15_認証と魔術師
2025.10.17 改稿しました。
「降りるぞ」
馬車は宮城の中心――本丸と呼ぶらしい――に入る城門の前で、カゲトが私たちに伝えてくる。しかし、城門は未だ閉ざされていた。
「ここまで、なんですか?」
「ああ。ここ宮城は、二ノ丸までは馬車での移動を許されている。
しかし、宮城の本丸は陛下の領域である故、基本的には許可のない限り、立ち入ることは許されていない。
尤も、俺単独ならば、必要なことに限り上奏の権利を持つために問題が無いのだがな。ともかく、勝手な判断で不忠にも捉えられかねない行動は慎むべきだ。
……大凡、我等は監視されているだろう」
監視と聞き、私は若干不機嫌になるが、それを先生に宥められる。
「でも、ここから、どれくらいで宮殿に着くんだい?」
「五里もないからすぐ着くぞ。徒歩で二十分もかからんだろう」
城門をくぐって二十分……元の世界の感覚では、二キロもないくらいの距離だろう。それが五里もないということは、一里は四〇〇メートル程だろうか。
私は常々、この世界を知らなさすぎると感じる。この世界での常識とか、そもそもどういう環境なのか、とか。
多少はカゲトの屋敷で過ごしていた頃に教えて貰ったこともあったし、昨日の夜には先生にも少しだけ教えて貰った。
でも、カゲトの屋敷で一度借りた、この世界の本に関しては、少し文体が特殊でうまく理解できなかった。
「ルナ、どうした?」
「いえ……少し、考え事を」
「不安かも知れないが、基本的に、帝国がルナを邪険に扱うことは、まずあり得ないと言って差し支えないだろう」
「……断定的にしては、随分曖昧ね」
カゲトの言葉に、実質的に私の保護者枠となっている先生が突っ込む。
先生からすれば、私たち二人の本来の庇護者として、それくらいは、はっきりとして欲しいのだろう。
気付けば門は開いており、そこから長髪の男がやってくる。
「陛下以外に、陛下の決定を覆すことは、あり得ません。そして、陛下は深く、彼の魔女の残した予言を信じられております。
故に、カゲトの言うことは、真になりましょう」
「……弟宮様、随分とお早い登場で。わざわざ、俺たちを迎えに来てくれたのか?」
「早い話が、陛下の差し金だ。陛下から、リューリ侯の馬車が大手に到着されたらすぐに迎えに行くようにと伝えられていてな」
「あなたは……?」
「私は皇帝陛下にお仕えする侍従官長、安達信綱と申します。ルナ様、碧氷の魔術師様、お二方をお待ちしておりました。
これから、私が先導して皇宮へ向かいます。故に、くれぐれも、くれぐれも、粗相のないよう」
そう彼は言って、私たちを門の内へ誘う。
******
大過なく、女男爵陸軍魔術科准将待遇無等級魔術師リカ・アン=リーゼ・アイネの陸軍魔術学校及び魔術学院特任講師の認証式は終了した。
どちらが、何か手を出すわけことはなく、彼女の講師任命は承認された。
後に帝国内務省より、Luna・Anne=Riwier――ルナはこの世界ではこう呼ばれることになる――の、帝国市民権の獲得と桐都在住の許可が、帝国魔術学院より一部講義の聴講の許可が、それぞれ発せられた。
ルナはこれからどうするのだろうか。少なくとも、俺が聴取したときには、これからの彼女が器用に立ち回るようには思えなかった。
かつてのリカの如く、国家に仕える気などはないだろう。彼女が魔術学院での聴講を終える……リカが特任講師の任期が切れる前に、ルナは次に何を選ぶのか、知っておくべきかと考えていた。
******
リカの講師任命式に臨席している折、隣の席に座る貴族たちからは、こんな言葉が聞こえてきた。
「彼女らは、何故に陛下に気に入られておるのだろうか」
「例の予言、でしょうな。あの予言は常々陛下の心を蝕んでおられる。尤も、碧氷は実績もありますが……あの藍髪の娘は、何を帝国にもたらすのやら」
帝国の中枢にいる、重臣と呼ばれるような人間は彼らの言葉に賛同するだろう。
しかし、彼女らが国益になると俺は思っていない。
リカは女男爵という爵位を持ちこそすれ、実質は平民も同然であり、ルナに至っては、まだこの世界に来て二週間に満たない。そのような状況で、国益になると考える方が難しいだろう。
一方で、陛下の思惑もよく分からない。本来、今回の認証式は魔術学院の学院長と陸軍魔術学校の校長、そして数名の幹部教官を呼ぶだけで良かった筈だ。このような式典を、重臣を集めてやる必要があったのだろうか。
陛下は、本当に次の『魔女』がルナであると考えているのだろうか。そうでなければ、俺にはこの式典を盛大に行った理由が全く分からない。
「陛下が常々仰る『魔女』……ルナが本当にそうなるとは、到底、思えん」
「……あの藍髪の娘が『魔女』? とうとう、リューリ侯も陛下に感化されましたか」
「俺は、彼女がそうなるとは思ってない。だが、不思議な色の属性、だからな。
碧氷の魔術師……リカが女男爵を頂いたように、これから先、何かあれば、何が起こったとしてもそれが変だとは、易々と言えないだろう」
「……不思議な魔術の色は、碧氷がそうであるように、世界の、各国の力の均衡において、変化をもたらす可能性を持つことも考えられるでしょう。
しかし、彼女はどうなのでしょう? ……そもそも、彼女の属性は、一体どういう色でしょうか?」
魔術の話を嗅ぎ分けてきたのか、魔術学院の学院長が俺の元に寄ってくる。
「……彼女の属性は、あの髪と同じ、青……いや、藍か。藍色の炎だ。どうなると思う?」
俺の発言を聞いてか、貴族共には聞いてもいないのに、先に彼らの見解を勝手に言う。
「……炎は、ときに災いをもたらす属性と、俗に言われている。一体、何に対してかは分からぬが、そう呼べそうだな」
「貴様らの見解も分かる……学長先生はどう思います?」
「私も実物を見てみないと分かりません。それに、まだ色と属性だけです。だから、今であればどうとでもなりましょう。
ですが、使い方が正しくなければ、場合によってにはなりますが、帝国がどうなるか……それについては、起きてみなければ分かりません」
早ければ翌日には彼女たちが赴く、魔術学院の学院長の見解は、決して芳しいものではなく、周囲にいる人間は顔を曇らせる。
ならばと俺は一つ、確実な事実を伝える。
「まだ、彼女が見つかって六日、俺が行った事情聴取の中で魔力の確認を行ったのは五日前であり、魔術に関する教育は、何一つ行っておりませぬ。
彼女……ルナへの魔術に関する教育は、彼女が急に暴走しない限り明日からでも、問題は無いかと」
「そうですか……であれば、彼女はまだ、魔術についての知識はありませんから、まだ大丈夫かと。
リカさんと同じでしょうから、一から教える必要がありますが、それは彼女に任せても大丈夫でしょう。
彼女は、過去に自分が行ったことを、起こしてしまったことを、深く悔いているでしょうから」
「学長先生、ルナのこと……二人のこと、宜しくお願いします」
これから暫くの間、彼女たちを託す学長に、俺は深々とお辞儀をする。滅多に見ないだろう俺の最敬礼に、周囲は驚いていた。
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