第九十八章「偽神」
激闘を終えた当麻と詩織が最深部の通路に立つと、空間の構造そのものが変質していることに気づいた。
通路は本来の構造体を失い、まるで生体組織が自己複製を続けたような肉塊と化していた。そこには有機的な脈動が走り、金属と血肉の境界が曖昧な構造体がうごめいている。
壁面には無数の小型カプセルが並んでいた。中には、かつて人間だったと思われる者たちの変異体──“実験個体アーク系列”が眠っていた。
D.E.Iの最終目的は、これらの神性器官を用いて究極の一体を生み出すことだった。シェードも、ハイエロファントも、それに至るための工程でしかなかったのだ。
「……アークとは、D.E.Iが人類の限界を越えるために創った……“神性因子”の完全統合体か」
詩織がカプセルのひとつに指を触れ、警戒するように呟いた。
「ハイエロファントが言っていた。俺たちは“選ばれた”……その意味が、ようやく見えてきた気がする」
当麻の言葉に詩織も頷く。そのとき、施設の警報が非常ベルではなく、静かな鐘の音に変わった。
機械ではなく、祈祷のような音。
次の瞬間、中央構造が展開し、半透明の繭のような装置が露出する。その中にあったのは──
神性因子の集合体たる存在。
肉体というよりも概念のような輪郭。無数の眼球、脈打つ神経、巨大な心臓が中空に浮かび、その中心に、かつて人間であった青年の姿があった。
“アーク”。
神に至ろうとしたD.E.Iの最終創造物。
「やはり……こいつが真の中核」
当麻が拳を握る。
詩織が視線を外さずに言う。
「でもまだ眠っている……私たちが、何かを引き金にしない限り……」
その言葉を遮るように、警告灯が赤から白に変わった。
上空から照射された強制起動用の信号が、繭の中のアークを刺激する。
施設に仕掛けられた“覚醒装置”が、ハイエロファントの死と共に起動したのだ。
繭が割れ、強烈な鼓動とともにアークが現実空間に姿を現す。
四肢を持たず、代わりに空間そのものを腕のように操作する。
全身を包む神経質な輝きが、重力・熱量・時間に影響を与えている。
「戦闘準備ッ!」
詩織が叫ぶが、その直後、空間が二人を挟んでねじれる。
当麻と詩織は各々、異なる次元座標へと引き裂かれた──。
一方、外部施設では増援として送り込まれた急襲部隊が、施設外縁部に展開していた。
しかし、彼らが接触したのは施設の“自己防衛機能”ではなかった。
アークの存在に呼応した空間異常が、現実の物理法則を食い破り、地形そのものを変質させていた。
衛星通信は途絶し、地磁気の逆転現象により電子機器が次々と停止。
「くそっ、これじゃ戦えない!」
狙撃兵が叫ぶも、その身体は重力異常によって引き裂かれ、跡形もなく消えた。
急襲部隊の残党は、もはや報告を送る術すら失っていた。
そのとき、アークの覚醒に反応し、上位存在の守護者たちが転移してきた。
異次元の断層から次々と出現した彼らは、ヒトの形を模してはいたが、重力の位相を無視して動き、エネルギー波動を纏っていた。
だが、当麻と詩織は、引き裂かれた次元の先で彼らを迎撃した。
詩織は高所からの奇襲で守護者の一体の脳核を貫き、電磁波と閃光で二体目を攪乱。
当麻は刀で三体の胴を一閃し、空間遮断の応用でその活動エリアを無力化。
転移してくるたび、二人は冷静に迎え撃ち、次元すら断ち切る一撃で全てを葬る。
短い時間で、上位存在の守護者たちは全滅した。
だが、それでもまだ終わりではなかった。
隔絶地、すなわちD.E.Iの本拠地は、既に現実世界の延長ではなかったのだ──。




