第五十章「戒厳都市の血と信念」
「リノヴァ……また厄介なところだな」
当麻が眉をひそめて呟いたのは、端末に映し出された次の依頼地を確認したときだった。地図には赤く囲まれた地域、かつては繁栄した首都だったが、今では戒厳令が敷かれ、軍閥と反体制派の血みどろの抗争が続く無法地帯と化していた。
「おっかない街って聞いてたけど、ホントにゾンビ映画のロケ地みたいじゃん」
「冗談抜きで死人より生きてる人間の方が危険だ。気を抜くな」
依頼主は表には姿を見せない国際的情報ブローカー。報酬は破格だが、標的も重い──
リアナ・ダグラス。
元は国際難民支援機関の創設者。だが支援が政治の道具と化す現実に絶望し、いまや軍閥に肩入れして武装難民を育成し、都市を支配下に置いている人物。
「“信念の人”とか言われてるけど、やってることは内戦の火種ばら撒いてるだけじゃん」
詩織が口を尖らせるが、当麻の表情は険しかった。
「信念を持った悪ってのは、質が悪い。善悪の境界が溶けてる」
「うぇ……それ言われると“どこからが悪?”みたいな道徳のテスト思い出すんだけど」
夜、リノヴァ旧市街。塹壕のような路地を進み、二人はターゲットの拠点へと接近する。
街の至るところに設置された赤外線センサーと地雷、密輸されたロシア製の自動機銃。詩織が首筋を汗で濡らしながら潜入用のコードを入力する。
「爆発したら死ぬからね、うちら。いやマジで」
「集中しろ」
「してるって!あ、コードわかった!950821──」
「それ俺の誕生日だ」
「え?嘘?うわっなんかキュンときた」
「間違えてたら今ごろ内臓ミンチだぞ」
拠点内部に侵入。数人の武装兵を無音で排除し、中心部の戦略室へと突入。
そこにいたのは、髪を後ろで束ねた妙齢の女──リアナ・ダグラス。
「来ると思ってたわ、死神とその刃」
「この街であんたのやってること、誰も見て見ぬふりはできない」
「私はこの都市に秩序を与えているのよ。医療を与え、食糧を供給し、暴力の均衡を保っている。──正義よ」
「その均衡の裏で何人が死んだ?子どもが銃を持ち、飢えた家族を撃ち殺してまで“秩序”を守ってる」
リアナは静かに笑った。
「あなたたちのような者には理解できない。正義は、時として美しくはないの」
一瞬の静寂──そして、交戦。
リアナの傭兵部隊が雪崩のように押し寄せ、拠点は炎に包まれる。詩織はガスの充満する廊下を走り抜けながら叫ぶ。
「もうやだー!なんでバカンスの後がこれ!?死体まみれとか肌荒れる〜〜!」
「文句言ってないで早くこい!!」
銃撃、叫び、爆発音。そして当麻の銃口がリアナの胸元に突きつけられる。
「この命が終わったところで、思想は死なないわ」
「……それでも、止めなきゃいけない」
──引き金が引かれる。
リアナの盾として立たされていた子どもたちはため息をつき、力なくその場に倒れこむ
報復とばかりに突っ込んできた彼女の部下たちも二人の放った弾丸を前に息を引き取る
当麻の頬が引きつり、詩織が静かに目を伏せる。
「……また、救えなかったね」
「これが俺たちの正義かよ……」
外に出ると、朝焼けが街を照らしていた。
詩織が口を開く。
「なあ、今夜はホテルでラーメン食べない?この国のやつ妙に辛くて涙出るけど、あたしそれで泣いたことにするから」
「……それも悪くないな」
それでも、罪の重みは足元にまとわりつき、二人の影を深く引きずっていた。




