43_勅書と遠征
来た男はリューリ侯爵家……カゲトの従者であった。
彼の使者としてマリ以外が立てられているのは珍しいことだった。マリが非番であったため、彼が代理に立てられたのであろう。
緊急の用事であると察したリカとマリは、少しだけ二人で話すと、マリが彼の応対に向かった。
酒場の奥にいたルナたちや他の『旅団』のメンバーは声こそ聞こえど、その内容までは分からなかったが、マリが血相を変えて戻ってくると、彼らも雑談の声が止まる。
「大将閣下より、伝言と、書簡が。
……勅令により、我等『旅団』を含む全武装ギルドに対し、公国への救援、及び軍事支援を要請とのこと」
彼女の表情から察していたが、彼がわざわざここに来た時点で悪い予感はしていた。しかし、酒場の主であるリカは、平静を保っていた。
「想定外……でもないわね、今回だけは」
帝国陸軍内部の内紛は、リカもマリを通じて聞いていた。
それ故に、リカは何か陸軍内部であったとすれば、そのしわ寄せは武装ギルドにまで来ることを想定してた。
「でも……おかしいわよね。普段は陸軍省だったり、全ギルドを管轄する内務省からの通達なのに。
余程慌てているのかしらね。
……あんまり考えたくはないけど、もしかして、あたしたちだけ、何か仕組まれてたりしない?」
「……その疑念は恐らく、この書簡を見れば、全て解決するかと」
手渡された書簡を紐解き、その署名の欄を見れば、周囲にいたほぼ全ての人間が驚愕していた。
「これ……陛下の、直筆……!?」
震えながらその内容をリカは読んでいく。
すると、とあるところでリカは大きな声を出して驚き、周囲も何事かとより騒ぎ出す。
「……此度の事においては、女男爵殿及び同居する女史二名にも同道をお願い致す……って、ルナとレイにも協力してくれ、ってこと?」
書簡の内容を読み上げたリカの声は、僅かながらに震えていた。考えの纏まらない主をよそに、マリが二人に聞く。
「どうする……? 私たちも行くかどうかは二人に任せるけど」
「「行きます」」
二人の声はシンクロしていた。あまりの即断に、聞いたマリが驚いていた。
「……まあ、二人がそう言うなら構わないけど。とりあえず、明日にでも、マリは可能な限り、ここに全員集合させて」
少しだけ立ち直ったリカが、マリへと指示を出す。だが、マリはこの遠征に不安を口にする。
「ですが……そうなれば、一番の主力である遠征組がいないというのは、どうしましょうか? 数日は戻ってこれないと思いますが」
「そういう連中はどうしようもないし、呼ばなくていいわよ。
元々彼らの依頼元は陸軍省でしょ? 行き先も東部方面の前線にほど近い場所でしょうし……それはまた別よ。
とにかく、明日にはここに集まれる者全員を集合できるようにさせて。……ここにいる皆も協力してあげてね。
詳しいことは、集まってから話すしかないわね」
『旅団』には、試練が訪れようとしてた。
******
翌日、先生とマリさんの号令によって招集されたのは、私やレイに加えて、『旅団』のメンバーのうち十二人の、私たちとあまり変わらないだろう風貌の少年・少女だった。
本来、大規模な遠征の際には、『旅団』の最精鋭たる六人がこれまでは不可欠となっていたが、彼らは生憎直前に東方への遠征を開始したばかりであり、すぐに戻ってこれそうにもなかったのだという。
「……で、今日はここに集まって貰ったわけだけど、どうやら、今回は相当、骨の折れそうな話だわ。
カゲトを介して、勅書が届けられるくらいの、ね。
勅書に曰く、隣国、友邦たるベクシュトレン公国の都、ベネルーシェへと至急、向かって、救援して欲しいとのことだ。
……何か聞きたいことはあるかい?」
彼らがいないことは、マリさん以下『旅団』のメンバーは不安視していたが、先生は仕方の無いことだと、現実の状況に向き合おうとしていた。
先生の言葉にいち早く反応するように、銀髪の青年が手を挙げる。
「何故に、陛下は我等を指名なさったのでございましょうか。
……そして、救援とは、公国はどうなっておりますのでしょうか」
「ギル……そうね。まず、前者の話をしましょうか。
私たちは、陛下に頼られるくらいには、実力があると認識されているのよ。だからこそ、この勅書が届いたんだと思うわ。
それに……あたしは予備役だけど、マリは現役の将校だしね。少しでも融通が利くと思ったんじゃない?」
「わ、私は、カゲト様の副官ではありますが、それ以上に、師匠の弟子ですから。
……だからって、陛下がそれを理由にって訳でも、ないと思いますが……」
二人のやり取りに、違和感がないとまでは言えなかった。
先生は大嘘こそ付いていないものの、何となく分かっていて黙っていることもありそうだと思った。
勿論、このギルド――旅団には、他のギルドに比べて精鋭と呼ばれるような団員は多いという。
しかし、あの皇帝陛下がそれを当てにしたというわけではないだろう。むしろ、他の目的があるようにも感じていた。
先生の言葉は、あくまでこの場で分かりやすくするための一つの方便とも言えるのだろうか。
少なくとも質問者である彼――ギルベルトには、そう言った方が分かりやすいのだろう。
先生はさらに話を続ける。
「何があった……に関しては、簡単な話だね。公国首都ベネルーシェを中心とした地域への魔族の来襲よ。それも、かなりの規模らしいわ」
「そうですか……それで、行かせるんですか? 彼女たちも」
「行かせたくはないわよ」
「行くんですか!? 何も知らない子供が、何も知らない場所に」
ギルベルトが驚いたように、私たちを指して言う。
「ええ……そのために、あたしは彼女たちを教えてたのよ。こういうことがいつ起きてもいいように、ね。
それに、陛下は、今回の遠征について、あたしと彼女たちは必ず参加するように、ということらしい。癪だけどね」
「……いくら、師匠による指導によって多少の積み上げがあれど、二人のような流れ者の魔術師が、戦場で使い物になるかは……」
「ギル、それ以上は……」
慌ててマリさんが制止に入るが、既に先生の眼は冷たくなっていた。
「……言って良いことと、ダメなことくらい、あるわよね? ギル。
忘れてるのかしら? あたしだって元々は流れ者だってこと。
それに、ギルは彼女たちが陛下の御眼鏡に適った理由を、ただの魔力の多寡だと思ってるの?
……違うわよ。彼女たちは、今のところだけど、範囲攻撃が中心になるわ。
仮に今回の遠征が広域殲滅戦ともなれば、範囲火力を高く出しやすい彼女たちこそ、うってつけなのよ。
それに、単純火力だけを見るなら、あたしよりも上かもね……?」
段々と先生の言葉の熱が強まっていき、収まりそうになかった。
半分はお世辞もあるだろうが、それほど先生に評価していて貰えていたのかと、私には謎の安堵感があった。
一頻り私たちの有用性を皆に伝えた後、声を落として先生は言った。
「……本当は、連れて行きたくなんてないわよ。
あたしが初めて教えた子の一人に、地獄を見せに連れて行くようなものになるんだから」
先生は、喋りながらに涙を見せていた。
私には、先生の言う「地獄」はとんと見当もつかない。だが、おおよそ想像したいものではないのだろうと思っていた。
私たちのことを思ってなのか、ずっと先生は泣き止まない。
そんな先生を見てマリさんが代わりに音頭を取って、遠征班など色々なことを決めていく。
明日の正午に出発することが決まった頃には、日も傾き始めていた。
先生も立ち直り、今回の遠征の注意事項などを説明し終えると、後は各自準備の時間として、一旦解散となった。
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