26_急報
2025.11.3 一部表現等追加・修正しました。
たった十五日間の、先生が予定していた全ての講義を終え、私も予定していた授業の聴講を終えていた。
そうして、教官室を引き払おうとしていた頃。
「はあっ……はあ……間に合った」
それぞれの荷物を持って先生の邸宅へと帰ろうとしたところ、マリさんが慌てた様子で教官室の前にやってきた。
「どうしたのよ、そんなに急いて」
「……師匠、それにルナさん。大将閣下……カゲト様より急報で、ここから直接、閣下の下屋敷に直接来て欲しい、とのこと」
「マリ、どうしたのよ。何があったの?」
「……ここだと、少し言いづらいので、馬車に入ってから、説明します」
マリさんが言いづらそうにしているのを見て、私はあることに気付く。
私たちに関わること、かつ、大っぴらには言えないこととなれば、一つしかないだろう。
「……分かりました。行きましょう」
「ルナ? どうしたのよ、急に」
「此処で言っていいのか分からないですけど、多分……レイ、だと思います」
私の発言によって、先生も黙りこくる。少しだけ考えて、先生も決断する。
「そうね……まあ、それ以外もあるかも知れないけど、とりあえずは……行ってみるしかない、か」
後片付けを終え、私たちは慌ただしく学院長に挨拶をして、マリさんと共にカゲトの待つ元へと向かう。
******
馬車へと乗り込んで数分。最初はカゲトの屋敷の方へと向かっていたが、途中で、誰かに呼び止められて方向を変える。
どうやら、急に待ち合わせる場所が変わったみたいだった。
なんでも、カゲトが皇帝陛下に呼びつけられたとのことにより、私たちも、宮殿に程近い、宮城は二ノ丸の中心にある元帥府の庁舎へと向かうことになったという。
「……あの屋敷じゃないの?」
「……とある件で、陛下が随分とお怒りのご様子でね。カゲト様も半ばとばっちりで、元帥府で待機していた所を呼び出されたのよ」
私たちは馬車の中でマリさんの説明を受けていた。
「どうやら貴女に似た少女が、どこかで見つかったらしいのよ……でも、現地の師団がその子……レイ、だっけ?
彼女を保護したのにその報告を怠った上、保護していた施設から脱走されて、しかも追手も振り切って逃げてるのを、昨日、ようやく報告してきたのよ」
「彼、女……? レイは、男、だよ? ……少なくとも『中』では、だけど」
「でも、彼らの言葉を信じれば、だけど……女の子にしか見えないんだって」
あいつは、どうやら少し天に嫌われているらしい。
昔、どこかで無神論者っぽいことを言っていたのが、天の……所謂、神様と呼ばれる者の癇に障ったのだろうか。
そんなことを考えていると、先生がぽつりと呟く。
「……あたしは、神様なんて信じないけど。彼の姿は、ルナを複製すればいい、だなんて思ったんじゃない?」
「えっ!? ……そんなに、違うの? 二人って」
驚いたマリさんは、私に対して当然の疑問を投げかけてくる。どこか根底では同じかも知れないが、基本的な部分では大きく違う。
「ルナはまだ、さ……自分自身の身体だから違和感なんてものは存在しないけど、レイの場合は自分の本来の身体なんてものはない上に、男の子、だったからね。
女の身体に男が……しかも、場合によっては強制的に表に出されて、ルナとして行動しなきゃいけないからね」
「……お互い、若干だけど嫌っている、嫌がっているところはあったし……色々あったことも含めて、レイが私のことを恨んでいてもおかしくはない、と思う。
それに、レイの中での姿は、小さいけど……がっちりしていた、と思うよ。ちゃんと覚えているわけじゃないけど」
先生は外から見た私たちについてのことを教えてくれた。その中に納得できるところはあった。
実際に、あいつの、私への恨み言みたいなものは、度々他の人格や、話のできる知り合いを通じて聞かされていた。
私も、先生の言葉を聞いて、レイに対して、あり得るだろうと思っていたことを吐露し、加えて、あいつの『中』での姿についても零していた。
彼女……もとい彼は実体がない。レイは、私から生まれた、いくつか居た私の人格の一つ“だった”。
『中』でこそ彼の身体はあるものの、表での、自身の身体を持たないことによる精神的な苦痛は、今では彼しか理解のできない感情だろう。
その彼が、突然、私とほとんど同じ身体を器として実体化することになったのだ。
そうともなれば、その怒りの矛先は、私に向いたとしても何らおかしいとは思わない。
仮定だらけだけど、もしそうだとするのならば、あいつが暴走してしまうなら、死んだとしても、私があいつを止めなければならない……そんな気がしていた。
「そう、でしたか……これはカゲト様に報告するような内容じゃないので、気にしませんけど」
私たちの話を聞いても、マリさんは少し冷めたような様子だった。
「……ルナは、何か、気になることはないの?」
「そんなの……あいつの、レイの居場所に決まってるじゃないですか。
本当なら、場所が分かるならすぐに行きたいくらい……でも、それじゃダメなんでしょ? マリさん」
「それはあたしでもダメだって分かるわよ」
「……帝国にとって、不利益になりかねないと思われれば、ダメだと思います」
「なら、ダメ……だね。絶対に」
「ルナは、どうしてそう思うのかしら?」
「私と、あいつは……同じよ。だから、止めようとすれば、相討ちになる」
多分、と付け加えこそすれど、先生は呆れ果て、マリさんは若干引いていた。
「……ルナが、そういうってことは、レイがルナと同じ……あるいは同質の魔力を持っていると、考えているのよね?」
先生の質問に私が頷くと、マリさんは否定的に考えているのか、大袈裟に左手を左右に振る。
「ルナさんは少し考えすぎじゃない?
勿論、貴女のいう多重人格というものは、私たちには分からないし、この世界でそれが分裂して実体を持ったなんてこと自体も、当然ながら初めての事例よ。
言っていることは、分からないことも無いと思うけど、魔力までそうだなんて、実際に見てみないと分かんないでしょ?
下手に考えすぎない方がいいんじゃない?」
「だからこそ……だよ」
私の言葉を補足するように先生が話す。
「むしろ、分からないから、だと思うわ。マリは魔術学院でのルナの有り様を知らないから、そう言うのでしょうけどね……ルナの実力は、思ったよりもずっと上よ。
もし、あの時でも、実力がまだ十全に発揮できていないならば、その潜在能力は、ひょっとするとあたし以上かもね」
マリさんは、私が先生の作り出した防壁――とけないこおり――を、あの場に居た全学生の中で、最初に突破口を示したことを知らない。
結果的に私が気を失ってしまったため、それ以降に実験する機会はなかったが、機会がもう一回あれば破壊していただろう……というのが先生の見解だった。
マリさんは先生の授業のカリキュラムは聞いていたというので、その話と、その後に起こった、私の異常な魔力総量の上昇の話をすれば驚くだろうか。
「あら、もう着くわね」
「ここが……元帥府、でしたっけ?」
妙に私がかしこまったように聞こえたのか、マリさんが軽く笑う。
「そんなにかしこまらなくても、大丈夫よ。此処の職員って、意外と年齢的には貴女に近い子や同じくらいの子もいるからね。
それに、お偉方はそう毎日詰めているわけではないですから」
馬車が止まると、マリさんは少しだけ待ってて下さいね、と言い、馬車から降りて庁舎の方へと駆けだしていった。
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