残響の遺言
「吾郎、その腕……!」
「心配するな。今はアーヴァントに集中しろ」
吾郎の瞳が、氷のように冷たく光った。
「仲間が来たのか? いいねぇ、二人まとめて狩れるなら上等だ!」
アーヴァントの刃が右肩をかすめた。
焼ける痛みと共に火花が散る。
次の瞬間、奴の姿が視界から消える。
(来る――!)
地面が唸った。
吾郎の足元から岩の枝が噴き上がり、アーヴァントの左腕を絡め取る。
石の音が砕けるように響き、奴の動きが止まった。
「ちっ……やるな、坊主」
その刹那。
瑠美の右腕に雷が走る。
空気が震え、焦げた匂いが漂った――。
手のひらが灼ける。
それでも構わず、私は雷を撃った。
稲妻が空気を裂き、光の槍のようにアーヴァントの右肩を貫く。
焦げた匂い――皮膚が溶ける音。
それでも、奴は笑った。
「……まだ、動くの?」
吾郎は地を踏みしめた。
岩の魔力が脈打ち、腕を通じて槍の形を成していく。
「――これで終わりだ」
その声と同時に、槍が放たれた。
鈍い音とともに、アーヴァントの胸を貫く。
皮膚が裂け、地面に影が揺れる。
吾郎の拳は震えていた――怒りか、それとも恐怖か、自分でも分からなかった。
アーヴァントは俯いて 自分の貫かれた体を見る 大きな穴が出来ていて 空洞のように
なっていた
「ははっ、醜いな…」空気が、沈むように重くなった。
胸の奥がざわめき、息が詰まる。何かが起きている。アーヴァントの方に――瑠美の方に、異常な魔力のうねりを感じた。
「瑠美っ……!」
考えるより先に、足が動いていた。地面を蹴り、全力で駆け出す。
しかし次の瞬間、世界が“裏返る”ような感覚が襲った。
目の前の空間が、ぐにゃりと歪む。
紫色の光が弾け、そこに一人の男が現れる。
「どこへ行く気や?」
八村――。
笑っている。まるで遊びにでも誘うような軽い口調。だが、その瞳は笑っていない。
「逃がさへんで」
その声が耳に触れた瞬間、背中を冷たい汗が伝う。
空気が固まっている。音すら消えたようだった。
「退け……!」
ミラウは両手を構え、魔法陣を展開し 魔力を解放する。魔法陣から無数のボール状の断末魔が放たれ 八村へと襲いかかる。
だが――。
「遅いわ」
八村の体が、霞のように消えた。
次に見えたのは、真横。
視界がぶれる。腹に衝撃。
「――がっ!?」
何が起きたのか分からない。ただ、地面に叩きつけられた。
息ができない。
視線を上げると、八村がそこに立っていた。
傷ひとつない。まるで最初から“戦っていない”ように。
「子供の遊びにしては、まぁまぁやな」
八村はゆっくりと歩み寄る。
一歩ごとに、空気が押し寄せてくる。
その圧に、体が勝手に震えた。
「くそっ……!」
ミラウは再び魔法陣を展開する。だが八村は手を軽く振るだけ
「抵抗はええ。けどな 命までは、賭けんほうがええで」
その声が、異様に優しかった。
だからこそ、恐ろしかった。
八村の掌に集まる紫の光が、眩しさを超えて痛みに変わっていく。
地面の魔法陣が脈動し、まるで心臓の鼓動のように鳴っていた。
息が苦しい。身体が動かない。
終わる。
その瞬間。
「やめろ、八村先生!」
重い声が、空間を切り裂いた。
岩の槍が地面から突き上がり、八村の足元に亀裂を走らせる。
粉塵の向こうに立っていたのは吾郎。
焦げた腕を押さえながらも、その眼光は鋭いままだった。
「……吾郎か。なんのつもりや?」
八村は手を下ろし、魔力を消す。
淡々とした声。怒りも、動揺もない。
「そいつを殺すな。まだ、聞くことがある」
吾郎は短く言い放つ。
その声には確信があった。
「聞くこと?」
「“ヴィラ”についてだ」
その名が口にされた瞬間、八村の表情がわずかに動いた。
ミラウの胸が跳ねる。
瑠美や吾郎の両親を殺した、あの組織――。
八村は静かに笑った。だが、その目の奥は冷たい。
「俺はあのガキを殺す気はない。ただな、情報は血の上でしか得られんこともある」
ぞくり、と背筋が凍る。
八村の言葉は穏やかなのに、底の見えない冷酷さがあった。
「……だとしても、殺させはしない。生かして喋らせる」
吾郎の声には揺るぎがなかった。
八村はしばらく彼を見つめ――やがて肩をすくめる。
「好きにせぇ。責任は取れよ、岩の坊主」
紫の光が消えると、圧が抜け、空気が少しだけ軽くなった。
ミラウはその場に倒れ込む。
胸の奥で、心臓がまだ早鐘を打っている。
八村の背中が遠ざかっていく中、
吾郎の横顔には、決意とも怒りともつかない影があった。
「瑠美、立てるか?」
「あ、うん、立てるけど…」
瑠美はアーヴァントに近付き しゃがむ
アーヴァントは横たわっているからだ
「ヴィラについて 質問する ちゃんと答て」
「分かった分かった、どの道殺されるなら 好きなだけ教えてやるよ 他人に縛られるのはごめんだからな」
「なぜ私の両親を襲った?」
「……ヴィラはな、この腐った魔法界を“変える”つもりで動いてる」
アーヴァントの声は、静かに濁っていた。
「奴らの目的は――魔法使いを全員、殺すことだ。
そのために、あらゆる実験を繰り返してる」
瑠美は無言で聞いていた。
唇がわずかに震えている。
「……お前の両親も、その研究員のひとりだった。
“ヴィラ”は言ったんだ。『より良い世界を作るためだ』ってな。
奴らは……その言葉を信じた。
だが真実を知った瞬間、絶望した。
“良い魔法使い”を全員殺して、“魔法犯罪人だけの理想郷”を作る――
それが“ヴィラ”の本当の目的だ」
アーヴァントはうつむき、かすかに笑った。
「……俺は17歳の頃 両親に捨てられた。
気づけば東京の裏通りを歩いててさ、
“ヴィラ”の奴らに拾われたんだ」
彼は瑠美をまっすぐ見据える。
その瞳の奥には、どす黒い光があった。
「お前の目は――あの時、俺を勧誘した奴と同じだ。
“人殺しの目”だよ」
沈黙。
雷鳴が遠くで鳴り、
瑠美の瞳に一瞬だけ、光が走った。
「あと、スーリヤとテリヤだけには……関わるな……奴らは──」
その言葉を最後に、ミラウの身体がぐらりと傾いた。
瑠美が反射的に駆け寄る。だが――もう、遅かった。
ミラウの胸は動かない。
その手には、血に染まったナイフ。
自らの命を絶ったのだと、誰が見ても分かる光景だった。
「……自殺、したのか」
吾郎の声が、ひどく低く響く。
拳を強く握りしめた。
「こんな終わり方で……良かったのだろうか……」
瑠美は答えられなかった。
ただ、その背中を見ていると、胸の奥がきゅっと痛んだ。
感情なんて、とっくに失ったはずなのに。
なのに、息が苦しい。
心臓が、まだ“痛み”を覚えているような気がした。




