はじめてのセッション
共同生活四日目、奏水と琥珀の関係はぐっと進んでいた。
琥珀の歌に惚れ込んだ奏水がダイレクトアタック(抱擁)を仕掛けたことで物理的にも距離が縮まり、その姿と惚れ込みっぷりに元気が出た琥珀もエネルギー満点だった。
そういうわけで琥珀は朝からボイトレに励み、奏水はなにやら自室に籠って秘密の作業をしていた。そういえば昨日の夕方になにか大きい荷物が運び込まれてきてたけど、また何か企んでるのかな?と気になってしまう琥珀。また奏水のことだからヘンテコな物づくりでもするのかも。
そういうわけで作業の間に食料を調達すべく街へ出ていった琥珀だが、相変わらずの陰口にも今は動じず―
(またなにか言われてる。でも奏水さんが褒めてくれたからどうでもいいや! 早くご飯買って帰って練習の続きしないとっ!)
奏水のダイレクトアタックの効果は中々高かったらしく、琥珀のメンタルが少し上向きになったことには奏水もまだ気付いていない。
そして大洲宮を出て街へ繰り出せばお魚や野菜、お米だって何でも揃う大通りで色々買い漁る。
お金は巫女候補として十分もらっているので食生活にはなんら困っておらず、贅沢さえしなければ貯金だって十分できる。こまめにお店へ顔を出している琥珀は店主さんとも仲が良く、時々おまけしてもらったり特別割引で買わせてもらったりしている。
そうして今日も買い物の成果は上々。
街の話や農村部がどんな感じかも聞き取って勉強するから一石二鳥。もし将来巫女になれるのなら国の事情はたくさん知っておくに越したことはない。これも大事なお仕事だ。
その途中で寄り道して、飲食店の人にも話を聞いたりしていたらいつの間にか歓楽街の方まで来ていて―
「あら、琥珀ちゃんじゃない」
「わっ、桜花亭の女将さん、お久しぶりですっ!」
「あらあら、すっかり買い物上手になっちゃって。手提げがいっぱいじゃないの」
「そうなんです、たくさんおまけしてもらって」
大洲宮から出て大橋を渡った先の中心街、特にその中でも西側は歓楽街になっていて、夜になると遊びに来た商人や役人なんかが飲み食いで豪遊しているらしい。お金持ちの趣味だ。
そんな歓楽街の中でも特に老舗で規模も大きいのがこの桜花亭。琥珀が話をしているこの人が女将さんで、親が知り合いだった経緯でご飯に来て、同席させてもらったことがある。
普段見ない豪勢な食事と芸子さんの舞踊にどきどきしながら過ごしたものだ。
「お店は忙しいですか? やっぱりお客さんいっぱいですよね」
「そうなの。おかげさまで毎晩繁盛よ、琥珀ちゃんも出世したら来てほしいわねえ」
「えっと、頑張りますっ」
「その意気ね。……あぁ、ただ最近困ってることがあるのよ」
ちょっとだけ眉をしかめて、ため息をついて。
「うちの芸子さん、体調を崩してお休みに入っちゃってね? 出てくれる人が少ないなから困ってるの、時々空きになる日も出てきちゃって。もし琥珀ちゃんが良い人を知ってたら紹介してもらえると嬉しいわね。どうかしら、大洲宮は?」
「うーん、やっぱりみんな忙しそうなので夜に呼ぶのは難しそうです」
「そうよね。……あぁ、変な話聞かせちゃってごめんなさいね」
なるほど。大きいお店にはそんな苦労があるのか。
またひとつ勉強になった琥珀だった。ただ、そこで一瞬奏水のことがちらついて―
(二人で演奏できたら……お店、お手伝いになるかも……)
でも簡単に楽器なんて用意できないし。
難しいよねと自分の中で片付けて帰路を急ぐ。奏水がお昼ご飯を待っているのだ。
だから、まさかその楽器を用意した奏水が待ち構えているなんて思わなくて―
「へ……? なに、これ?」
「おかえりなさい、琥珀さん。どうですかっ、この子っ!」
「……ピアノみたい……でもなんだか違います」
ピアノのような鍵盤が付いている。
でもピアノほど大きくなくて、すらっとした脚で鍵盤の部分だけが目立っている不思議な形。
「えへん。これはシンセサイザーと言います!」
「しんせさいざー?」
「外国の言葉で音を統合するという意味の楽器です。ピアノに似てますけど……それっ!」
ぴろろん!と電子音が鳴り響けば琥珀がひゃぁっ!と飛び上がる。
初めて聴く未知の音。ここじゃない世界の音。
「次はこうです」
「あ、お琴の音だ……」
今度は今まで弾いてきた琴そっくりの音。
「続いてはこんな感じで」
「……な、なんか優雅です。弦を擦っているみたいな音……?」
「おっ、琥珀さんは耳が肥えてますね。そうです、これはバイオリンの音です。未来の世界で広く使われている弦楽器なんですよ。優雅ですね、しかし鋭くもあります」
「わっ、なんか緊迫感がっ!」
「スピード感を出して弾くとこんなにスリリング!」
多種多様な音で琥珀を弄んでみた奏水。
でも琥珀の方は怖さよりも興味の方が勝って―
「すごいですね、これ。どんな音でも鳴らせちゃうんですか?」
「そうです。事前に仕込んでおけば自由自在です。これで私も神楽奉納できます!」
「あ……そうでした。奏水さんも一緒に舞台に立たないと」
「ええ、二人で一つの神楽ですからね」
そうだ。二人で巫女を目指すならこうするのが一番。
奏水が弾いて、琥珀が歌う。
だから、奏水は早速提案した。
「じゃあ琥珀さん、今から一緒に演奏しましょう!」
「…………へ?」
「私がシンセサイザーを弾くので琥珀さんは合わせて歌ってください。初めてのセッションです!」
「せっしょん……? え、っと、とりあえず前みたいに歌えばいいんですね……?」
「はい! じゃあ私の部屋でどうぞ。準備済みです!」
シンセサイザーを神力による収縮術で小型に変形させた奏水はそのまま自室へ戻り、再び顕現させたシンセをパソコンの側に置いてなにやらPCの画面をぽちぽちと弄る。
そして机の上に置いたなにか小さな箱型のものをセットして―
「琥珀さん、この小さな箱はスピーカーと言います。ここから私の作った曲が流れてきます」
「はいっ……す、すぴーかー、ですね」
「でも流れるのは鼓と琴だけです。それに合わせて私が鍵盤を弾きますから、琥珀さんも前みたいに歌ってください」
「わかりました。前のへっどほんを使った時みたいに、ですね?」
「そうです!」
奏水がパソコンを操作するとスピーカーから前奏が流れ出す。
琴の柔らかい音色、そこに鼓のゆるやかなリズムが加わり、そこに全く同じタイミングで奏水の鍵盤と琥珀の歌がすっと入り―
四つの音が美しく絡み合う。
時にそれぞれを包み合いながら、時にひとつの音が強く立ちながら、時にすべてが静謐に凪を迎えながら、けれど最後には一つになっていく。
そのさなかに置かれた二人は―
(た、楽しいっ! セッションってこんなに楽しいんだ、すごいやばいっ、これ病みつきになりそう……! 誰かと一緒に演奏すると息が合ってる感じとかリアルタイムで心が動く感じとか!)
(すごいです……! 奏水さんの音、すごく優しくてわたしを導いてくれて、お琴も鼓も支えてくれて、でも緊張感もあってどきどきしてっ、一人で歌ってるより楽しいっ……!)
夢中になった。揃いも揃って我を忘れそうなほど熱中した。
一回やって、それだけじゃ物足りなくて、今度は二人で向かい合って互いを見つめ合いながら演奏した。奏水がにこっと微笑んだら琥珀も笑って、琥珀が切なく歌えば奏水の鍵盤も悲しみの旋律を奏でる。自然と力が籠るけど、演奏は綺麗で優しくて幸せで、楽しくて嬉しくて、肩の力は抜けてすっと声が出てくる。鍵盤を叩く指が喜ぶ。もっと演奏したいとねだってくる。
三回目、今度は奏水が琴パートを弾いてみた。
少しだけ、でも確かにわかる人間の手によるズレが琥珀にも伝わった。だからそれに合わせた。奏水の音に乗っかるのが楽しかった。
四回目、次は琥珀が歌にアレンジを加えた。
ちょっとだけこぶしを利かせたところで、呼応するように奏水の鍵盤が力強い旋律を奏でた。嬉しかった。自分の声に乗っかってきてくれる奏水の演奏が楽しい。
五回目、最後は奏水も一緒に歌った。
琥珀の主旋律を支えるようにそっと支える深みのある優しい声色がすっと染みわたる。琥珀の歌声の透き通るきらめきが増幅された。歌っていてすごく気持ちよかった。
そこでセッションは途切れた。
でも視線を合わせて頷き合った二人は同じ気持ちを抱いていた。
楽しい。この子と一緒に演奏することが楽しい。
その感情はこの先ずっと揺るがないものになった。




