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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

腐肉の夢



 ボクは腐った肉の匂いに慣れている。



 夏の終わり、ボクは廃屋の庭で膝をついていた。掌に食い込む土の冷たさ。地面に這いつくばり、シャベルで穴を掘る。土を掻き出すたびに、ミミズやヤスデが断面から姿を現す。切断された身体をくねらせて(うごめ)く様は、まるでボク自身を見ているようだった。


 穴は既に五十センチほどの深さになっている。もう少しだ。あと三十センチ掘れば充分だろう。額から汗が滴り落ち、土を濡らす。シャツは背中に張り付いて不快だが、手を止めるわけにはいかない。


「なあ、手伝えよ」

 後ろに立つ男に声をかけた。鈴本だ。高校の同級生で、見た目は爽やかだが中身は腐っている。今日もヘラヘラと笑いながら、ボクの作業を眺めているだけだ。


「やだよ、服汚れるじゃん」

「お前が持ってきたんだろうが」

 ボクは振り向かずに言った。鈴本が持ってきたもの――それは黒いゴミ袋に包まれた、異様に重い何かだった。袋の口は結束線で固く縛られ、中身は見えない。だが匂いで分かる。生臭さと、微かな腐敗臭。


「だからって俺が埋めるとは言ってないし」

 鈴本は相変わらずヘラヘラしている。こいつはいつもこうだ。面倒な部分は全部人に押し付けて、自分は安全な場所から眺めている。


「お前、本当にクズだな」

「そう言うなよ。お前、こういうの好きだろ?」



 穴が完成した。深さ八十センチ、幅は六十センチほど。鈴本が黒いゴミ袋を引きずってくる。ずるずると地面を這う音。袋の底から、赤黒い液体が染み出している。


「重いな、これ」

 鈴本が袋を穴の縁まで運ぶ。ボクは立ち上がり、軍手についた土を払った。袋を覗き込む。結束線を切ると、袋の口が開いた。


 ――中身は犬だった。


 いや、犬だったものだ。毛並みは茶色で、中型犬。首から下が異様に膨れ上がり、腹部は破裂している。内臓が飛び出し、蛆が無数に這っている。白くて小さな身体をくねらせながら、肉を貪り食っている。目は濁り、舌は黒ずんでいた。


「……交通事故か?」

「さあ。道端で死んでたから拾ってきた」


 鈴本は無表情で答えた。嘘だと思った。この犬の死体には、明らかに不自然な傷がある。肋骨が折れて突き出ている。頭蓋骨には陥没がある。これは事故じゃない。誰かが殴り殺したんだ。


「お前がやったのか」

「証拠は?」

 ヘラヘラ笑う鈴本。ボクは何も言わず、袋を穴に蹴り落とした。ドサリという鈍い音。蛆が数匹、穴の外に飛び出して地面を這う。ボクはそれを靴底で踏み潰した。

 シャベルで土を掻き込む。一回、二回、三回。土が死体を覆っていく。蛆も、腐肉も、すべて土の下へ消えていく。


「なあ」

 鈴本が口を開いた。


「次はもっと大きいの、埋めようぜ」


「はあ?」


「犬じゃつまんねえだろ。もっと――」



 土を被せ終わり、足で踏み固める。表面を平らにならして、その上に雑草を被せた。これで分からないだろう。鈴本は黙ったまま、ボクの作業を見ていた。さっきまでのヘラヘラした様子は消えている。


「じゃあな」

 ボクはシャベルを肩に担ぎ、廃屋の庭を後にした。振り返らない。鈴本が何を考えているかなんて、どうでもいい。


 夕暮れの空は血のように赤かった。遠くで鴉が鳴いている。ボクの手は土と汗にまみれ、爪の間には黒い汚れが詰まっている。だが不思議と嫌な気分ではなかった。

 腐肉の匂いは、もう消えていた。いや、ボクの鼻が慣れてしまっただけかもしれない。家に帰れば、また母親の怒鳴り声が聞こえるだろう。妹が泣き叫んでいるだろう。それでも構わない。ボクはもう、何も感じない。


 感じたくない。感じることを、やめたんだ。



 ――その夜、ボクは夢を見た。


 廃屋の庭で、土が盛り上がっている。何かが地中から這い出そうとしている。土を押しのけ、地面に亀裂が走る。

 黒い犬が穴から這い出してくる。いや、犬の形をした何かだ。腐った肉が剥がれ落ち、骨が露出している。眼窩には蛆が蠢いている。それでもその生き物はボクを見つめている。


「お前も、こっちへ来い」

 犬が口を開いた。腐臭が溢れ出す。


「お前の場所は、ここだ」

 ボクは動けなかった。足が地面に縫い付けられたように動かない。犬が近づいてくる。一歩、また一歩。肉が剥がれ落ちるたびに、ボタボタと音を立てる。


 そして犬がボクの足元に到達した時――。


 ボクは目を覚ました。



 朝だった。窓から差し込む光が眩しい。身体は汗でびっしょりだった。心臓が早鐘を打っている。夢だ。ただの夢だ。

 そう自分に言い聞かせたが、部屋には微かに腐肉の匂いが漂っていた。ボクは爪の間に詰まった黒い土を見つめた。昨日、洗い流したはずなのに、また戻っている。


 ――ボクは腐った肉の匂いに慣れている。

 だから、この匂いだけは、決して消えない。


 その時、携帯電話が鳴った。鈴本からのショートメール。


『もっと大きいのを拾ったぞ』



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