第百六十九章「体温(物理)」
いつもの隠れ家。
薄暮の光が窓から差し込み、空気には、どこか安心した匂いが満ちていた。
二人は長い戦いの果てにようやく生身を取り戻し、戦場から解放されたばかりだった。
今はただ、やわらかな毛布の下、互いの存在を確かめ合う時間――の、はずだった。
「……すまん。失神してた」
当麻が仰向けでぼそりとつぶやく。
目元には軽くクマが浮かび、髪は見事に逆立っている。
「え~もう? まだ167回目だってのに~」
「……むしろなんでカウントしてるんだお前」
「そりゃするでしょ! 記録はきちんと残さなきゃ。いやー、これは歴史的偉業だよ。神の器、連戦連勝の軌跡!」
「どこの格闘技トーナメントだよ……しかも俺、早々にタオル投げた側だぞ」
当麻がため息混じりに起き上がろうとするも、腹筋がつって再びごろん。
詩織はその様子を、あははと指差して笑う。
「それにしても今回はあんたのほうがだいぶバテてたね」
「仕方ないだろ……生身の身体って、こんなに脆かったか……?」
「神の器じゃなかったの?」
「どうもな。義体だった頃に器の活性が落ちてたみたいだ。
しかも今回のボディは元々覚醒してない個体。定着までに時間がかかる」
詩織は顎に指を当て、うーんとうなる。
「じゃあつまり、“バテてるのは仕様”ってことか」
「テキトーいて理解したフリすな」
「まぁいいや。じゃあ、あとはあたし一人でするから!」
詩織が謎の正義感で胸を張る。
「ただし、キスだけはしてもらおうかな? サービスで」
「……どのくらい?」
「3時間くらい♡」
「……なげぇよ!」
当麻のツッコミが静かな山小屋に木霊した。
ふと足元を見れば、再びミシミシと悲鳴を上げたベッドのフレームが半壊している。
「……また買い換えだな」
当麻がため息まじりに呟けば、詩織が悪びれずに言う。
「今度は強化チタン製にしよう! バトル仕様ベッド!」
「もはや兵器だろそれは……」
「うん! 私は戦場に生きる女、Lethal Weaponだから!」
「それ言って恥ずかしくないのか……?」
「ぜーんぜん! 本当のことだもん♡」
詩織は満面の笑みで当麻に抱きつくと、彼は何とも言えない表情で遠い目をした。
それでも――この瞬間だけは、平和だった。
世界がどうであろうと、戦場がどこにあろうと、
今ここに“当麻”と“詩織”がいる。
そしてそれは、何よりも大切な「日常」の証だった。




