幕間2_視界と見えない傷
ルナをカゲトたちが保護した直後のお話です。
私たちは梅州のアルヴェイから桐都に戻ろうとする折、事件に巻き込まれたであろう彼女、ルナさんを、とりあえず竜里大将閣下の屋敷まで護送することになった。
その中で、私は彼女が一人だと何をするか分からないという名目から、彼女の隣に座っていた。
彼女と話していると、一つだけ気になったことがあった。視線が、何故か常に私の方向を向いているのだ。
竜里大将閣下……カゲト様が帰京に向けて用意したこの馬車は、幌馬車と呼ばれるものだった。側面が幌で覆われており、風景を見るには前を見るしかないのだが、彼女はろくに前を見ようとしないのだ。
「ちょっとだけ聞いても良いかな?」
「……なんでしょうか?」
「ルナさんは……どうして前を見ないの?」
「……あんまり、外が好きではないので」
「どうして?」
「……昔、色々あって」
そのいろいろが聞きたいのよ! と大声を出しそうになるが、あくまで一つの任務だと思って、冷静に聞き出そうとしてみる。
「なら、先に聞くけど、何があったの? あんまり詮索したいわけじゃないけど……」
「じゃあ聞かないで下さい。私も、話したくないことを思い出したくないので」
「……また、そうやって言う。本当に話せることはないの?」
「ない、わけじゃないです、けど……」
「なら、それを話してよ」
「……過去に、十歳くらいのころ、ですけど。外で、母と一緒に居たときに、母が、その友人に刺されたんです。
きっと、母の友人らしき人は母に恨みがあったんでしょうけど、そのときは、母が刺された上、私も刺されそうになったんです。
……それ以来です、外を極端に恐くなったのは」
それを聞いて、思わず私は天井の幌を見てしまう。そう具体的なことを喋ってくれたわけではない。だが、彼女にとっては、あまりにもきつい現実だったのだろう。
彼女――ルナさんは、私たちの想像を遥かに超えるほど、精神的な傷が大きいと見える。多少の身体の傷よりも、そちらの方が余程、堪えているみたいだ。
「そう、ですか」
それ以上、彼女にかけられる言葉はなかった。たまたまカゲト様は前の馬車に乗っていたためこの話を聞いていない。わざわざ聞き出したこの話を、あとでどう伝えようか。
「……やっぱり。そういう反応になる。だから言いたくなかったの」
「ごめんなさい……こんなに重い話になるなんて思ってなかったから」
彼女は明確な不信感を、私たちに抱いたかも知れない。
「まあ……いいですよ。今までも、よく聞かれてましたから。『どうして?』って」
「それで、自分は、貴女は大丈夫なの?」
「……大丈夫な訳がないですけど」
当たり前だと言わんばかりのその言葉に、思わずため息をついてしまう。だが、若干涙声のようになっていたのは気のせいだろうか。
「じゃあ、わざわざその話をしなくても良かったんじゃない?」
「……本当なら、話さなかったと思います。
でも、最近、自分が、自分だったのか、どうだったのか分からないんです。今も、自分が自分なのか、分からないんです」
あまりにも急な告白に、私は変な声を上げてしまったが、わざと大丈夫と返して彼女の言葉を引き出そうとする。
「……だから、聞いてきた事を理由に、少しだけ話してみて、自覚が大丈夫かを試しました。大丈夫だ、自分だ、って、思いましたから……」
彼女は話しながらも、少し泣き出していた。
「……ごめんね、無理させて」
彼女の涙が止まった頃、馬車が急に止まる。すると前後の馬車から竜里家の従者が、自身が乗っていた馬車を降りて私たちの馬車へと来る。
「カゲト様より、ここにて休息をと」
「そう……何か食べられるものはある?」
そう聞かれて彼らは首をかしげる。目の前には街があったため、彼らは街の茶屋などで食事を取るつもりだったのだろう。
「少佐殿はどうされるので?」
「私はここで待っていようと思います。彼女のこともあるし」
「でしたら、こちらを」
差し出されたのは軍事行動用の携行食として作られたおにぎりであった。貰ったそれをルナに渡し、私は自分の分として持っていた携行食を食べる。
「閣下はどうされると?」
「カゲト様は、いつも通りの様子でございますので」
「護衛は」
「護衛は付いておりますが、番で食事を取らせる予定になっております」
「そう。了解した」
私はルナさんと、カゲト様の様子を気にしながらも、再び馬車が動き出すまで待っていた。
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