5_決意と聴取
2025.9.28 改題・改稿しました。
気が付けば、朝になっていた。
決して彼女――晴香さんの忠告を無視したかった訳ではなく、かといって全く眠気がなかった訳でもない。
この世界で目が覚めてから僅か一日。この状況を全て理解しろ、というのがそもそも酷であると私は感じていた。
それに、今日は今回の件に関して、事情聴取をすることを晴香さんから事前に通達されていた。
何も分かっていないこの状況での事情聴取に関しても戸惑いがあり、どうすればいいか悩んでいたら……気がつけばこの時間帯であった。
私自身、元々周囲への猜疑心の強い方だと思っている。
だが、今回はそれとは別の問題だった。自分が思い出した、本当のことを話したとして、一体誰が信じてくれるのだろうか……ということを考えるばかりだった。
隣の部屋へ向かう為に、寝床から起き上がると、まるで朝が来たことを示すかのように、部屋の引き戸が大きく開かれた。
「ルナ、おはよ! ……やっぱりと思ったけど、寝てない?」
「……あ、はい」
「今日、長時間になるけど、大丈夫?」
「多少、なら、問題ないので……」
おおよそごまかせているとは思えないが、晴香さんは私の言葉を聞いて、少し思案する。
「大丈夫なら良いけど……ご飯、持ってきてもらうね」
晴香さんは私を向かいの部屋へ引っ張っていく。部屋の引き戸を開ければ、既にほとんどの配膳がされており、ゆっくりと軽い朝食を摂りはじめる。
麦飯を中心とした食事を摂り終え、与えられた自室へ戻ろうとした頃、部屋を事前に知っていたのか、カゲトが隣の部屋で待っていた。
「ハル、ルナの調子はどうだ?」
「寝てないみたいだけど、本人曰く問題ないみたい。睡眠も多少なら大丈夫だって」
「そうか……判った。ルナは後からでも構わん」
「……何?」
「執務室に来てくれ。ハル、案内は任せた」
「お前様はもう行くのかい?」
「まだ片付いていないことは色々あるからな……陛下からも、色々と言われていることもある」
カゲトはその言葉を最後にこの部屋を後にした。その表情は、若干だが恐く見えた。
恐らく、彼がこの国の皇帝から言われたことの中に、私のことが絡んでいるのは間違いないだろう。
「どうする? 少し後にする?」
「……もう少しだけ、考えさせてください」
「分かった。隣の部屋で待ってるね」
そう言うと晴香さんも部屋から出て行き、私だけがこの部屋に座り込む。
どうしてこの部屋が割り当てられたのか。どうしてあの滝の傍に居たのか。そもそも、どうして私はこの世界に、どうやって来たのだろうか。
……分からないことは多い。だけど、それは、今考えていてもどうしようもないことだと思った。
******
三十分ほど考え込んで、どういうことを話すのか、については、何も出てこなかった。だが、自分の中を少し整理することで、心の準備はできた……と思う。
部屋を出ると、外では晴香さんがずっと待っていてくれており、その案内に従って一緒に向かった。
カゲトが待っていると言った、執務室と呼ばれている部屋に着くと、晴香さんはすぐに用事があるからということで出ていってしまった。彼女が少しは助け船になるかもと思っていたからか、少し気持ちが沈んでしまう。
暗い顔をしていたことを気にしたのだろうか、カゲトが大丈夫か? と声を掛けてくる。そして彼はそれに次いで目の前にあるソファを指しながら伝えた。
「ルナ、座ってくれ。ほとんど寝てないのだろう? 多少疲れも残っているだろう……少しリラックスするいい」
他に座れるような場所もないため、その言葉に甘えて、座らさせてもらう。
すると、クッションの柔らかさが故なのか、身体が変に沈み込んでしまいそうになる。カゲトはそれを見て軽く吹き出していた。
「はは……そうなると思ったよ。前にもここに座った人がいるけども、何人も同じような状態になっていたよ」
なんとかちゃんと座れるような態勢になると、カゲトにはぐらかされそうな様に思えた。その前に、今日、ここに呼び出した真意を聞いてみることにした。
「……カゲト、一体何が聞きたいの? 私のことは、軍医さんに、ある程度は先に伝えたと思う、けど」
少し、反応が遅れながらも彼は言う。
「何が……と、君に聞かれると、俺も、何を聞くかについては、一つに絞るのは難しい。困るな……君には謎が多すぎる。
とはいえ、それ自体は、前回の彼女の時とも然程も変わらんか……まあいい。聞きたいことは、君個人のことを含めても山ほどある。
……まず、なぜ君はあの場所で倒れていたんだ?」
「……そんなこと、知らないよ。私がむしろ知りたい。気付いたら……あそこで倒れてた、から」
「つまり、何も分からないと。では、それ以前の記憶はあるか?
……例えば、どこにいたか、とか」
「少しは、戻った……と、思う。けど……ここではない、と思う。近いけど、もっと違う世界だった、としか分からない」
大体の記憶は戻っているとはいえ、この数日だけが、自分の中からすっぽりと抜け落ちている感覚がある。
恐らくだが、きっとその中に、この世界へと来た理由があるのかもしれない。
「ならば……君の生まれはそこであって、この世界とは違う、別の世界である、というのか」
その言葉に対して、私は軽く頷く。
カゲトが言う、別の世界であることは、おおよそ確かだと思っていた。それを聞いてゆっくりと記憶を辿ってみると、一つの事実に気付く。
だが、それを伝えようとできずにいると、カゲトは推論を語り出していた。
「少なくとも帝国内の記録には、君のことについて探れるようなものは無かった。
それを考えれば、君がいくら、記憶が完全に戻ってないとはいえ、それ自体に嘘はないのだと思うが……。
だが、そうなれば、君はどうやって此処に来たのだろうか? 君の記憶が一部だけ戻ってないかも知れないが、全く覚えていないことはあるまい」
「……貴方に言っても分からないと思う。それに、私もその話はしたくない」
急な拒否の反応には、カゲトに何故かと問いただされる。けれども、自分の意思で、その言葉を伝える。
「今更、思い出したくないし……私は死にたかった、そう、だと思う。だから……こうなった。そうなのだと思う」
自分が選んでいた、とは言い難い。だが、常に私の傍にあった感情の中にはそういったものもあった。
「……何故、簡単に死を選べる」
カゲトが急に怒気を含んだ声を上げる。私はそれをひどく恐く感じた。
「……ごめんなさい。でも、貴方には関係ない。
これは、私の問題であって、それを貴方が分かろうとする必要は無い。
それに、こんなに良い環境で過ごしていられる貴方には、私の気持ちなど分かる筈もない。
……恐らくだけど、この世界には、私が関わり合える中で、この気持ちを分かり合える人間は、片手で数えられるほどもいるか分からないから」
カゲトは、私が、明確な拒否反応を示したことに驚いていた。呆気にとられたのもあって、彼からは怒気、あるいは殺気ともとれるような気配も消えていた。
「そうか……それは、それは。そこまで拒まれるのであれば仕方ない。話を変えよう。ルナは、名字は覚えているか?」
「……覚えていない、です。記号としか捉えていなかったので……この質問、本当に必要あります?」
実際に、自分が名字をただの記号とは捉えていたことはないが、この世界では、元の名字など必要ないことだろう。
それに、思い出したから、覚えてはいるが、あまり言葉にしたいと思わない。
「まあ、この世界で生きていく上で、かつての名字が必要かと言えば、そうではない。
……だが、身元が確定していた方がいいのは確かだろう? それに、この先のこともある」
この先のこと。それ自体、私は何一つ考えていなかった。この世界に来て、当てもなく彷徨い続けるのか。
一方で、彼らは私を何かに使いたいのだろうか……私は彼らが自分を利用する価値は分からない。
だが、自由を奪われることは嫌だった。
「……ごめんなさい。仮に覚えていたとしても、私は教えたくない」
「そうか……そこまで言うのであれば仕方ないな」
粘られるかと思ったが、呆気なく、カゲトは降参したかのように両手を挙げた。
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