担任の先生
アーヴァントは、血に濡れた天叢雲剣をゆっくりと舌で舐め上げた。
金属の味を愉しむように、唇の端を歪ませる。まるで、生きた血を味わっているかのようだ。
瑠美の喉がひくりと鳴った。吾郎も思わず眉をひそめる。嫌悪と恐怖が入り混じった空気が、戦場に漂う。
「……気味が悪い奴だ。」
その瞬間、アーヴァントの姿が掻き消えた。
「消えた!?」
吾郎が叫ぶよりも早く、背後に冷たい気配が立つ。
「君たち、目で追ったら駄目だよ。気配を感じなきゃ……怪我をする。」
囁き声が耳元で響いた直後、吾郎の頬に鋭い痛みが走る。
血が一筋、地面に落ちた。アーヴァントは余裕の笑みを浮かべたまま、ふっと姿を消す。
次の瞬間には瑠美の目の前に現れ、腹部に蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!」
肺の空気が一瞬で押し出され、視界が白くなる。だが瑠美は歯を食いしばり、雷を纏う。
「雷閃——!」
彼女の掌から奔る稲妻が、アーヴァントの足を貫く。
一瞬だけ、奴の動きが止まった。その隙を逃さず吾郎が地を蹴る。
「岩槍創造!」
地面が隆起し、岩の槍が生まれる。吾郎はその一本を掴み、渾身の力で投げつけた。
だが——。
「面白い。」
アーヴァントは体をひねり、槍を紙一重でかわした。
次の瞬間、天叢雲剣が閃光のように吾郎へと投げ放たれる。
刃が空を裂き、吾郎の腹を斜めに切り裂いた。
「ぐっ……あぁっ!」
血飛沫が散り、吾郎の体が後ろに崩れ落ちる。
「吾郎!」
瑠美が叫び駆け寄ろうとした瞬間、アーヴァントの回し蹴りが彼女の首元を捉えた。
重い衝撃が走り、瑠美の体は壁に叩きつけられる。
「弱いな……つまらない。」
瀕死の二人に歩み寄るアーヴァント。
彼は瑠美の服を掴み、無造作に吾郎の方へ放り投げた。
倒れ伏す二人の頭上で、天叢雲剣が冷たく輝く。
「死ね。」
その一言とともに、刃が振り下ろされる——
だが、衝突の瞬間、光が走った。
視界が歪み、空間がねじれる。
気づけば、スーツ姿の男が二人を抱え、別の場所へ転移していた。
「まったく……最近の若いもんは、強い相手を見るとすぐに突っかかる。未来は明るいのに、命を粗末にするなぁ。」
男は軽くため息をついた。
アーヴァントはゆっくりと天叢雲剣を肩に担ぎ、興味深そうに目を細める。
「君は誰かな? そのガキ共を庇って、何がしたいんだい?」
男はにやりと笑い、関西訛りの柔らかい声で言った。
「うちの生徒に手ぇ出さんといてくれへんか。ほな、また会おか。」
そう言うと、男は再び空間を歪め、姿を消した。
——
吾郎が目を覚ますと、見知らぬ豪華な部屋だった。
金色のシャンデリアの光が眩しく、柔らかなベッドに体が沈む。隣にはまだ眠る瑠美の姿。
「……ここは、どこだ?」
「起きたか?よかったわ、目ぇ覚めへんかったらどうしようか思たわ。」
声の主はあのスーツの男だった。
吾郎は反射的に身構える。
「お前は誰だ? なんで俺たちを……ここに?」
「落ち着けや。俺は“魔法ツバメ学校”の教員や。
お前ら、出席率が悪すぎるからなぁ。ま、任務中ならしゃあないけど。」
「教員……?」
「ああ。お前らのクラスの新しい担任や。
たまたま北海道におってな。ほら、縁や縁。」
そう言って、男はゆるやかに笑う。
その笑顔の裏に、底知れぬ“力”が見えた。
穏やかでありながら、恐ろしくもある魔力の波。
——この男、ただ者じゃない。
吾郎はそう確信した。




