作詞少女と初めての歌
「奏水さんっ! あのっ、とりあえず書いてみましたっ……」
「はい、じゃあ拝見しますね」
琥珀が作詞を丸投げされてから四時間。
必死に居間の机で考えて筆で書いて塗り潰してを繰り返していた琥珀がようやく顔を上げたので、たまたま水を飲みに来ていた奏水がすぐに受け取ったわけだ。
琥珀に与えたのはDTMファイルから簡易的に楽譜を起こし、それを神力で模写して紙に転写したもの。
そもそも楽譜を起こすところから荒業だったが、そこはもう神力の為せる技である。やはり世界を創造した力の一端であればソフトウェア開発も余裕なのだ。すごいぞ女神様。ありがとう女神様。
そしてデモ音源は何度も聴かせて無理やり覚えさせ、居間へ放り出して作詞させるという傍若無人っぷりを発揮した奏水だった。やはり音楽馬鹿というか音楽カスである。
そうして出来上がった歌詞は存外よいもので―
(うん、いろは唄をベースにした内容でこの国の人にも馴染みやすく仕上がってる。その中でも花が散る様子に焦点を当てて、一度散ってもまた次の春に咲くまでの移り変わりを丁寧にまとめてるね。この曲はサビを三回繰り返すだけのシンプルな構成だから散る→枯れる→咲くの三段構成がばっちりはまってる。上手いっ、これはセンスがあるね!)
(あっ、なんか奏水さんがにやにやしてる……うまく書けてたのかな?)
(しかし歌心的にはどうだろう。文字数のハマりは上々、無理な発音もない。……でも母音の当て方はちょっと悩ましいね。音が高くなるところに「い」「う」の音が来るのはちょっと響きが悪いというか歌いづらいというか。メロは生きてるけど優雅さがちょっと足りないな。濁音が多いのは汚い感じがして減点っと)
(うっ……次は厳しい目になってる、やっぱりだめだったかな……)
(まあスローナンバーだし大きく変える必要はないか。細かい母音と濁音の調整、あとは本人が歌ってみての感想次第だな)
「はい、琥珀さん。では先生からの添削です」
「はいっ……お願いしますっ」
頭の中で考えていた内容を的確に言葉にして伝える。
琥珀にとってわからないこと・悩ましいことがあればその場で受け答えて教える。その中でもすぐに修正案を出したり、言葉の引き出しをすぐに開けてこれるのは勉学と教養の賜物だった。
そうして最後には「これで修正したら自分で歌ってみてください」と伝える。
これは音楽の詞であって文章の詩ではない。音楽に寄り添わねばどんなに美しくても優雅でも意味はない。なれば実際に歌ってこそ。これが何年も音楽制作に打ち込んできた奏水の意見である。
そしてそれをすぐに吸収してフィードバックできる琥珀の優秀さには奏水も舌を巻き、自分からアイデアを投げてよりよくするための提案をしてくるところなんて作家の理想そのものだ。
もし元の世界でこんな子が相棒だったらメジャーデビューとかできちゃったかも……と思ったり。
そんなこんなで一時間足らずのうちに修正版を仕上げた琥珀は、さっそく奏水の部屋でデモ音源と一緒に歌ってみることにした。ヘッドホンを付けて、ちょっと緊張して手が震える。
「学院の授業でわらべ歌を歌ったりはしましたが……わたし、ひとりで歌うなんて初めてです」
「じゃあわたしが大人気歌手・水蓮寺琥珀さんの第一号観客になるってことですね」
「うぅ……恥ずかしいっ……」
そう言われると余計緊張する。
でも、綺麗な琴の音色に身を委ねて、鼓のリズムが入ってくるのに合わせてすっと息を吸って―
喉の奥が、脊髄が、お腹の底がぶるっと震えて声が飛び出す。
空気を振動させて、琥珀の震えが音になって小さな部屋に響く。
(これっ……楽しいっ……!)
その声を支える優しいアコースティックピアノの音色がまるで羽みたいに背中に寄り添ってくれて、琴の音色がお稽古の時の優雅で安らかな気持ちを呼び起こしてくれて、鼓の規則正しい音も琥珀の歌を導くようにゆるやかにリズムを刻んで身体の奥底まですっと染み入ってくる。
そこに自分の声が混じって、ひとつの音楽になって、もやもやした気持ちも悲しい心もすーっと飛んでいっちゃうみたいで、すごく楽しくて。
そしてそれを横で見守る奏水もまた背中をぞわっと粟立たせて―
(すごい、綺麗な声っ……水晶みたいに透き通ってて、ソプラノですごくきらきらしてるのに優しくてあたたかくて……琥珀さんの声、好きっ……!)
ヘッドホン越しでもしっかりと響く芯のある声、それなのに透明できらきらで綺麗で空の上みたいで星よりも光を湛えている魅力的な声。奏水は一瞬で虜になってしまった。
(こんなすごい歌声で私の曲を歌ってくれるんなら……私、何十曲でも何百曲でも書けるっ……! この子以外に考えられないっ、私の相棒っ、この子しかいないっ!)
曲が終わる。琥珀の歌声も途切れる。
そして、自信なさげにおそるおそる奏水の方を振り向いた琥珀がそっと口を開いた瞬間―
「あの、かな……みぃっ!?」
「琥珀さんっ、すごいっ、すごいよぉっ!! こんなすごい歌声の人初めて会ったっ、私の曲、こんなに素敵に歌ってくれてありがとうっ! 好きっ、琥珀さんの歌、好きですっ!!」
「ひゃぁぁっ……!? か、かなみ、しゃんっ……」
奏水が琥珀にぎゅっと抱き着いた。
勢いよく抱き着いた。それはもう胸に顔を埋めそうになるくらい。
そのまま感情のままに言葉が出る。素直な言葉が口をついて出る。
こんなすごい子と巡り会えた。もう運命としか思えない。私の曲を歌ってくれるこの子を絶対に離したくない。心の声が勝手に本当の声になって琥珀にまっすぐ伝わる。
その度に琥珀は顔を真っ赤にして受け止めて、でも嬉しそうにはにかんでいて。
「琥珀さんっ、これで絶対勝てますっ! 琥珀さんの歌と私の曲で、大洲宮の有象無象全部蹴散らしちゃいましょうっ! 絶対巫女になりますっ、琥珀さんがすごい人だって国中に知らしめてやりますっ! 絶対っ、絶対ですっ!!」
「か、奏水さんっ……」
「私、覚悟決めましたっ、琥珀さんと一緒に巫女になりますっ、これはもう絶対譲りませんっ、琥珀さんの歌声はわたしのものですっ、琥珀さんっ!!」
嬉しい。顔が熱くなる。
こんなに自分を求めてくれる人はいなかった。親も、友達も、先生も、わたしを見て、真剣に求めてくれる人なんていなかった。でも、今こうして必要としてくれる人に出会えた。
誰かに求められるって、こんなに嬉しいんだ。
むずむずする。背中も首の後ろもむずむずする。なんて言えばいいんだろう。うまく言えない、でも嬉しいってことは確かで。目の前の少女がすごく愛おしく思えて―
「はいっ! わたしっ、奏水さんと一緒にっ、ぜったい巫女になりますっ!」
こんなにお腹の底から嬉しい声を出したのはいつぶりだろう。
そんなことを思いながら琥珀は奏水を抱き返したのだった。




