38_リカの真意
その夜、またもやレイが私の部屋を訪れていた。
「で、どうすんだよ、あれ。先生、すっごく愉しそうに笑ってたけど……何か、対策でもないのか?」
「あるわけないでしょ、そんなもの」
はあ!? とレイの声は裏返ったようになるが、事実として、ああなった先生への対策なんて、あるはずもなかった。
「だったら……だったら、どうすんだよ!
白兵戦って、ただの手合わせだからって、いくら手加減してくれたりしても、死ぬ可能性があるんだろ?
最悪のことなんか、想像したくねえよ……俺は嫌だよ、そんなの」
「多分、それは……大丈夫だよ」
「どこにそんな保証があるんだよ!」
尚もレイは語気を強めるが、私は淡々と返す。
「ここは、帝国の都よ。都の中で、たかが訓練で人が死ぬだなんて……誰も起こしたくないでしょ。
それに、もし仮に、そんなことが起きようものなら……起きてしまったなら、風聞に響くでしょうし。
先生以下、この屋敷やあの酒場に居着く人間は全員、ここを追放されてしまうでしょうし……余程のことでもない限り、大丈夫だよ」
この世界に慣れ始めている私は、比較的楽観気味に考えていたが、まだ慣れない部分が多いレイは、どこか弱気にも見えた。
これは、自分の身体を持ったことも一つの理由なのだろうか。
そもそも、この前の私との戦いがまぐれに過ぎないとでも考えているのだろうか。
「でもさ、いつやるんだよ……それ」
「すぐに……では、ないと思うわ。私たちも、最低限度は魔術とか魔法のことを覚えないと、簡単にやられちゃうと思う。だから少しでも覚えないとね。
……授業自体は、多分、明日からと思うから、もう寝なよ」
「……ルゥは、俺が表に出てたときから、寝れないことは知ってるくせに」
「そんなこと言ったって、もう、蝋燭も落ちるよ。
昔……向こうの世界みたいに、蛍光灯がずっと点いてるわけじゃないし、向こうよりは……多分、寝やすいよ。
もし寝不足だからって勉強中に寝落ちして、先生に雷落とされても知らないからね」
何となく腑に落ちたのか、私の言葉に何も返すことなくレイは仮に与えられた自分の部屋へと戻っていった。
周囲は月光が差すのに加えて、蝋燭の朱い火が僅かに輝くのみ。
さて、私もどうしようかと少しだけ思案している内に、眠りに落ちていた。
後から思えば、限界だったのだろう。気付けば、朝と呼べそうな時間はとうに過ぎていて、陽の高く昇った昼になっていた。
結局、母屋でレイと一緒に遅い朝食を取っていると、ひょっこりと現れた先生から、寝起きが悪いと呆れられる。
それと同時に、食べ終わったら酒場へ来いと、呼び出された。
「今日から……ですか?」
「ええ。もう……時間もなさそうだし」
私からすれば、まだ時間は無限に近いほど残っていると思うのだが、先生がどうしてわざとそう言ったのかが気になってしまう。
先生は酒場で待ってるから、とだけ言い残し、母屋から去って行った。
******
私たちは急いで食事を済ませると、足早に向かいにある酒場へと向かった。着くと先生が珍しく待ち構えていた。
「ほんと、この寝坊助どもが……もう昼だってのに。寝れてないのかい?」
先生から愚痴を頂戴するが、最早これは昔からのお約束に近い。
中学の時から特に朝が弱く、授業もまともに出れていない私たちを、先生が叱りつけるのが日常茶飯事だった。
私も、レイも、あまりにも朝が弱いからと、だいぶ前に私と統合した『ソラ』が、私たちと比較してまだ朝が強いから、私たちの代わりに朝を担当していたなあ……なんてことも思い出す。
「今回呼んだのはね……一つは、とりあえず『旅団』の連中に自己紹介させたかったのよ、お互いにね。
あの子達は……あたしやマリから多少、話をしていたりするから、ルナのことは知ってるけどさ。
レイのことはほとんど知らないしね。それに、ルナも、レイも、あの子達のことはほとんど知らないでしょ?
……そろそろ呼んできてくれない?」
先生は傍らにいた酒場のスタッフにそう伝えると、スタッフは近くにあったドアを開けてその人たちを呼びに行く。
すると十人前後の男女が私たちの目の前にぞろぞろと現れる。
この酒場で見たことがある人もいれば、見たこともない人もいる。
それ以前に『旅団』とはどんなものなのだろうかと思ったが、それを考える間もなく、彼らは喋り始める。
彼らは一人ずつ、一通りの自己紹介をしていたが……私の頭には全く入ってこなかった。
「おい、ルナ……大丈夫か?」
「ルナ……ルナ!? 大丈夫!?
……相変わらずね。情報過多になると正常じゃなくなるのは」
私が呆けていることを先生とレイに気付かれ、軽く小突かれる。
「また、ルナの悪いとこだけど……まあいいや。
ルナも立ち直ったし、それじゃ次の話。授業……始めよっか。
とは言っても、まずはレイの為に、座学からなんだけどね」
からからと笑いながら言う先生だが、私たちにとって、ここからはある意味地獄とも言えるだろう。
「師匠! どれくらいかかりそうですか? 私たちも、市中や師団からの依頼がまだ残っているので、できればそちらを優先したいのですが……」
「そうねえ……なら、今日はいいわよ。今日中に教えられる量じゃなさそうだし。二人の相手をしてもらうのは、まだまだ後になるだろうから」
「分かりました。それでは、狩り、行ってきますね」
代表して一人の少年がそう言うと、彼らは各々の行くべき方向へと散り散りになっていった。
「それじゃ、あっちの黒板で……始めましょうか」
先生が指を差した方向へと私たちは誘導され、酒場の中に何枚かある黒板の一つが見える位置に、できるだけ前の方へと座らされる。
……どうも学校っぽくて嫌になるが、それを先生に言ってしまえばどうなるか分かったものではないので、言わないでおく。
「うへえ……今更、座学?」
「魔術の基礎にも座学は必要なの。ルナはともかく、レイはやったことないことでしょ? 魔術の話は」
「そうだけどさあ……俺だって、扱えてた、だろ? 魔法は。それだけじゃダメなのかよ?」
私たちの中でも一番勉強嫌いだったレイは先生に反抗するが、先生はレイの表情を見ることなく、私たち二人に座学の理由を説明し始める。
「本来ね、魔術はきちんとした指導がないと扱いきれないのよ。魔法なんて、以ての外。
それに、魔術と魔法は、扱うものは一緒でも全く違うものだし、魔法ほど人間にとって不確実で、扱いにくいものなんてないのよ。
……まず、レイのあれはどう見ても暴走だよ。どうやって使ってたかすら覚えてないくせに。ルナも暴走してたようなものだから、ねえ?
……二人とも落第ものだよ、今のままじゃ。あのときのことは、あたしもこっぴどく怒られてんのさ」
レイを叱っていたはずが、私にまで飛び火してきた。
あのときのこと……恐らくは、この前の、私がレイと戦ったときのこと、だろうか。
カゲトも……カゲトが、あれは仕方ないことだと言っていたくせに、わざとあのことを挙げてどうにかしろ、なんて言っているなら……私には狂ったとしか思えない。
それはそうと、私は一つだけ、気になっていたことがあった。
「……じゃあ先生、もう一つだけ聞いていいでしょうか?」
「何?」
「白兵戦の対策をするのは、どうして?」
ただそれを聞きたかっただけだが、酒場は凍ったように静まる。
先生は少しだけ苦い顔をしながら考え、数秒の後にその理由を答えてくれた。
「この世界は、向こうとは全然違う。残念ながら、全く平穏ではない。
野宿をしようものなら山賊や夜盗に気を付けなければいけないし、獣も向こうと比べて、幾分か狂暴で。
……はっきり言って、都市の外はどこも危険だからよ。だから、ルナとレイが、二人で旅をするって、改めて言ってくれたときから……ずっと考えてたのよ。
確かに世界を知るには、まずこの国……帝国を巡ることが一番だとは思った。でも、本当にやるとは、思ってなかったよ。
この引きこもりが、そんな大それたこと……するわけないと思ってたよ、あたしはね」
確かに、今でも不思議には思う。どうして決めたのか、今の私にはわからない。
「……なら、なんで言ったの?」
「この世界は、向こうと違って、情報がないから、よ」
私たちから顔を背けながら、リカは伝えていた。
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