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転移少女は果てへと至るか  作者: 雰音 憂李
ⅳ 静かなひととき、されど

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39_辞令と転任

 ルナとレイがリカの座学を受け始めた頃、カゲトは対策部の部屋で、季節外れの辞令に接していた。


「俺が? ……こんな昇進から一ヵ月も経たないような時期に転出、ですか?」

「……どうやら、そういうことらしい。

 管理責任を問われて俺は軍事参議官に転任、問題を起こした奴……先の第四師団長が予備役入り。

 その上、東北方面軍団は綱紀粛正が必要とされて、軍団長と師団長が、一年間だけだと思うが、兼任となる異常事態。

 その上で、お前のことも配慮が必要だと思ったんだろう。

 ……要は、お前が、陛下から信頼されているということだ」


 辞令を持ち込んできた、先任大将である竜野信次陸軍大将は、がははと笑いながらカゲトの質問に答えてくれていた。

 カゲトには腑に落ちないことが多々あったが、とりあえず置いておいた。


「ここじゃ他の連中に迷惑だろう? 俺の執務室に来い」

「もうあるのか?」

「専用の執務室はないが……まだ内示だからな。

 東北方面軍団の使用できる執務室があるんだよ。といっても、俺も初めて行くが」

 はあ、とため息をつきながら、カゲトは彼に着いていった。


 多少埃っぽい部屋へと入り、二人は椅子へと座る。

「……で、信次閣下はどうされるのです? 此度は軍事参議官への内示が出た、ということではないのでしょうか?」


「俺か? ……俺は、そうだな、軍事参議官として暫くは留まれるだろう。

 だが、その後にまたどこかの役職が貰えるか、はたまた退役して爺様の後を継ぐか……どちらか、だろうな」

 そう語る信次の声は、どこか寂しげだった。

 信次の言う爺様とは、竜野公爵家当主である基吉翁のことであり、八十を超えた男の後継として公爵の地位を譲られる可能性があった。


「そう言ったって、そろそろ、お前も退役した後を考えた方がいいかもよ?

 俺だって、こうなるまでは気にしたこともなかったからな。

 お前なら元帥だって見えるだろうが、人事も一寸先は闇だし、どうなりうることも想定できるだろう?

 ……まあ、カゲトは陛下の義弟だし……外交使節だったり、侍従官長に移った安達海軍大将閣下のように、宮廷に入ることもあり得るかも知れんなあ」


 二人以外誰もいないとは言え、軍人が軽々に幼名(ようみょう)を呼び捨てることをしないでくれ、と言いたくなるのをカゲトはどうにか抑える。

「……とはいえ、今の君のままなら、元帥が一番早いだろうね」


 元帥。帝国陸海軍の最上位にして、将官の中でも特別な地位。

 カゲトは信次から言われるまで、それを意識していなかった……しているはずもなかった。


「俺が……元帥、に?」

「そもそも、お前は僅か四十で、俺は五十二で、それぞれ大将に昇進した。

 当然、年次は違うし、昇進した状況下も違う。それでも、お前は一握りの人間なんだよ。

 ……お前は、帝国の星たり得る人間であると、見做されてるのさ」


 カゲトは新品少尉として任官して早二十年。

 その間に度重なる軍紀違反を犯しても尚、帝国からの評価として、そう考えられていることに、カゲトは違和感すら覚えていた。


「俺が、帝国の星……ですか」

「ああ、間違いなくな。

 お前が帝国にどれだけ迷惑をかけようと、帝国の中での価値基準は、結果が全てだ。それ自体は間違いない。

 もし仮にそれを……帝国への不義理を、例え考慮したとしても、君は上に立つべき人だ。竜里景直大将閣下」


 改めて、この時期の異例の転任を考えてみるが、どう考えても帝国がカゲトをどうにか引き立てようとしているように見える。

 それが、まるで国家の意思であるかのように。


 明日には、侍従官長から参内せよと、呼び出しがかかるだろう。

 それ故に、これ以上は……無茶な行動は、できない……いえ、許されないと考えるべきだろう。


 ******


 翌日、やはりと言うべきか、カゲトは参内の命を受け、帝国の中枢たる宮城へと向かった。

 出迎えに来たのは、やはり陛下の即位より侍従官長を務めるあの男であった。


「……相変わらず、か。貴様が出迎えてくれるとは」

「私も、叶うならばカゲトなんかを相手にしていたくはないですね。そんな暇があれば、もう少し有意義なことをしたいと思いますが……」

「信綱……貴様が陛下の弟たれども、陛下のことを軽んじるは罷り成らんと思うが」


 本来の陛下……凛とした仮面の裏にある激情を知るカゲトは、同じ面をより深く知っているはずの弟に対して忠告するが、彼は一切気にしなかった。


「私が、陛下を、軽々に? あり得るはずがないでしょう。もしそんなことをしようものなら、帝国が割れかねますから。

 そして、その対象は……恐らくはカゲトをも対象になっているでしょう。

 わざわざ嫌いだと、不仲だと陛下すらも知っておられように。それでもカゲトの参内には私を宛がう……つまりは、そういうことです。

 陛下がお前を皇族に准ずると考えられております以上、手厚く迎えるべきである、と考えておられますから」


「ちょっと待て。俺が、いつ皇族に准ずると?」

 カゲトの疑問は至極当然なものだった。

 カゲトの生家――竜里公爵家は、度々皇帝家より養子を迎えているが、公爵家分立からは百年を超えており、帝国内には皇族に準ずるものと彼らを解釈することは基本的にあり得なかったからだ。


「……これは陛下の御心を探るような真似になるため、私には、計りかねますが。

 恐らくは……姉上が、お前の下に、竜里公爵家に嫁したときから、そのように遇することを決めていたと拝察致します。

 その後に、リューリ侯爵家としてわざと公爵家から分立させるとは誰も考えなかったでしょうが。

 ……それに、お前はそう遇されるだけの功績を立てている。

 陛下への忖度がないとは言えないが、お前の昇進が、尋常な昇進でないことがその証左であろう」


 信綱の言うことも、尤もなことだった。

 例え優秀な軍人であろうと、余程の特例でもない限り、少佐へ昇進した以降は、二年或いは三年ほどでの昇進がほとんどであった。

 現にカゲトの同期は皆、昇進が早くて中将、昇進が滞れば未だに大佐にも昇進できず、中佐に留まっている者もいた。

 此度の辞令は、カゲト――竜里景直という男が、帝国にとってどれほどに特別視されてきたか、それが嫌というほど分かりやすいものになっていた。


「……それは、俺が一番理解しているつもりだ。でも、どうしてだ? この人事は」


「それを、海軍大将たる私に聞くか? もしそれを聞きたいのならば、陛下に直接聞くと良い。

 ……今回の人事だけは、陸軍主導の人事ではなく、陛下主導の人事だからな」


 カゲトはそれを聞いて、目を見開く。陛下が人事大権を行使することは、即位直後以来のことだった。

 前回はただの気まぐれだっただろうが、今回のことは、そんな理由で異動させたように見えなかった。


 その真意を聞くために、陛下の下へと向かう。

読んでいただき、ありがとうございます。


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