6_石版と宿る魔力
2025.9.28 改題・改稿しました。
「最後だ。この石版に手を当ててくれ」
急に話題が変わり、軽く首をかしげる。カゲトから真っ白な石版が差し出されるが、どういうものか分からないため、少し眉間にしわが寄る。
「すまない。先に、この石版の説明が必要だったな。
これは、魔術を扱うための力、いわば魔力を持っているかどうかを測るものだ」
「魔力……ですか?」
魔術や魔力といったものは、かつて私がいた世界では、想像上、空想のものであり、存在していなかったものだった。それが、この世界では実際にあるというのだ。訳が分からないという気持ちもある。
「君が驚くのは分かる。“初例”の彼女も驚いていたからな。
だが、彼女は魔力を持っていた。しかも、かなり特殊な属性の色をしていた。
……彼女の例があるからか、陛下より直接、この石版を下賜されていてな。
帝国は君の存在が明らかになったときに、君も魔力を保持している可能性を考えている」
魔力とか、属性とか、色とか、彼の言葉は分からなかった。ただ、その白い石版が、私に何かをしてくるのではないか、なんて夢想をしてしまう。
「……この石版に触れば良いのね?」
「ああ、何も気にすることはない。それに、何か特別なことをする必要があるわけではない。ただ、この石版に手を当ててくれれば良い」
そう念を押すカゲトの言葉に従い、手を石版に当ててみる。
すると、石版は青色に輝き、炎のような紋章が石版へ描き出される。
これ自体が魔法のような、白い石版を私は不思議と見つめていたが、カゲトは浮かび上がったその色と紋章に驚いていた。
「……なんだこれ。初めて見る紋章の色だ……少なくとも、俺は、だが。今までに見たことがない。やはり……」
「……何よ、それ。私が異常ってこと?」
カゲトの声は、尚も軽く震えているように見える。
「異常……というより、異様だ。彼女と同じようなものかも知れない。
誰か、この分野が専門の人間に、いずれは見てもらわなければならないかも知れない。
だが……決まってしまったな」
「何が?」
彼はあえて深刻そうな顔をして言っていた。どうしてそんな顔をするのだろう?
「暫く、この屋敷に居てもらうことが、だ」
「……そう、分かったわ。どうすれば良いの?」
「昨日過ごしてもらった部屋はそのまま使ってもらって構わない。
俺も、このことについて数日考えたいから、何か思い出せたら、次に話すときに言ってくれれば良い」
「分かった。次、ね。また色々思い出せるだろうから、またお願いします」
「……今ここで言ってくれても良いんだよ?」
「言いたくないことは、言いたくないのよ」
「そうか……ならいい。言えるようになれば、言ってくれ」
結果として、自分にとって一番知られたくないことは、今は隠し通せた。
しかし、次があると半ば明言されてしまったために、恐怖と困惑の感情が私の中で渦巻いていた。
******
一通りの聴取を終え、元の部屋へ戻ろうとすると、晴香さんが何故か私を待っていた。
「ルナ、お疲れ様。カゲトの話、どうだった? 緊張した?」
「……どうってことはないです。けど、非常に不愉快でした」
妙に興味ありげな顔で、晴香さんは私のことを見つめてくる。カゲトと話していた内容が気になるのだろうか。
少しずつ部屋へと向かって歩きながら、私は愚痴を吐き出す。
「はぁ……私がここに来るまでのことを、貴女方に話したところで、まともに理解されるようなことなんて、ほとんどないのに」
「そう? 最初の方、少し盗み聞きしてたけど……あれはカゲトが悪いわよ。
それ以降のことは、まあ、うん……」
どうやら彼女は私たちの会話を外から聞いていたようだった。少しだけだというが、一体どこまで聞いていたのやら。
「でも、まあ、そうだよね。分かんないよね。……ところで、ルナが昨日からいるあの部屋、カゲトから何か聞いてる?」
「いえ、あの部屋のことについては何も。ただ、暫く居てもらうことになった、としか」
「そう……あの馬鹿、早く言えば良いのに」
初めて会って数日ではあるが、普段はハキハキと喋っていたはずの晴香さんが突然ごにょごにょ言い出す。
恐らくは、普段から忙しくしている彼に対する罵倒の類だろうか。
それにしても、この部屋に一体何があるのか。あの部屋の前の住人のことも、私と何か関わりがあるのだろうか。
「この部屋、何かあるんですか?」
「何か、って程じゃないよ。
……前に、ルナと同じように、カゲトに連れられてきた、泥棒猫が一匹、そこに住んでいた。それだけよ」
“泥棒猫”。
晴香さんが吐き捨てたその言葉の節々に、カゲトに対する怒りの感情と、その女性に対する嫉妬のような感情が混じっていたのは確かだろう。
だが、それの意味するところはよく分からなかった。
「はあ……そう、ですか」
「……戻ろっか。後であの部屋の前の住人のこと、少し話してあげるよ」
この帝国の陸軍の中でもそれなりの地位、しかも皇帝に直接会える立場の、かつそれなりに円満だろう結婚生活を送っているであろう、この屋敷の主が、妙に遊び人の気質を持っていることに若干呆れてしまう。
だが、晴香さんが言った“泥棒猫”さんが私と“同じように連れられてきた”という言葉の方が、私にはよほど気になっていた。
晴香さんから見た“泥棒猫”さんは、すぐにどういう人物か分かる……そうだと思う。
後者のことに関しては、次にカゲトに事情聴取をされるのは、いつかは分からないが、次の機会には、過去の例はどうだったのか聞いてみようと思った。
******
カゲトは頭を抱えていた。
石版を使った結果、ルナが魔力を保持していることが判明したこと、炎属性の紋章が浮き上がったこと、ここまでは良かった。
彼女が魔力を保持していることは、ほとんど似た前例があったためある程度は想定していた。
問題だったのは、彼女が持っていた属性の色だった。
この世界には属性に基本的に対応している色があった。
炎であれば赤や紅色、氷であれば青や水色、雷であれば黄色などがそうである。
しかし、ルナが石版で示したのは、蒼い……藍色の炎であった。
特殊な色の属性は、何かを起こすと伝えられている。それを使いこなせる者は、そう多くはいないだろう。
また、特殊な色は発現することも珍しく、使いこなす方法を教えられる者はほとんどいない。
帝国領内において、まともに彼女の先達と言えるのは、全ての属性と色を巧みに扱いこなす“サイハテ”の魔女と、陛下よりルナとの接触の仲介を厳命されたリカの二人だけであろうか。後は他国から招聘するより他はない。
城下の竜里の屋敷から状況の整理のため、元帥府にある自身の執務室へと戻っていたカゲトは、ルナが自身のことを語ることを拒んだこと以上に、それについて頭を悩ませていた。
「閣下、只今戻りました……彼女のことについて、首尾はどうでしょうか」
特殊事象対策部、と掲げられた広間を隣に与えられた俺の執務室に、マリは戻ってきていた。
「……あぁ、マリか。お疲れ様。リカの方はどうだ?」
「やはり、ただの頼み事では乗り気にならないようで……閣下の方こそ、どうしました? 随分と上の空のご様子でいらしたようですが」
「いやな……この石版がな。ルナに触って貰った結果がこれでな」
マリはカゲトから差し出された、炎のような紋章が青く光る石版を見て、全てを察していた。
「……これは、私が分かる限りでは……師匠、もしくは魔術本部にいる最高位の魔術師様たち以外では、どうすることもできなさそう、ですね」
「これは、本部の魔術導師様以下の面々でも難しいかもしれん。魔術導師様に伺いを立てて、サイハテ様の元へ行くのもありだが……」
カゲトも、マリも、魔術導師や魔術本部へのあてを考え、暫し沈黙が訪れる。考え込んでもなかなか見つからないものだったが、カゲトは別件を思い出す。
「……なら、魔術に関するルナへの教育も、リカに任せれば良いだろう。
そもそも、リカには陛下からも必ず接触させてくれと厳命されている以上、彼女にルナを任せたほうがいい」
「……確実に、嫌がりますよ」
マリは苦言を呈してくるが、カゲトは意に介さない。
「リカが仮に条件を出したとして、よほどのことでも無い限り、それは俺の責任で呑む。
多少の無理を言われたとしても、魔術本部や陸軍の魔術科のためになるとなれば、誰も無下にできんだろう。
それに、彼女たちは共に別の世界から来た。もしかすれば、何か繋がりがあるかも知れない」
自信満々そうに言うカゲトを尻目に、マリはため息をつく。
「はぁ……閣下が手紙だけで頼み込むのも、私はどうかと思いますがね。一度、赴いたらどうですか? あの酒場に」
「この件は俺に全権を与えていただいている以上、彼女には、どうにか動いてもらわんと困るのだよ。
だからと言っても、城下すぐの場所に行くのは、晴香が気分を悪くする」
「……まあ、閣下はそうなんでしょうが。師匠への橋渡しをしている私の身にもなってくださいよね」
呆れた顔をするマリだが、カゲトはすらすらと手紙を書き始める。すぐに書き終えて手渡されたその手紙は、彼女――リカに向けてのものだった。
「今回の、ルナの件はあいつ以来の話でもある。そう強情にもなれまいよ」
何となくではあるが、彼女の条件さえ呑めるものであればきっと大丈夫だろうと、俺は感じていた。
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