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転移少女は果てへと至るか  作者: 雰音 憂李
ⅰ 目覚めた世界、此処は何処
5/23

5_聴取と石版

2025.8.28 一部表現を修正・追加しました。

 気が付けば、朝になっていた。

 決して彼女――晴香さんの忠告を無視したかった訳ではなく、かといって全く眠気がなかった訳でもない。この世界で目が覚めてから僅か一日。この状況を全て理解しろというのがそもそも酷である……というのが自分の感覚であった。


 この状況に戸惑い、どうすればいいか悩んでいたら……気がつけばこの時間帯であった。

 それに、今日は事情聴取をすると事前に通達されていたのもあった。私自身、元々周囲への猜疑心(さいぎしん)の強い方だと思っている。だが、今回はそれとは別の問題だった。

 本当のことを話して、一体誰が信じてくれるのだろうか……ということを考えるばかりだった。


 隣の部屋へ向かう為に、寝床から起き上がると、まるで朝が来たことを示すかのように、部屋の引き戸が大きく開かれた。

「ルナ、おはよ! ……やっぱりと思ったけど、寝てない?」

「……あ、はい」

「今日、長時間になるけど、大丈夫?」

「多少なら、問題ないので……」

 おおよそごまかせているとは思えないが、晴香さんは私の言葉を聞いて、少し思案する。

「大丈夫なら良いけど……ご飯、持ってきてもらうね」

 向かいの部屋へ移ると既に配膳がされており、ゆっくりと軽い朝食を摂る。


 麦飯を中心とした食事を摂り終え、与えられた自室へ戻ろうとした頃、部屋を事前に知っていたのか、カゲトが隣の部屋で待っていた。

「ハル、ルナの調子はどうだ?」

「寝てないみたいだけど、本人曰く問題ないみたい。睡眠も多少なら大丈夫だって」

「そうか……判った。ルナは後からでも構わん」

「何でしょう?」

「執務室に来てくれ。ハル、案内は任せた」

「お前様はもう行くのかい?」

「まだ片付いていないことは色々あるからな……陛下からも色々言われたし」

 そういうカゲトの表情は、若干だが恐く見えた。恐らく、私のことが絡んでいるのは間違いないだろう。彼はその言葉を最後にこの部屋を後にした。


「どうする? 少し後にする?」

「……もう少しだけ考えさせてください」

「分かった。隣で待ってるね」

 そう言うと晴香さんも部屋から出て行き、私だけがこの部屋に残った。

 どうしてこの部屋が割り当てられたのか。どうしてあの滝の傍に居たのか。そもそも、どうして私はこの世界に、どうやって来たのだろうか。

 ……分からないことは多い。だけど、それは、今考えていてもどうしようもないことだと思った。


 ***


 三十分ほど考え込んで、結果的に何も出なかったが、ある意味、心の準備もできた……と思う。

 部屋を出ると、晴香さんがずっと待っていてくれており、すぐに向かった。カゲトが待っていると言った、執務室と呼ばれている部屋に着くと、晴香さんはすぐに用事があるからということで出ていってしまった。彼女が少しは助け船になるかもと思っていたからか、少し気持ちが沈む。


「ルナ、座ってくれ。ほとんど寝てないのだろう? 多少疲れも残っているだろう……少しリラックスするいい」

 カゲトが目の前のソファを指差しながら言う。他に座る場所もないため、その言葉に甘えて座らさせてもらうと、クッションの柔らかさが故なのか、身体が変に沈み込んでしまいそうになる。

「はは……そうなると思ったよ。前にここに座った人も、同じような状態になっていたよ」


「……カゲト、一体何が聞きたいの?」

 なんとなくはぐらかそうとされる前に、聞いてみた。

「何が、と聞かれると、一つに絞るのは難しい。困るな……君には謎が多すぎる。

 とはいえ、それ自体は前回の彼女の時とも然程(さほど)も変わらんか……まあいい。聞きたいことは、君個人のことを含めても山ほどある。

 ……まず、なぜ君はあの場所で倒れていたんだ?」

「……知らないよ、私がむしろ知りたい。気付いたらあそこで倒れてた」

「つまり、何も分からないと。では、それ以前の記憶はあるか?

 ……例えば、どこにいたか、とか」

「少しは、戻った、と、思う。けど……ここではない、もっと違う世界だった、としか分からない」

 大体の記憶は戻っているとはいえ、この数日だけが自分の中からすっぽりと抜け落ちている感覚がある。そこに意味があるのだろうか。

「ならば……君の生まれはそこ、この世界とは違う別の世界である、というのか」

 カゲトが言う、別の世界であることはおおよそ確かだと思う。それを聞いて記憶を辿ってみると、一つの事実に気付く。

「少なくとも帝国内のデータベースには、君の顔は無かった。君がいくら記憶が完全に戻ってないとはいえ、それ自体に嘘はないのだと思うが……」

「……貴方に言っても分からないと思う。それに、私もその話はしたくない」

「なぜ?」

「今更、思い出したくないし……私は死にたかった、そう、だ、と思う。だから……こうなった。そうなのだと思う」

 自分が選んでいた、とは言い難い。が、常に傍にあった感情はそういったものだった。

「……何故、簡単に死を選べる」

 カゲトが急に怒気を含んだ声を上げる。私はそれをひどく恐く感じた。


「……ごめんなさい。でも、貴方には関係ない。

 これは、私の問題であって、それを貴方が分かろうとする必要は無い。

 それに、こんな良い環境で過ごしていられる貴方には、私の気持ちなど分かる筈もない。

 ……恐らくだけど、この世界には、私が関わり合える中で、この気持ちを分かり合える人間は片手で数えられるほどもいるか分からない」


 カゲトは私が急に明確な拒否反応を示したことに驚いていた。呆気にとられたのもあって、彼からは怒気、あるいは殺気ともとれるような気配も消えていた。

「そうか……それは、そこまで拒まれるのであれば仕方ない。話を変えよう。ルナは、名字は覚えているか?」

「……覚えていない、です。記号としか捉えていなかったので……これ、必要あります?」

「この世界で生きていく上で、必要かと言えば、そうではない。

 ……だが、身元が確定していた方がいいのは確かだろう? それに、この先のこともある」


 この先のこと。それ自体、私は何一つ考えていなかった。この世界に来て、当てもなく彷徨い続けるのか。一方で、彼らは私を何かに使いたいのだろうか……私は彼らが自分を利用する価値は分からない。

 だが、自由を奪われることは嫌だった。

「……ごめんなさい。仮に覚えていたとしても、私は教えたくない」


「そうか……そこまで言うのであれば仕方ないな。最後だ。この石版に手を当ててくれ」

 真っ白な石版が差し出される。どういうものか分からないため、眉間にしわが寄る。

「先にこの石版の説明が必要だったな。

 これは、魔術を扱うための力、いわば魔力を持っているかどうかを測るものだ」

「魔力……ですか?」

 魔術や魔力といったものは、かつて私がいた世界では、想像上、空想のものであり、存在していなかったものだった。それが、この世界では実際にあるというのだ。訳が分からないという気持ちもある。


「君が驚くのは分かる。“初例”の彼女も驚いていたからな。

 だが、彼女は魔力を持っていた。しかも、かなり特殊な属性の色をしていた。

 ……彼女の例があるからか、陛下より直接、この石版を下賜(かし)されていてな。帝国は君の存在が明らかになったときに、君も魔力を保持している可能性を考えている」

「……この石版に触れば良いのね?」

「ああ、何も気にすることはない。それに、何か特別なことをする必要があるわけではない。ただ、この石版に手を当ててくれれば良い」


 そう念を押すカゲトの言葉に従い、手を石版に当ててみる。

 すると、石版は青色に輝き、炎のような紋章が石版へ描き出される。これ自体が魔法のような石版を私は不思議と見つめていたが、カゲトは浮かび上がったその色と紋章に驚いていた。


「……なんだこれ。初めて見る紋章の色だ……少なくとも俺は、だが。今までに見たことがない」

「……何よ、それ。私が異常ってこと?」

 カゲトの声は、尚も軽く震えているように見える。

「異常……というより、異様だ。

 誰か、この分野が専門の人間に、いずれは見てもらわなければならないかも知れない。

 だが……決まってしまったな」

「何が?」


 彼はあえて深刻そうな顔をして言う。どうしてそんな顔をするのだろう?

「暫く、この屋敷に居てもらうことが、だ」

「……そう、分かったわ。どうすれば良いの?」

「昨日過ごしてもらった部屋はそのまま使ってもらって構わない。

 俺も、このことについて数日考えたいから、何か思い出せたら、次に話すときに言ってくれれば良い」

「分かった。次、ね。また色々思い出せるだろうから、またお願いします」

「……今ここで言ってくれても良いんだよ?」

「言いたくないことは、言いたくないのよ」

「そうか……ならいい。言えるようになれば、言ってくれ」

 結果として、自分にとって一番知られたくないことは、今は隠し通せた。しかし、次があると半ば明言されてしまったために、恐怖と困惑の感情が私の中で渦巻いていた。

読んでいただき、ありがとうございます。


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