中に舞い散り、それに触れると優しい神力が体内へと吸い込まれていく。琥珀の才を活かした神力の凝縮と拡散という大技だ。
思わず震える。自分の知らない魔法のような現象が目の前で引き起こされる。
「す、すごいです……こんな魔法みたいなこと……」
「わたしからすれば奏水さんのでぃーてぃーえむ?ってやつの方がよっぽど魔法ですけどね。あれは世間様に見せたら魔女狩りとやらに遭いますよ。それくらい恐ろしいものです」
「そ、そうですか。でもっ、琥珀さんの神術はもっとすごいです!」
「んっ……そんなに褒められると照れますね……」
ちょっとだけ頬を染めた琥珀。
しかし少し間を置けばすぐに指導者の顔に戻る。
奏水の神力は雷属性に最も適性があり、これがずば抜けているので優先して伸ばしたいところ。
他にも二番手で水属性が優れている。これは琥珀の得意とする草属性の神力と相性が良く、天敵である炎属性の神術から守ってくれるまさしく天の恵みだ。
「ではまず神力を形にする練習から始めます。最初に頭の中で自分の思う神術の形を描きます。奏水さんの考える雷の想像を強く持ってください」
「雷……じゃあ、雷の矢で的を打ち抜くみたいな……」
「いいですね。ちょうどあそこに的がありますし」
鋭く、真っ直ぐ飛んでいく雷の一撃。
弓矢のようにぎゅっと引き絞り、細いけど確かな力を纏った矢をイメージする。そう、これで悪者をぐさりと貫くヒーローのような。強くて、眩くて、それでいて無慈悲な一本。
それを描いて、広げた手のひらに顕現させて、徐々に集まってくる神力に確かな手応えを覚えて。
(もうすぐ出来上がるっ……! 雷の矢、真っ直ぐ飛ばして!)
その感触が完成を伝えてきた瞬間、思いっ切りそれを的へ向けて射出し―
(いけぇっ!!)
ズシュッと音もなく射出された矢はビリビリと鋭い電光を纏って空気中をブレることなく真っ直ぐに飛び続け、数メートル先の的を正確に捉え―
(あ……当たったっ!)
見事に的を打ち抜いた。
ど真ん中というわけではないが、確実に的に穴を空けるくらいの勢いと精度で飛ばせている。これはまさに絵本の中で見た、そしてファンタジー映画の中で見た魔法使いのようだ!
そんな感じで大喜びしている横で、琥珀はぽかんと口を開けて静止しており―
「…………奏水さん」
「は、はい。なんでしょう? やっぱり初心者感出てますよね?」
「…………すごいです」
「へ?」
琥珀が完全に動きを止めて、人形になってしまったのかと不安になったところで突然動き出した琥珀が奏水の両手をぎゅっと握り―
「奏水さんっ、天才です! これで初めて神術を使ったというのですか!? 恐ろしすぎますっ、これはもはや神術と十年以上付き合ってきた人の技です! 一体何者なのです!? 女神様に愛されたというのはまさか冗談ではなく本気で言っていたのですか!?」
「え、いや冗談ですけど」
「冗談!? にしては性質が悪いです! この世界に迷い込んで数日でこの精度の神術を!? 実戦級で相手の神術を貫けるくらいの完成度を!? ああ、わたしはもしや幻覚を見ているのかも……」
「いや、幻覚じゃないです。手握ってるじゃないですか、正気を取り戻してください先生」
「ひぃっ……わたしの十数年の努力をたった数日で追い抜きそうな弟子……怖いですぅ……助けてぇっ……殺さないでぇっ……」
「殺しませんから!! あと琥珀さんがいなくなったら私も死んじゃいますから!!」
そうやって怯え始めた教師を宥めること数分、そこから現状把握と称して様々な神術の使用法を順番に実践していく行程で三十分、さらに簡易的な神力の効率化トレーニングで二十分、最後にもう一度的やガラクタの障害物を使った実践で十分。
この一時間でわかったことは以下の通り。
まず奏水の神術の行使と精度はいずれも一流であり、この国の巫女候補にも全く引けを取らない質であること。むしろその中でもトップクラスに位置すること。
続いて奏水の神術行使はおおむね本人の想像通りにできていること。頭の中で描いた展開図と大差のない現象を引き起こしており、暴発や失敗のリスクはそこまで大きくはないこと。
更に奏水の適性である雷属性はかなり応用が利くこと。単純に人間の脅威として雷という危険な自然現象を起こすだけではなく、元の世界で言うところの他種のエネルギーにも転用ができること。
例えばDIYで造ったパソコンの原動力は雷属性を無意識のうちに変換して流し込んだ電気だし、その電気は熱エネルギーに変換して何かを加熱することもできる。電気は光エネルギーにもなるので照明として何かを照らすことも可能。運動エネルギーにも変換できるが……あいにく電動の機械はこの国にはなかったので諦める。
「はー、奏水さんは物知りですね。雷の神力っていろんなものに変われるんですね」
「いやまあこれは元の世界なら誰でも知ってるというか……」
「しかしこの国では知られていない概念です。これを上手く使えば多くの巫女候補を出し抜けるでしょう。それに、そもそもの神術の精度が非常に高いですし」
「それは予想外でしたけど良かったです。琥珀さんの足を引っ張るのは嫌だったので……」
「いや、むしろ奏水さんにわたしが引っ張られそうです……」
琥珀をちょっと委縮させてしまったところに罪悪感を覚えるが、自分に十分な力が備わっていると確認できたことは大きな収穫だ。これで巫女への道は十分見えてくる。最初に思い描いて少しずつ作っていたゴールへの地図はもうずいぶん細かく書き込まれていた。
さて、では今日はこの神術を更に高めるとしよう。
「では奏水さん、今日はまだ一時間この部屋を使えます。思いっ切りやっちゃってください!」
「はい! 琥珀さんにいいところ見せちゃいます!」
気合が入った琥珀先生による基礎指導はその後残りの一時間丸々を使って続いた。
より効率的なイメージの仕方、自分の中のイメージの固定化と呼び出し、それをスムーズに顕現させる身体の使い方、顕現させた後の神術の維持と更なる強化、その行使のコツ。
十数年間鍛えてきた実践知識とノウハウを惜しげもなく奏水に叩き込む。
奏水の吸収は非常に早く、基礎知識だけなら今日だけで全て飲み込めてしまうほどのスピードで成長していくのは見ていて楽しいというか痛快というか面白いというか。
たぶん奏水がこれまでやってきた音楽と通ずる部分があって、自分の中で描いた完成図通りに音楽を作り上げて出力するという行為が神術の行使に似ているのだと分析した。
論理的に、しかし叙情的に夢想的に。
神術を行使するための土台が奏水の中には既に高い精度で存在していたのだ。そう結論付けるとこの成長にも納得がいったし、どのように教えればもっと成長するかも予想できた。
ほんの少し前まで落第生と呼ばれていた少女が、今や立派に教師として番の少女を教え導いている風景をこの大洲宮の誰も想像などしていなかったことは言うまでもない。




