20_座学と実技
2025.11.17 一部表現等追加・修正しました。
先生の、久々の初回授業は何事もなく終わり、私は先生から教官室の鍵を借りて、先に教官室へと戻ってきていた。
他の教官の方々は、授業の聴講を快諾して頂き、基礎教養的な部分は、知らない事を沢山教えて貰えた。
その一方で、私の課題……これからも直面するであろうことが、はっきりと分かったことがあった。
それは、自分がこの世界について、何も知らないということ……特に魔術に関わることに関しては、特にそう思った。
ここは魔術を専門にこそしているが、基本的には元の世界でいう義務教育みたいな内容を終えてから入学した学生がほとんどであり、魔術師は活躍次第で他国に渡って留学する場合もあるという。
また全てではないものの、意欲がある者は元の世界でいう高等教育……大学並の教育を受けることもあるらしい。
私の場合は必要な教養がはっきりし過ぎていた。だが、それが一番難しかった。
どうしても記憶容量の問題があるからか、基礎的なことはともかく、暫くかかりそうだと思った。
そして、先生の、ここでの初回の授業は……なんというか、予想通りだった。良くも悪くも、何も変わってないと思った。
増えたのは、先生が立てた功績による自慢だろうか。
初回の授業後、先生は多くの学生に包囲され、身動きがとれなくなっていた。恐らく質問攻めに遭っているのだろう。
何を聞きたいのかは分からないが、数回は座学を行うことを宣言していたので、これからもしばらくはああなるのだろう。
私は今日一日の講義を終えて、ゆっくりと内容を整理していたところに、先生は無遠慮に教官室の扉を開けて戻ってきた。
「ルナ、どうだった? この世界の授業は」
先生は開口一番に、授業の感想を求めてきた。ただ、どの授業とは聞かれなかった。
「……まあ、耳だけじゃ無理、ですよね。書く場所がないわけではないので、やっぱり自分のノートが欲しいとは思いました」
「……あるわよ? 前にあたしが、ここで書き取ったものの余りだけど。要る?」
「どれくらい残ってますか? ……自分なりに整理したいので」
そんなことを言っていると、先生は分厚いノートを二冊持ってくる。
元の世界のものと比べて、この世界のノートは随分と大きく、重いように感じる。片方は何も書いていないのだろうか。
「一応、購買に行けば数冊は買えるから、まっさらなものも手に入るけど。その方がいい?」
「……そう、ですね。でも、随分と分厚いですね、これ」
「そうねえ。ページ数は向こうのものと、そんなに変わらないとは思うけど。だから、材質、かな?
……これ、何の紙だと思う?」
先生が出した急な質問に対して、慌てて答えようとするが、これがどんな材質だったのか分からない。
昔、どこかで誰かに教えてもらったような気もするが、どんな材質のものか想像も付かない。
「これはね、向こうでは和紙と呼ばれていたものとほとんど同じものだね。といっても、筆記するものが鉛筆だから、随分と分厚い様にはしているみたいだけど」
この世界に鉛筆があることを、ここで初めて知った。
カゲトの屋敷にいた頃、見たり使ったりした筆記具は、所謂付けペンの類がほとんどで、それ以外のものは見ていなかった。
今日の授業で学生が使っている筆記具は何だろうかと、一つ気になっていたことが氷解した。
「……後でいいので、どちらも欲しいです。鉛筆も、ノートも」
「そう? 分かったわ。ノートはとりあえず残っているものを渡すけど、鉛筆は……とりあえず一本渡すね。
そこまで鉛筆は今、持ち合わせが少ないから、とりあえず貸すだけだからね」
そう言われて、私は頷くしかなかった。
「……ところで、どうだった? 私の授業は」
「なんか、懐かしく感じました。教えて貰う分野は全く違うけど、やり方は何にも変わってないなあ……って」
「それって、わかりにくい……ってこと?」
若干しょぼくれる先生に対し、首をぶんぶんと振って否定する。
「私は、まだそれを判断できる程、魔術を知りませんから。
……でも、面白かったです。新鮮で、良かったです」
それを聞いた先生はなんだか安堵していた。
「ありがと。もう少しだけ座学をやったら実践に入るから、ルナだけは分かってくれないと大変だからね。
その知識を知っていることと、実際に使うことって大きく違うし」
その言葉は、私に大きく響く。
だが、それが本当の意味で分かるようになるのは、実践の講義が本格的に始まるようになってからだった。
******
二週間、授業の回数はたったの十二回分。だが、この間の先生はとにかく多忙だった。
座学の対応、学生へのフォロー、実践授業の採点、そして次の講義の準備などで。
それでも私のことを一番に、気にかけてくれていた。
ただ親身になるということではなく、勿論きつい言葉が飛んでくることもあったが、少なくとも私が分からないと伝えれば、合間を縫って一から教えてくれた。
頭に入れるためにと、わざわざ先生から借りたノートも、その内容を理由まで含めて、隅から隅まで教えてくれた。
昔、私が先生に中学校で教えて貰ったときよりも、より深い形で。
初回の授業から一週間ほど経過した頃の夕方、私はとあるもので行き詰まっていた。
「先生……今、大丈夫でしょうか? この本のことなんですが」
「もう次の教本に入ったのね。で、どこで詰まった?」
読み方はノートに書いてあったり、先生からも直接教えられたのでほとんど気になることはなかったが、二冊目の教本の中身は、あまり理解できていなかった。
「……これ、ルナには分かりづらかった?」
「そうですね。主に書いてある理論は何が何やら……」
「自分なりの文章で、一度、要約してみれば良いんじゃない? 自分なりで良いわよ。この教本の内容は、丸暗記するようなことじゃないから。
それに、最近実践でやっているように、今、ルナが覚えるべきは、実践での魔術の使い方と、暴走を防ぐための制御の方法だけよ」
先生からそうアドバイスを頂くが、どうしても『理解できないこと』に苛立ちを覚える。
「この本の内容は、それからでも良いわよ。それに、ある程度初期段階の実践は出来るようになってるんだから。そのうち内容も理解できるわよ」
実践を他の学生と同じように行うようになってから、かなり早い段階で最初の関門は――尤も学院で最初に学ぶことらしいが――突破できていた。
むしろ,それ以降の課題はかなり難解なのかもしれないが、達成できていない生徒がほとんどだった。
その課題とは、展開魔術の維持だった。
莫大な魔力の消費が想定される戦闘中に、魔力を切らすことのないようにすることが目的らしい。
だが、このコツをつかむことは、容易でなかった。例え学院の主席でさえも。
「ここで、一回やってみても良いですか……?」
「ダメね。ここだと……多分、部屋が燃えるから。ルナの属性は、炎だしね」
自分の属性を思い出し、一瞬気落ちするが、すぐに次の提案をしてみる。
「じゃ、じゃあ、どこかで練習できる場所はないですか?」
「……まあ、屋外なら大丈夫でしょ。となれば、屋外練習場、かな。ちょっと使用できるか聞いてみるよ」
そう言えばすぐに先生は教官室の外へと出て行ってしまう。すぐに戻って来た先生は、カギを携えていた。
「すぐ行くよ。とりあえず一時間、ね」
そのまま、先生に連れられて私は屋外の練習場へと向かった。
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