13_人格
2025.10.17 改稿しました。
二人の話には、マリさんは呆然として全く整理の付かない様子であった。
「……すみません。ちょっと、整理したいので……自室に戻りますね」
そう言って話を聞いていた彼女が自室へと戻っていき、先生と二人きりになると、先生は私にこう聞いてきた。
「ルナ、この世界に来て、どれくらい経った?」
「……多分、一週間くらいだと、思います。でも……」
「どうしたの? もしかして、あの子のこと?」
「はい……先程、話をしていたときにも名前を出しましたけど、レイも、ヨミも、『中』にいないんです。どうしてかは分かりません。
でも、ここへ来る数日前から、私だったか覚えていなくて……だから、どうなのかは分からない、ですけど」
「……となると、もしかしたら、この話、まだ終わらないかもね」
まだ終わらない、とはどういうことなのだろうか。私は理解できないでいると、先生が補足をしてくれる。
「仮にだけど、三つ分の何かが入っている容器が、何かしらが原因で突然壊れてしまったとき、一つ分だけその中にかろうじて残っていたとしても、残りの二つはどこへ行くのかっていう話……よね。
それをルナの場合で考えると、多分だけど、ルナ以外の誰か……他の人格がこの世界に形を得て、来ていたとしても、そうおかしいことじゃないと思うわ」
私の中に居た他の人格が……例えば、レイが、この世界に来ているかも知れない。
それを少し考えるだけでもぞっとする。
「……マリのさっきの反応を見る限り、どうせ、カゲトにも話してないでしょ? このこと」
「……当たり前、です。私の、今までの経験上、全くの見ず知らずの人に対して、全てを馬鹿正直に話して、まともな反応が返ってきたことないから。
……どうせ、誰にも、完全には理解されませんので」
「だからって、ねえ……貴女も、もう大人でしょうに。
……嫌なのは分かるけどね。自分の昔の、探られたくないことを、わざわざ言うことは。それに、完全に理解することなんて、当事者以外にできるわけ無いわよ」
先生は私の思いを切って捨てる。当事者同士でも理解できないことが多いものを、当事者以外にも理解を求めても無駄だと思ってしまう。
「……そもそも、こうなったのは、先生の責任にもなるんじゃないんですか?」
「どういうことよ、それ」
気がつけば、私が心の中で思っていたことが、思わず声に出てしまっていたようで、先生が冷たい声で返してくる。
「まあ……いいわよ。少しはあたしにも責任がありそうだし。ところで、さっきの話に戻すけど、私も知らない子いなかった?」
元々、私が先生に人格として存在していることを知らせていたのは、元々からいる主人格である私、ルナと、レイの二人だけだった。
でも、実際には、先生には気付かれていないだけで、一つの人格と見なしうる存在は他にもう二人いた。
そのうち一人は、私がここへ来る遥か前に統合していたが。
「ヨミのこと、ですよね?
……元々彼女は基本的に、表には出ない子だったので、先生が知らないのも無理はないかもです。あの子、ろくに生活できませんでしたから。
でも、先生がいなくなった後、よく表に、出るようになってました。
……先生とは、私が中学校を卒業してからは、数ヶ月に一回ほどしか会ってなかったので、私たちは、先生がどう苦しんでいたのかは分からない。
……けど、先生が、貴女が身勝手なことをしたから、こうなっているんだと思います」
私の、自身でもあまりにも無責任だと思うような言葉を聞いても、先生は不機嫌にはならなかった。少し、その当時を冷静になって考えていたのかも知れない。
「……ってことは、あたしがいなくなってから、ルナのもう一つの人格……ヨミが身体を使うことが増えて、彼女が精神的に、より脆くなっていったのかな」
「元々、私たちの中でも、私以上に鬱々としやすいというか、希死念慮に苛まれていたのは私も知ってました。ノートにも、沢山泣き言を書いてたのを覚えてます。
それに、私たちは一人であろうとし過ぎた……彼女たちにも、私のフリをしてもらっていたので」
「慣れない生活の中で、一つの思いがどんどん増幅していたのかもね」
「私も、先生がいなくなって以降、色々あって不安定になることが増えて、よく中に引きこもることが増えてたので……私が四年も正気を保っていられたのは彼女たちのおかげです。多分、こうなったのは、彼女が原因なのでしょうが」
「……レイは? 彼はどうだったの」
「あいつのことは……私もあんまり知らないから。お互い、不干渉というか……あいつが、私の身体のこと、あまり好きじゃなかったから。
ヨミが、もし”そう”なのだとしたら……まだよく分かってないですけど、先生の推測通りだとすれば、文字通り、分裂したってことじゃないですか?」
先生は、私のふわっとした考察を聞いて、少し考え、私の方を向いて、あえて別のことを話し始める。
「貴女、どうせ何も、この先のこと、考えてないでしょ? ……この後の話だけど、私と一緒に付いてくる?」
「先生が行くところって……魔術の学校に、ってことですか?」
「そう。さっき、カゲトと話していたことだけど、陸軍の魔術部と、魔術本部っていう、所謂魔術師の総本山的存在が、同じ校舎で学校を開いているの。そこに教官として行くって話ね。
ルナは今日まで、カゲトの差配で外出禁止だったでしょうし、この世界の人がどう暮らしているか知らないでしょ?
……ここ、桐都に住んでいる人が、決してこの世界での一般的な人々ではないけどね。それでも、参考にはなるんじゃないかしら。
それに、貴女の魔力がどんなものなのかを知るためにも、行ってみる価値はあると思うわ」
「……それって、大丈夫なんですか。また、目を付けられたりしませんか?」
恐る恐る聞くが、先生は平然と、冷めた声で答える。
「もう、とっくに目を付けられてはいるわよ。そうでもなきゃ、カゲトも、ルナの保護を対価に数週間でも良いからって、わざわざ在野の人間を復帰させようとしないでしょ。あたしは、魔術本部や陸軍とは色々あったから、危険視はされているだろうけどね。
……でも、簡単に向こうの評価は変わらないってことよ。持ちかけた以上、あの男は後ろ盾を買って出るでしょうし……」
どうやら、この国の内部には、あの大将閣下以外にも、随分と先生の能力を買っている人がいるらしい。
先生も、完全にカゲトを信用しているわけではないだろうが、使えるものは何でも使うつもりだと思った。
「……もし、私の出した条件が呑めないなら、やるつもりはないから。もしダメだと言われるなら、いっそルナを連れて逃げるつもりよ」
許可されないならやらない。先生の姿勢は私にとっても、非常に有り難いと思う。でも、先生がこれほどに、教え子思いだったとは思わなかった。
「……先生に付いていきたい、ですけど……私はその場合、どこにいればいいんですか?」
「そこは大丈夫よ。前にも教官として少しだけ、あの場所で教えたこともあったけど、その時に用意された教官室はそれなりの広さだったし、二、三人は一緒に生活できそうだったから、大丈夫よ」
先生は、貸与される教官室の広さとあたしの待遇次第だけど、と付け足す。どちらにしても、先生が過去に経験したことを踏まえたその言葉は、私を安心させるには十分だった。
「……もしかして、私も、授業出た方がいい、ですか?」
「……そりゃ、ねえ。とは言ったって、一応各教官の了解も必要だし、何より聴講生としての登録も必要だしね。
だから確実にとは言わないけど、勉強できる環境が作れたら、やった方がいいわよ。
それに、授業がないときは、私が前に、学院にいたときに作ったノートがあるから読んでみてもいいかもね……ちゃんと読めるかは保障しないけど。
あとは、初等の魔術書は学院の図書館にあるから、それを借りてきて読むのも良いと思うわ。
ただ、この世界の本って、言葉や表現が少し違う部分というか、どちらかと言えば、向こうで言う古文っぽいから、簡単に覚えられるものじゃないけど。
……その辺りも私のノートに書いてあるからね。分かんないことがあれば、時間があるときだったらいつでも聞くから」
「……ありがと。でも、また、勉強かあ」
「少しは頑張りなさい。自分を守るためにも」
勉強、と聞いて私は少し気落ちしていた。なんというか、勉強は身が入らないというか、あまり好きではなかった。
そんな話をしていると、太陽が完全に沈んだようで、夕陽の輝きが部屋に差し込んでいたのが、ふと外を見ると、夜空の星々がキラリと光る。
「もう、こんな時間帯ね……本来なら、夕食のために出かけるのも良いんだが、ルナもいるしね」
「どうするんですか? 今から出かけるんですか?」
「……いや、今日で暫くあの酒場もお休みだし、最後の晩餐というほどじゃないけど、どう?」
酒場と聞いて、若干、過去のことを思い出して少し嫌になる。だが、先生と食事することは滅多になかったのもあって、前向きに捉えていた。
「顔に出てるわよ、嫌かもって。でも、何も食べないよりはマシだよ?
それに、うちの酒場はそんなに人もいないし、そう騒がしくないわよ」
先生はそう言って、私を引っ張っていく形で私を連れて行った。
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