4_参内と根回し
2025.9.28 改稿しました。
ルナを晴香に預けたカゲトは、その足で帝国の心臓とも呼べる場所へ赴いた。
宮中は“これ”をどのように聞くだろうか。そもそも、俺の文書を通じて、元帥府から陸軍省へもこの話は伝わっているのだろうか。
今回の手続きは元帥府を通したルートであったが、そもそも元帥府へ列せられることになったのは今回の辞令であり、実際には未だ発効していないものだ。
しかし、元帥府入りが決まっている時点で、このやり方は問題ないはずだと信じて、まず、皇帝の最側近たる侍従官長の元へ向かった。
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侍従官府の長官室に着けば、皇帝陛下とさほど変わらぬ顔の男がいた。
「……陛下は“あれ”があった四年前より、変わられた。随分と弱くなられた。その原因は……貴様にもある」
「だから陛下への面会は後にしろと? 随分とひどい物言いだな……四年前と同じような者、二例目が発見された。
そのことを陛下へ奏上するために来たというのに、弟君様は帰れというのか」
年上ではあるが、彼の姉が俺の妻である以上、彼は義弟に当たるため、弟君様と呼んでいる。
しかし、目の前にいる弟君様は俺のことが随分と嫌いだ。それが故に、随分ときつい言葉を俺に使う。
「……そもそも、何時だと思っておるのか。件の内容は、元帥府より寄越されてはおるが……夜も更けきった頃合いに参内とは。
深夜の参内……陛下との面会が難しいことは、とうの昔に知っていよう」
「そう言うなら、むしろ褒めてくれよ。僅か二日であの距離を帰って来ること自体、無茶ではあるんだから」
「……まあいい。このような時間に、決して急な参内がなかったわけではない。ここで待ってろ」
「……弟君様であれば、必ずではないのか」
「当たり前であろう。俺と兄上は全く違う、別の人間だ」
「……分かったよ、弟君様」
四角四面なその姿に半ば呆れつつも、弟君様もとい、侍従官長海軍大将・安達信綱に許可が下りるのを待つ。
「それはそうと、貴様は陛下に会おうというのに、何故、平服姿なのだ」
「……あ」
「今より宮内に許可を取ってくる。その間に、貴様は屋敷にでも戻って大礼服に着替えてこい」
どうやら、今回の件が重大であるが故に、随分と慌てすぎていたらしい。
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屋敷――晴香やルナのいる城下の屋敷ではなく、城内にある竜里家の上屋敷にて着替えを済ませた俺は、宮内より許可が取れたことを確認し、陛下の元へ向かう。
「陛下、このような時分となり、大変申し訳ありません。元帥府附軍事参議官、前第五師団長陸軍大将、竜里景直にございます」
「して、この時間に何用だ? カゲトよ」
このような時間の来客にもかかわらず、宮中の主は、あくまで柔和な対応をする。
「転移者を……“二例目”を、保護いたしました」
「……また、カゲトの傍に、か。では、どうするつもりであるか」
「本件、全て、この景直の差配に、任せていただきたいと存じます」
「で、あるか。……本来は参議官の会議や省議へ諮るべきだが、許す」
「陛下!? 景直では余りにも分不相応ではありませんか」
また弟君様は余計なことを、と思うが、既に許可をうけた以上は変わることがない。
「弟君様、陛下が許すというのに、何を」
「ただし、条件を付ける。先の件の者……碧氷の魔術師と、此度の件の者を、必ず引き合わせよ」
「は……?」
陛下からの提案に、思わず俺は変な声を上げる。
碧氷の魔術師――Rica・Ann=Riese・Eineと、ルナを引き合わせる?
一体、陛下に、何の思惑があるのだろうか。何か陛下は気付かれているのだろうか。
「思うに、何かあると思うのだ。夢枕に見たわけではないがな。もしかすれば、碧氷の魔術師は此度の件に、どこかで関わってくるのではないか」
「「はあ」」
普段は全く合わないはずの俺と弟君様の声が重なる。
「と、とにかく、此度の件、承知いたしました」
「……先の件があるでな、魔力の石版は使え。もし魔術を使えるのであれば、何としても手の内に収めておく必要がある……それに」
「それに?」
「かの“サイハテ”も、予言がある、からな」
「……承知いたしました。失礼致します」
願わくば、俺が彼女たちを平和な世で、平民として、平穏に暮らさせようとしていたことに、陛下が気付かれていたのかは分からない。
ただ、“サイハテ”の予言があるということを俺に言い含めることには、気にかかった。
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陛下への拝謁を終え、向かったのは元帥府だった。
未だ専用の執務室は設けられていない。しかし必要な作業が増えたが故に、城内の屋敷へと戻らずに来ていた。
今回の、梅州はアルヴェイで起こったルナの件は、“前回の件”のこともあり、受け入れられるのは早かった。
元帥府入りが内定しているため、その庁舎にいること自体が変ではなかったが、時間帯的には日付も変わる頃ということもあり、少し変な目で見られていた、と思う。
元帥府の庁舎一階の広間の中でマリと合流し、一通の手紙を渡す。
「マリ、これを今度リカに会う……家に帰るときに渡してくれ。詳細はまだ話せないが、陛下からも御墨付きを頂いている」
「了解しました……が、師匠は易々と動くことはないでしょうが」
「……分かっているよ。この件、彼女は簡単に関わろうとはしないだろう。
だが……いずれは会ってもらわねば困る。また今度、ルナの調査が終われば、また改めて送るよ」
陛下からの勅命と化した言伝もある。彼女の提示する条件も考慮すれば、難しいことだろうが、必ず果たさねばならないことだろう。
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