3_カゲトの屋敷
2025.9.28 改稿しました。
私を助けてくれた部隊は二手に分かれ、部隊のほとんどが駐在元の街へ戻っていった。
一方、私は龍朱帝国の陸軍大将・竜里景直の用意した馬車に乗り込み、この国の首都だと彼が言った、桐都へ向かうことになった。
馬車の中では景直……もといカゲトが、私に対してお堅い呼び方は止めてくれと、隣に座る彼の副官であるマリさんは言伝を頼まれていたのか、再三言っていた。
……どうやら、彼は軍属の人間や従者以外には堅苦しく呼ばれることを嫌っているみたいだった。
馬車に乗り込んですぐは、隣の彼女と、主に私のことを中心に話をしていた。
しかし、暖かい陽光が後ろから馬車に入り込む中で、妙な気怠さが残っていたのだろうか。それとも休息のときに頂いたおにぎりが空腹に効いたのかもしれないが、気付けば眠ってしまっていたようで、次に目が覚めたのは日が傾きはじめた頃だった。
それでも目的地に到着するまでには、まだ数時間かかると言われた。
とうとう太陽が沈みきり、夜空の星々が輝くようになる頃、ようやく桐都の城下にあるカゲトの屋敷に着く。
すると、一人の女性が執事らしき男を伴って門前で待っていた。
「カゲト、長い間の単身赴任お疲れ様。マリもありがとうね。ところで……カゲト、その娘は?」
「……あー、手紙は受け取ってるだろう? その件に関わってる娘だ。現状は、俺の一存でここに連れて来ている。
……梅州の総督に任せるよりも、過去にも同じようなことに遭った俺が預かって置く方がまだましであろう。元帥府にも、とりあえずその場で一筆書いたが……」
「何よ、まだ終わってないの? 根回し」
「そもそも彼女が発見されて、俺がそれを知ったのは昨日の昼だ。むしろ、すぐに保護できたんだから褒めてくれよ。
……とにかく、数日はここで預かることにはなりそうだ。いずれ、陛下よりも話が来るであろう。もしかすれば、あの時のようになるかもしれん」
「そう……まあ、あの時みたいに、この子も逃げだそうとされても困るからね」
半分以上はよく分からないような内容ではあったが、やはりというか、過去にも同じようなことがあったような反応だった。
「あたしは竜里晴香。そこの人……帝国の陸軍大将たる竜里景直が妻にして、帝国を統べる皇帝陛下の実の妹よ。
……ところで、キミの名は?」
「……ルナ、です」
目の前にいる女性が、予想の遥か斜め上の人物と知り軽くおののく。そのためか、若干怯えたような返答になっていた気がする。
「そんなに怯えなくても良いわよ。よろしくね、ルナちゃん!
ところで、ルナちゃんはさ……」
「ハル、いつまでここでお喋りしている気だ? そろそろ中に入ったらどうだ」
夜空の元で喋り続けようとする晴香さんをカゲトが制止する。久々に自らの住む屋敷へ、旦那が帰ってきたことがそんなに嬉しいのだろうか。
それとも、私という目新しい客人が来たことで興奮しているのだろうか。
「良いじゃん、カゲトも帰ってくるの一年ぶりくらいでしょ?」
「だがなぁ……暗くなる前には入れよ?」
無理矢理話を遮られた彼女は、不満が声色にも出ており、口を尖らせる。
「……分かったわよ。この娘を、あの部屋まで連れていけばいいんでしょ?」
「分かっているなら良いんだよ。俺は今回の件を、本部や元帥府に報告せねばならんから、暫くは任せる」
「りょーかい! お兄ちゃんにもよろしくね!」
「別に、今すぐ陛下の元に向かうわけではないが……」
二人の会話からずっと置いていかれたままであったが、晴香さんはとても面白い人だと思った。門前に見えたときは若干だが圧強めであった態度が、自己紹介したら急に軟化してペラペラと喋り始め、旦那から話が長すぎると咎められると子供みたいに不満を見せる。
そして、家主が留守にするからと何かを任せられたら、まるで当然かのように応えようとする。分かりやすいというか、単純というのか。ともかく、逆立ちしても私にはできないことのように思える。
「では任せた。ハル! ルナのこと、宜しく」
カゲトは晴香さんに後を託すと、待たされていたマリさんなどを伴って、目的地へと向かっていった。晴香さんは遠ざかる馬車に向けて手を振っていた。
「じゃあ、入ろっか。この家、割と広いから迷子にならないように付いてきてね」
私は先導する彼女に引っ張られるような形で、屋敷の中へと連れていかれることになった。
******
屋敷の中に入り、二人で向かった先は、こじんまりとしたシンプルな和室のような座敷部屋であった。尤も、この世界で和室と呼ぶ人間はいないのだろう。
その部屋に入ると、晴香さんの後ろの扉から、先程彼女と一緒に待っていた男とはまた違う、一人の女性の執事らしき人が入ってきた。
「それでは、改めて自己紹介すると、私は竜里晴香。貴女を見つけたカゲトの妻にして、皇帝陛下の実の妹よ。
……久々に外からのお客さんだったから、外では思わずはしゃいじゃった。ごめんね」
「いえ……大丈夫です。ところで、私はどうすれば良いの?」
「ああ、ルナちゃんは、今日は……今日だけになるかは分からないけど、この部屋で寝泊まりしてもらうことになるわ。
この娘はすぐ隣の部屋に居るようにしているから、何かあったら呼んでね」
隣にいた一人の女性を指してそう言われた。暫くはここで過ごすのだろうか、と考えていると、晴香さんから一つだけ忠告を受ける。
「……あと、無闇に外へ出ないでね?」
「……何で、ですか?」
元々何も分からない状態でどこかに出て行くつもりはなかった。だが、わざわざそれを伝えてくるということは、何か意味があるのだろうか。
「前提として、夜は何が起きるか分からないわ。
その上で、現状の話だけど、貴女には帝国の……この国の戸籍がないわ。その状態で外へ勝手に出られて、何かが起きてもこちらとしては困るのが一つ。
もう一つは、前にあったこととも被るんだけど、今、貴女は……カゲトが報告した時点で、帝国における観察及び保護対象なのよ。
要約すると、貴女が、勝手に死なれては、帝国が困るの」
そう語る彼女の声は冷たく感じる。わざわざ隣に人がいる部屋へ配置されたのも、恐らくはそういうことなのだろう。
紹介されていた女性は一礼をしてすぐ自室へと下がっていった。このために待ってくれていたというのもあるのだろう。
「明日は、多分だけど、永いと思うよ。だから、早めに寝た方がいいよ」
「……カゲトもさっき、ここに着く前、それを言ってたけど、私には何も分からない……分かってないのよ。
たかが一夜で思い出せるかも分からない。事情を聞かれたところで……」
「まあまあ、一日しっかりと休めば、何か、少しでも思い出せるかもしれないじゃない。カゲトが相手になるだろうけど、ちゃんとしないとね」
何かしらに関わったことで、事情を聞かれることは過去にも何度かあった。そして、その全てに対して良い思い出がない。数日かかることもあった上、“こう”なった遠因の一つにもなる。
「というわけで、とにかく! ちゃんと寝てね! 明日は朝早くに起こしに来るから」
******
私が過ごすことになった部屋には、大きな姿見が――尤も現代で見るようなものではないが、置いてあった。改めて私の姿を確認してみると、いくつか気になる点を見つけた。
一つは、私の、長く伸びた髪の色だ。私が覚えている限り、長さは全く変わっていないものの、髪の色は、黒から他の色に染めたことはないはずだった。
だが、今見えている髪色は、青……といっても深い青というか、藍色から黒へとグラデーションのかかったものになっていた。
もう一つは、あの陣幕の中でも気になっていたことだが、この服装のことだった。
少なくとも、この、和風のような世界には全く合わないものと言っても間違いないだろう。
どちらも理由は全く分からない。私が買った記憶は無い。何かのゲームで着ていたような衣装にも思える。
そんなことを考えていると、引き戸が開けられ、隣の部屋にいると紹介された女執事さんが入ってきた。
「こちら、明日以降の衣装になります……晴香様は、夕飯の話は何か話されていましたでしょうか」
差し出されたのは、所謂和服の類であった。過去に着たことはあるが、自分自身ではこれをしっかりと着られる自信がない。
「ありがとうございます……夕飯の話は、何も」
「……そうですか。食事の場所は、向かいの部屋になりますから。摂られるのであればそちらへ」
「今日は……多分、要らないので。わざわざありがとうございます」
彼女は用件だけを伝えに来たからか、すぐに帰ろうとする。分からないままでは困ると思い、一つ聞いてみる。
「ねえ、これってどうやって着るの?」
「それは――」
******
「……覚えられましたか? それでは、隣に居りますので、また何かあれば」
なんとか、渡された服の着方を全て教えて貰うと、頭を下げる間もなくそう言って出ていった。
この世界に来て、自分が目を覚ました以降のことを思い返してみる。
正直、今も生きていることに実感がわかない。だが、ある意味良かったのかも知れない。
まだ、結論を出す必要はないだろうが、今はそう感じる。
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