楽曲制作スタート
琥珀と奏水が番になってから三日目。
ここまでの二日間に超特急で諸々の準備を進めた奏水は、相変わらず自室でボイトレに励んでいる琥珀を昼食のついでに部屋へ呼び出して―
「うわぁ……なんかすごい機械があります……!」
「えへん。これが私の制作環境です!」
遂に完成した制作部屋をお披露目というわけだ。
といっても必要最小限のものしかないのは環境ゆえ仕方ない。急いでいる時に贅沢なんて言えないし、そもそもここが集合住宅地の様相を呈しているのであまり大きい音は出せない。
ゆえに奏水の制作環境は机と椅子、デスクトップPCには元の世界で使っていたDTMに限りなく近いソフトを入れている。これはPCの生命線として埋め込んだCPU代わりのスマホから移したものだ。
そこにワイヤレスマウスとコンセントに発電機。そしてこちらも神力を使った無線のモニターヘッドホン。異世界転生してすぐの身としては破格の装備である。
見たこともないモニターのきらきらと不思議な形のキーボードに興味津々の琥珀。
もちろん表示されている画面はDTMの打ち込み画面なので変な棒みたいな横線とずらりと並んだ英語ばかりなので読み取れるわけはないのだが、その点滅したり動いたり形が変わったりする様子を見るだけでも面白いらしく、子犬みたいに飛びついて画面をさわさわ撫でたりしている。その姿を可愛いと思う奏水だった。
「奏水さんっ、これ、わたしも触っていいですかっ?」
「いいですよ。キーボードだけ押してもあんまり画面は変わりませんけど……」
「はいっ……おぉっ、すごいっ! なにかが打ち込まれていく感じですっ、楽しいっ、これすごいですっ!」
打ち込まれていくという表現を初っ端から使うあたりに機械適性がありそうだなと思ったのは内緒で、とりあえずマウスを触らせてドラッグの仕方を教えてみたりする。
ただ今回の目的はそれではなくて―
「で、本題なのですが」
「……はっ! すいません、夢中になってしまいましたっ」
「いえ、大丈夫です。今日は早速琥珀さんに聴いてほしいものがあります。とりあえずこれを被ってください」
「は、はいっ……えっと、頭に付けてっ、この丸いのを耳に当てて―」
「そうですそうです。すぐ慣れましたね、ヘッドホン」
琥珀用に色違いのお揃いで用意した水色のヘッドホンを付けてもらうと、奏水も同じように装着してDTMで制作済みのファイルを呼び出す。
ほんの数段、三色くらいの線が横に伸びているだけの簡易な打ち込みデータを琥珀は不思議そうに見つめる。見たこともないきらきらの束が画面の中ででこぼこしながら並んでいる。
「じゃあちょっと流すので聴いてみてください」
「は、はいっ」
奏水が再生ボタンを押せば左から縦線のバーが流れてくる。
それが緑色をした画面上の塊にぶつかって―
ぽろん、ぽろんと優しく鳴ったのは琴の音色。
琥珀もお稽古でたくさん弾いてきた心落ち着く音が耳元の不思議な機械から流れてくる。
ただ、それだけでは終わらなくて―
(あっ、今度は……鼓、みたいな音だ。神社の雅楽で聴くやつ)
琴の流れるような調べに鼓の刻む音が混じって、なんだかゆらゆらと身体動いてしまいそうなリズムが生まれる。気持ちいい、心地いい、美しいけど馴染みやすい。
そうやっていつの間にか足でとんとんと拍を刻んでいた琥珀。
けど、そのリズムはそこに突如混じってきた音ではっと止まって―
(っ……!? なん、ですかっ、こんな音聴いたことないですっ……学院にあったピアノ、とも違いますっ……軽くてっ、ふわってして、でも綺麗でつるっとした音っ……)
その慌てた表情を見て奏水はにやりと笑ってみせた。狙い通り。
(うん、やっぱりこの国の人はこういう楽器の音に慣れてないよね。反応がすごく良い!)
奏水が琴と鼓に加えて仕込んだのは鍵盤楽器。今回の場合ブライトピアノ系の音色だ。グランドピアノよりちょっと軽い感じ? と本人は解釈している。
この音色でとりあえずコードを押さえて土台を作り、リズムは鼓、そしてウワモノ(目立つメロディ)は琴の音色で仕上げる。気付いたら慌てていたはずの琥珀は目を瞑って楽しそうにゆらゆらと揺れていた。
奏水の異世界制作一発目はこの三つの楽器で仕上げた和風スローナンバー(タイトル未定)だ。
さて、お気に召しただろうかとヘッドホンを外した琥珀の様子を窺ってみれば―
「奏水さんっ、これすごいですっ! こんなきらきらの音楽、初めて聴きましたっ!」
とても嬉しそうに目を輝かせて奏水に超接近してきた。
ご主人様に飛びついてくるわんこみたいだなと思ってしまうくらい。
「うん、よかったです。これならこの国の人たちに聴かせても喜ばれそうですね」
「喜ぶもなにも大騒ぎですっ、こんなすごいもの知ったらみんなびっくりして話題になっちゃいますよ! 奏水さんが引っ張りだこになって取られちゃいますっ!」
「あはは、私は琥珀さんの番だから離れる気はありませんし、引き抜きもお断りですよ」
しかし、これが完成形ではない。
この曲を完成させる楽器はもう一個あって―
「では琥珀さん、ここからが出番です」
「……へっ?」
「この曲に旋律を付けて、琥珀さんに歌ってもらいます」
「…………えぇぇぇええっ!?」
だってそうだ。この音楽は琥珀と奏水が二人一緒に巫女になるための武器だから、曲を作るのは奏水でも歌ってもらうのは琥珀じゃないといけない。一人で完結しては意味がない。
「その主旋律は作ってあります。今から聴かせますね」
「は、はひっ……」
「で、そこに琥珀さんの才で詞をつけてもらって、それを歌ってもらいます」
「詞っ!? あのっ、教科書に載ってる散文詩みたいなのですかっ!?」
「そうです。旋律に合わせて文字を当てはめて書いてもらいます」
「えっ、いや、わたしそんなことしたことないですっ……」
「じゃあ今から練習すればいいだけです。琥珀さんはセンスがあります。学べば良い詞を書けるはずです。私が指導します。奏水先生がみっちり教えてあげます」
「は、はいぃっ……わかりましたぁっ……」
あれ、なんか怯えてる?
だけど―
「だけど巫女への道にはこれくらいの試練は要るよね。というかまだ楽な方だよね。頑張ってね。歌詞は歌う人が自分で書いた方が発声とか発音とか試せて自分のためになるよ。自分が歌いやすい歌詞を書けるのは作詞家と歌手を兼業するメリットだよ。琥珀さんならできるよ。うんうんできるできる。歌わない私が書いて嫌々で歌うよりそっちのほうがいいよ。理想を追求しようね頑張ろうね」
……あれ、琥珀さん動かなくなっちゃった。
今から主旋律のガイドメロ付きで流すのに。おーい、動いてー。
「…………は、はいっ、がんばりましゅっ」
おっ、やっと動いた。
じゃあ早速本格的に制作開始だ。どれくらいの時間で完成するかな?
よーし、異世界作詞タイムアタック、スタートっ!




