7_師匠
2025.8.28 一部表現等を修正・追加しました。
また次に、と最後に言われてから早数日。事情聴取を行う機会はすぐにはやってこなかった。
そのことと何か関連しているのか、カゲトがこの屋敷に帰ってくることも極端に減った。勿論、私の件以外にも色々と職務はあるのだろうが。
結果として、次にカゲトと会ったのは三日後――時期にして、三月も終わりを迎える頃だった。
「……やはり、か」
「言いたくない、です。……本当なら、どこかで言った方がいいことは分かってる、けど」
結局、二回目の聴取も最初は前と全く同じようなことを聞いてきた。私が頑なに拒んでいることに対し、カゲトは呆れたようにため息をつく。
「無理ならいい。実際、君の名字やここに来る以前のことに関しては、そこまで重要ではない」
なら、何故わざわざ聞いてくるのだろうか――あまりにも無粋すぎる言葉だと思い口を噤む。
「……ルナは、この世界や、私たちがいるこの国について……とか、何かしらの質問はないのか?
ここにきてもう五日。色々と気になってくることもあるだろう。全てのことを教えられるというほどではないが、教えられることは教えてやろう」
カゲトは少し考え込んで、一つの質問を投げかけてきた。急ではあったが、聞きたいことはいくつもあった。
「……じゃあ、一つだけ。
晴香さんから聞いたんだけど、私が今、この屋敷で棲まわせて貰っている部屋の前の住人のことなんだけど、“泥棒猫”さんって何?
カゲトも最初にあったときから、私を“二例目”って言ってたし、前回の聴取の時に“初例”の女性の話をしていたのも気になっていた。
あと、マリさんの言ってた“師匠”。多分、全部同一人物だと思ってるんだけど。
――その辺りの話、大体で良いから、教えてくれない?」
「……判った。私の口から言えることは、全て言おう」
カゲトは苦笑いしながら私の質問に答える。
「まず、ルナの考えていたことは全て合っている。晴香のしてくれた話はほとんど晴香の嫉妬だよ。
“初例”の彼女がマリの師匠……まあ、色々あってこれ以上のことは話せないが、結果的に彼女の弟子となったみたいだ。
で、ルナが今住んでる部屋に前は彼女も住んでいたよ。
……本当は、彼女をこの屋敷に呼ぼうとはしていた。といっても、断られたのだがな」
「お・ま・え・さ・ま?」
カゲトの後ろには、いつの間にか、晴香が目が全く笑ってない笑顔を浮かべて立っていた。
「ハル、どうしてここにいるんだ!? まず、あの件は誤解だ!」
「……そう。だとしたら、どうしてこの屋敷に呼び寄せようとしたの?」
カゲトは大慌てで誤解を解こうと言葉を重ねるが、晴香さんはより冷たい声で圧をかけていく。
「……ルナと彼女を引き合わせよ。それが陛下の命だ」
陛下という言葉が出た途端に、晴香さんの表情が固まる。まさか、という感情なのだろうか。
「……だが、彼女は何を察したのか知らんが、呼ぼうと手紙を送ったら、逆に酒場まで来いと呼びつけられたよ」
あくまで私への配慮もあるのかと、晴香さんは考えたのだろうか。興奮していた彼女は、ゆっくりと落ち着きを取り戻していた。
「……兄上の命令なら、仕方ありませんね。ですが、あれの為だけに、お前様が無茶する必要なんてないですからね。もし無茶するようであれば、私から直接、兄上に言いつけますので」
「それだけは……勘弁だな」
冷静さを取り戻していたカゲトも、『兄上に言いつける』と晴香さんが言うだけで、恐怖を感じたのか、声が小さくなっていた。
「それ以前に、お前様は……そう思っていないからするのでしょうが、無茶が多すぎます。お前様の評判は、皇帝家の評判にも繋がりかねませぬ。あまり馬鹿なまねはなされませぬよう」
晴香の威厳のあるオーラに気圧されたのか、カゲトは更に小さくなる。
「そこまでにしてよ、夫婦喧嘩はこれ以上聞きたくないよ……で、この後、どうするの? カゲトは」
「……っ、すまない。午後二時に酒場へ来るように連絡を受けている。それまでここにいてくれ。俺は暫し寝る」
「お前様が連れて行くのかい!?」
「……当然だろう。といっても、俺もそこまであの酒場には詳しくないので、酒場に詳しい……というか、あそこの一室を借りてるうちの副官に道は案内して貰う。
……そもそも、城下をハルが案内するわけにも行かないだろう。それに、彼女と会ったらすぐ喧嘩になるだろう。向こうもそれを前提で、この話になっていることだし」
「……ふーん。無駄に周到ね、腹立つ」
晴香は苛立ちながらも、その状況を呑みこんだ。
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