9_馬車の中で
2025.8.31 一部表現を修正しました。
馬車に乗り込んですぐ、マリさんが話しかけてきた。
「先程、晴香様とは何を喋っていらっしゃったのですか?」
晴香さんとの会話を、どこまで話していいものか、少し悩む。
「……これから会いに行く人について、よ。マリさんは何か知ってる?」
「私……いえ、我々の師匠ですから」
「そう。それなら、私の話も、少しは飲み込めるかもね」
晴香さんと話していた内容を話すと、やはり彼女も驚いていた。
「……だから、私からは師匠……そうは呼べないけど、リカ……あの人は先生、だったから」
「そう、でしたか。ルナさんが、師匠に教わっていたとは」
先生のことを勝手に呼び捨てにしてしまい、一瞬焦る。
だが、私の癖のことを『自然体でいい、無理することはない』と先生から過去に言われていたことを思い出した。
「あの師匠が、ここに来る前にも教えていたんですね。随分とあれ、でしたが」
「さっき、我々って言っていたから、多分集団なんだろうけど……私が直接教えて貰っていたのは、私が十五歳くらいの頃までだったし。
教え方が気になったのは、マリさん達みたいな大人に教えることがほとんどなかったからだと思うよ。それか、私たちの世界の常識が此処では通用しない、とか」
「常識が通じない、ですか」
そう言って彼女は腕を組む。すぐに何か思い出したのか、当時のものと思われる手帳を取り出す。先生の言葉がよく分からないからか、困惑していたのが手帳からも見える。
「……師匠が時々、よく分からないことをブツブツとぼやいていた記憶はあります。でも、私に対しての教え方で一つ問題だったのは、恐らく教えて貰っていた内容が、魔術に関わることだったから、だと思います」
「……ねえ、一つ聞いていい? マリさんが魔術を使えることは、ずっとこの世界で育ってるからだと思うから分かる。でも、なんで先生は魔術を使えるの?
魔術自体が存在しない世界から来たのに、どうして魔力が宿っているの?
私もそう。貴方に当たりたいわけじゃないけど……何でなの」
「……因縁、あるいは、運命だろう」
それまで全く喋ることのなかった、私たち二人の前に座るカゲトが呟く。因縁はともかく、運命というのには変に思う。
「ルナとリカは、前の世界でもおおよそ関わりがあったんだろう? その関わりから何かが反応したことで、今回ルナが引き寄せられたのではないか?
……俺はそもそも信じていないが、死後の世界というものがあったとして、そこから何らかの天命でも下ったようにも思える」
「……カゲト様にしては、随分な物言いではありませんか。そうであるとするなら、根本がおかしいではないですか。
そもそも師匠は、どうしてこの世界に来られたというのでしょう?」
カゲトが何か話そうとする前に、あえて口を挟む。
「それは、先生が私たち……私を置いていったことにも関係しそう。それに、最後に会ったときの会話……
あんまり覚えてないけど、先生はあの世界に嫌気……というか、あの世界が耐えられなくて、ここへ来る道筋を作ることを選んだ、と思うから」
言葉をかなりぼかしたものの、自身の師匠とも呼べる存在がそれを“選んだ”ということが、隣の彼女を絶句させる。
「天に選ばれた……俺が言うにしては変だと思われるが、実際に俺が聞いたときに、そういうことを同じように言っている以上、そうとしか思えない。
……リカも、ルナもな」
先生の場合に関しては確証のないままに喋っていたが、どうやら本当のことだったみたいだ。
「いや、待てよ……ルナが中心である可能性は?」
カゲトは前を向いているためその表情は窺えない。だが、声のトーンからは何かに気付いたのか、なんとも言葉にしづらいものになっていた。
「……先生は、教えることが大好きだったと思います。少なくとも、私が教えて貰っていた頃は、ですけど。ただ、教え方はかなり独特だったし、それでかえって難しく感じている子もいたと、前に先生から聞いたこともあった。
だから、最後に会ったときには、かなり疲弊していたと思う。だから何が原因だったとかは分からないけど、すごく苦労してた……と思う、よ」
先生が、何を思ってこの世界に来るきっかけを作ったのか。
その時の感情は私にはよく分からないけれども、実際には何があったのか……私のせいかもしれないと思うと少々気が引けてしまうが、聞いてみたいと思った。
「師匠は、どんな先生だった?」
「……とても親身にしてくれた先生だったよ。ものの教え方は、さっきも言ったけど独特で、理論をとにかく詰め込んで、後は全部演習のかたちで、分からなければ理論を参照しての繰り返しだった。
他の先生とは教え方が全く違ってたけど……色々あった私を、立ち直らせてくれた人だった」
「……その教え方、前からなのね。師匠って、全部自分の中に吸収して、それを自分がわかるように理論化して教えてくれていたものだから、どうしても教えて貰っていた頃は大変だったし」
「理論をとにかく本から吸収して、それをただ教えること自体は間違いとは思わないけどな」
「カゲト様の場合、本一冊分を六十分で全部教えきられても、消化しきれないわよ」
分野が分からない――恐らく魔術の類だとは思うが、随分とむちゃくちゃな講義を、前の席の男はしているらしい。
「先生は、自己流で理論化するから、分からない人はいつまで経っても無理だと思うよ。それに、さっきの話を聞く限り、カゲトも大概非凡だと思うから、簡単にそういうことを言えるわけで」
「……そういうルナはどうなの?」
「時間をもう少し……二,三時間貰えれば、多分だけど、全部じゃないけど、できる……かな?」
言ったそばから、隣からため息が聞こえる。
「……やはり、ルナさんも、天才の類なのでしょうか。私は一ヵ月貰ってもできないと思いますけどね」
「魔術書を一から読み始めて、数日でその理論を完璧にできる人間なんて、そうそういないからな。尤も、彼女はできてしまったけれども」
やはり、先生の足下にも及ばないレベルだとはいえ、先程の話を言い切れること自体が変なのかなと思ってしまう。
そんなことを考えていれば、城門が見えてきた。城門の内側に、さらに城門がある違和感は、この桐都と呼称されている帝都が城塞に見えるほどの巨大都市である証拠であった。
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