37_帰還と再教育
帝国最北端に位置する栄州境町の、北の森での戦いから数日。快復した私たちはすぐに桐都へと戻っていた。
先生の屋敷の前で馬車が止まり、解散になろうという前に、一つだけカゲトから伝えられたことがあった。
曰く、数日の間、私たちだけはこの桐都から出ないように、とのことだった。
どうして? と聞いても、その理由は何一つ言ってくれなかった。
その話を聞いてからかは分からないが、先生は珍しく腕を組んで、何かを考えているようだった。
それ以外のことでは、結局レイは、私たちと一緒に先生の屋敷にいることが決まった。
帰りの道中で私たちの話を色々と聞いたことで、問題なくなったのだろう。
******
先生の屋敷に入り、私の部屋へと戻る。
すると、久々に、一人になったからか、それまでの緊張感が抜けて、安堵感と開放感にあふれ、力が抜けて倒れそうになる。
慌てて布団のある方向へ身体を向け、そのまま倒れ込んだ。
「でも、なんでカゲトは、あんなことを言ったんだろう……?」
ゆっくりと、あの場でカゲトの発した言葉の意味を考えてみる。
レイの場合は、かつての私と同じように、帝国の市民権や在住許可、この世界での名前の取得が必須になるからだと考えていた。
しかし、私までもが出ないようにと言われる理由は、全く分からなかった。
「ルゥ、開けるぞ?」
そう言いながら、金髪を肩にかからない程度まで切り落とした少女――レイが扉を開けて入ってくる。
「……もう開けてんじゃん。どうしたのよ」
「これか? ルナと紛らわしいと言われても困るからな。
俺も、ずっと鬱陶しいと思ってたし、ついでにバッサリ切ったんだよ。
……でもさあ、身体があるってほんと、いいよなあ……」
そう語るレイの顔には、どこか満足感があるというか、わーいわーいとはしゃぐ子供みたいにも見える。
こいつ、こんな奴だったっけ……そう感じさせてしまうほどだった。
「……別に、そんなことを報告しに来た訳じゃないでしょ? どうしたのよ、急に」
「……ああ、そうだ。先生が呼んでたよ。俺とルゥの部屋、どうするか……って。戻ってくる前から話してただろ?」
確かに、そういう話は帰りの道中でずっと話していた。
どうして私まで部屋を変える必要性があるのかは、全く分からないが。
「本当に、この部屋も変えなきゃダメ、かな?」
「……どうしても、俺たちを隣の部屋にしておきたいんだって」
「なら、ここじゃちょっと合わないかあ……居心地、良かったんだけどなあ」
この部屋の両隣は先生の居室と母屋、そしてマリさんの部屋になっていた。
他の部屋に移るのは正直嫌だし、先生は何を考えているのかと思ってしまう。
気は向かないながらも、右隣にある先生の部屋へ向かうと、先生とマリさんが待っていた。
「早かったわね。てっきり、ルナは嫌がって来ないかと思ってたわよ」
「……もう、そんなことしないわよ。子供じゃないもの」
「そう言ったって、ねえ……?」
それでも、先生は疑ってきた。
正直、こればかりは、今までのことも影響しているだろうから仕様がないとは思っているが、子供扱いばかりされるのは嫌だった。
「で、どうすんだよ、先生? 誰の部屋と俺たちの部屋を変えるんだよ」
「……実はね、今日はそういう話をしたいから呼んだんじゃないわ。それ以前に、レイはまだ部屋決めてないでしょ?
むしろ、レイはどこがいいか、先に決めなさいよ。
……したい話はそうじゃないのよ。この前の戦いのこと、覚えてるわよね?」
何を聞かれるのか身構えてしまったが、私たちはシンクロするように頷く。
「……と言っても、俺はあんま覚えてねえけどよ……」
「まあいいわよ。問題はそこじゃないわ。それを見てて、二人にはもう少しだけ勉強して欲しいなあ、と思ったのよ。
二人とも桐都から暫く出られないんだしさ。
魔術もそうだけど、二人とも魔法使ってたしさ、ね?
使い方を覚えるだけじゃないわよ。これから旅をしたいんでしょ?
……だとすれば、自分たちの身を守ることも視野に入れないといけないし、うちの旅団の連中と手合わせして、うまく使えるようにしておいた方がいいわ」
随分と物騒な言葉が並び、レイが突っかかっていく。
「……そんなに危険なのかよ、この世界は」
「そうね……残念なことにね。少なくとも、向こうよりは数倍も、だね。
倫理的な部分もまだ未熟で、世界全体には浸透してないし、関係ないけど科学技術……技術も全然だし。
それに、熊のような害獣だけじゃなく、魔獣が場所によっては出るしね。帝国も全てを守ってくれる存在ではないわ。
状況によっては、見捨てられることもあり得るわ」
この世界の物騒さに、レイは言葉を失っていた。
私も、状況によっては自力救済を求められる世界だとは、流石に思っていなかった。
「ともかく……ルナはまだしも、レイは魔術の基礎すらやってないからね。
一度魔術の基本を、ルナも復習するという意味で、後で教えるわね。
教え終わったら、私の旅団……碧氷の旅団の面々と手合わせになるわ。いいわね?」
先生の言葉に対して、私たちには拒否権は残されていなかった。
先生の表情はあのとき――魔術学院で実戦訓練をすると言ったときと同じような、不敵な笑みを浮かべていた。
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