6_青炎の魔力
2025.8.28 一部表現等を修正・追加しました。
一通りの聴取を終え、元の部屋へ戻ろうとすると、晴香さんが何故か私を待っていた。
「ルナ、お疲れ様。カゲトの話、どうだった? 緊張した?」
「……どうってことはないです。けど、非常に不愉快でした」
妙に興味ありげな顔で、晴香さんは私のことを見つめてくる。カゲトと話していた内容が気になるのだろうか。
少しずつ部屋に向かって歩きながら、私は愚痴を吐き出す。
「はぁ……私がここに来るまでのことを、貴女方に話したところで、まともに理解されるようなことなんて、ほとんどないのに」
「そう? 最初の方、少し盗み聞きしてたけど……あれはカゲトが悪いわよ。
それ以降のことは、まあ、うん……」
どうやら彼女は私たちの会話を外から聞いていたようだった。少しだけだというが、一体どこまで聞いていたのやら。
「でも、まあ、そうだよね。分かんないよね。……ところで、ルナが昨日からいるあの部屋、カゲトから何か聞いてる?」
「いえ、あの部屋については何も。ただ、暫く居てもらうことになった、としか」
「そう……あの馬鹿、早く言えば良いのに」
初めて会って数日ではあるが、普段ハキハキと喋る晴香さんが突然ごにょごにょ言い出す。恐らくは、忙しくしている彼に対する罵倒の類だろうか。
それにしても、この部屋に一体何があるのか。あの部屋の前の住人のことも、私と何か関わりがあるのだろうか。
「この部屋、何かあるんですか?」
「何が、って程じゃないよ。
……前に、ルナと同じようにカゲトに連れられてきた、泥棒猫が一匹、そこに住んでいた。それだけよ」
“泥棒猫”。
晴香さんが吐き捨てたその言葉の節々に、カゲトに対する怒りの感情と、その女性に対する嫉妬のような感情が混じっていたのは確かだろう。だが、その意味はよく分からなかった。
「はあ……そう、ですか」
「……戻ろっか。後であの部屋の前の住人のこと、少し話してあげるよ」
帝国の陸軍の中でもそれなりの地位、しかも皇帝に直接会える立場の、かつそれなりに円満だろう結婚生活を送っているであろう、この屋敷の主が、妙に遊び人の気質を持っていることに若干呆れそうになるが、晴香さんが言った“泥棒猫”さんが私と“同じように連れられてきた”という言葉の方が、私にはよほど気になっていた。
晴香さんから見た“泥棒猫”さんは、すぐにどういう人物か分かる……そうだと思う。
後者のことに関しては、次にカゲトに事情聴取をされるのはいつかは分からないが、次の機会には、過去の例はどうだったのか聞いてみようと思った。
***
カゲトは頭を抱えていた。
石版を使った結果、ルナが魔力を保持していることが判明したこと、炎属性の紋章が浮き上がったこと、ここまでは良かった。
彼女が魔力を保持していることは、ほとんど似た前例があったためある程度は想定していた。
問題だったのは、彼女が持っていた属性の色だった。
この世界には属性に基本的に対応している色があった。炎であれば赤や紅色、氷であれば青や水色、雷であれば黄色などがそうである。しかし、ルナが石版で示したのは、蒼い炎であった。
特殊な色は、使いこなす方法を教えられるものがほとんどいない。帝国領内において、彼女の先達と言えるのは、全ての属性と色を巧みに扱いこなす“サイハテ”の魔女と、陛下よりルナとの接触の仲介を厳命されたリカの二人だけであろうか。
竜里の屋敷から状況の整理のため、元帥府にある地震の執務室へと戻っていたカゲトは、ルナが自身のことを語ることを拒んだこと以上に、それについて頭を悩ませていた。
「閣下、只今戻りました……彼女のことについて、首尾はどうでしょうか」
「……あぁ、マリか。お疲れ様。リカの方はどうだ?」
「やはり、ただの頼み事では乗り気にならないようで……閣下の方こそ、どうしました? 随分と上の空のご様子でいらしたようですが」
「いやな……この石版がな。ルナに触ってもらった結果がこれでな」
マリはカゲトから差し出された、炎のような紋章が青く光る石版を見て、全てを察した。
「私が分かる限りでは……師匠、もしくは魔術本部にいる最高位の魔術師様たち以外では、どうすることもできなさそう、ですね」
「魔術導師様に伺いを立てて、サイハテ様の元へ行くのもありだが……」
カゲトもマリも魔術導師や魔術本部へのあてを考え、暫し沈黙が訪れる。考え込んでもなかなか見つからないものだったが、カゲトは別件を思い出す。
「……なら、魔術に関するルナへの教育も、リカに任せれば良いだろう。そもそも、リカには陛下からも必ず接触させてくれと厳命されている以上、彼女にルナを任せたほうがいい」
「……確実に、嫌がりますよ」
「リカが仮に条件を出したとして、よほどのことでも無い限り、それは俺の責任で呑む。多少の無理を言われたとしても、魔術本部や陸軍の魔術科のためになるとなれば、誰も無下にできないさ」
自信満々そうに言うカゲトを尻目に、マリはため息をつく。
「はぁ……手紙だけで頼み込むのも、私はどうかと思いますがね」
「この件は俺に全権を与えていただいている以上、彼女には、どうにか動いてもらわんと困るのだよ」
「まあ、閣下はそうなんでしょうが、師匠への橋渡しをしている私の身にもなってくださいよね」
呆れた顔をするマリだが、カゲトはすらすらと手紙を書き始める。すぐに書き終えて手渡されたその手紙は、彼女――リカにむけてのものだった。
「今回の、ルナの件はあいつ以来の話でもある。そう強情にもなれまいよ」
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