幕間1_思い
2025.9.28 改稿しました。
ルナが酒場でリカと再会する数日前――正確には、ルナがカゲトに初めてその身上と事情を聴かれた次の日のこと。
大将閣下、もといカゲト様の副官である私、マリ・イシュトヴァーレ陸軍魔術少佐は、密命を帯びて、とある酒場を訪れていた。
そこは、私が恩義に感じていた、『師匠』と呼ぶ女性が経営するところであった。
「師匠、大将閣下より、師匠宛の手紙を預かりました」
「……また? この前の続き?」
酒場の主かつ私の師匠は文句を言いながらも、差し出された手紙を一瞥する。
「相変わらず、読みにくい……が、例の件は……そう、なのね」
「はい、ほぼ確実に」
「……あたしと、同じ、か」
師匠は自嘲するように笑う。師匠のことは未だによく分からないこともあるが、時々このような反応をしていることは知っている。
「どうやら閣下は、師匠に彼女と会って欲しいというそうで……」
「どこで?」
「閣下は、恐らくですが……下屋敷に来て欲しいのだと思います」
「嫌よ」
私の師匠にして帝国の無等級魔術師、リカ・アン=リーゼ・アイネは、私の言葉に対しにべもなく返す。
下屋敷というのは、カゲトが住む桐都郊外の屋敷のことであり、竜里公爵家は桐都の城内、三の丸の北にも屋敷――上屋敷と呼ばれている――を持っている。
「師匠……もしかして、原因は、晴香様でしょうか」
「あのプリンセス様は、それほど関係ないわ。むしろ……」
「なら、師匠自身が、政争の具にはなりたくないと」
「……よく分かってるじゃない。そうよ。一介の無等級魔術師が、たとえ救国、大陸の実質的統一の英雄の一人に帝国内ではされているかも知れないけど。
だからって、また面倒事に巻き込まれるなんて嫌よ」
昔から師匠は、何かに巻き込まれることを嫌がったと、今の上官も証言している。
“二人目”が登場したことによって、自分の存在が希薄化されるなどとは、到底思っていないらしい。
「ですが……」
******
正直、マリが酒場にわざわざ、軍服姿で現れた時点で、彼女の現在の職位と、数日前の手紙のことを鑑みれば簡単に分かったのだろう。
だが、かつての教え子の困っている姿を見て、一つだけ思い出したことがあった。
あたしと同じ、いや、それ以上の闇を抱えながら生きてきた。そして、きっと、糸が切れたようにして、そうなったのだろう。
……まるで、あたしに引き寄せられたみたいに、此処へたどり着いた。
だとすれば、恐らく、カゲトが保護した少女は、過去にあたしが言ったことを守ってくれなかった。
そういう点であまり考えたくはないが……きっと、あの子なのだろう。
あたしの勘が当たっていませんように、と少し念じながら天を仰ぎ、あたしの一番弟子に言葉を返す。
「……分かったわ。その話、引き受けるわ。でも」
「でも? 何か、条件あるんですか?」
「……あたしは、カゲトの屋敷には行かない。絶対に」
「……ダメと言われたら、どうするんですか」
その時は、その時だと思う。決して私が無理な条件は出さないと思うが、あえて、彼女に厳しく当たる。
「物別れ、ね。彼女――“二人目”は、帝国の中でも機密だろうし」
「師匠が機密を漏らすことは無いと思っていますが、此処では、少々問題があるかと」
「なら、会えないわね。――カゲトはどうするつもり?」
「可能な限り、折れるつもりではある、と思います」
「なら、ここに来るのが第一の条件ね。他にはなかったの?」
「……今のところは。ただ、公人としての立場を要求されるかも知れません」
「つまりは、復帰して欲しいってこと?」
「恐らくは……勿論、師匠が嫌と言えば、そうはならないと思いますが。師匠が条件を付けるなら、それ相応に、と、どこも足下を見るとは思います」
「……そこは、条件次第、ね。魔術師として、私に後進を教えてくれ、育ててくれとかくらいなら、手伝うし」
すらすらとカゲト……もとい帝国元帥府附軍事参議官へと補任されたという、二位勲功一等端州侯爵たる竜里景直陸軍大将閣下宛の手紙を記し、それをあたしの、この世界での一番弟子に託す。
「これを、カゲトが元帥府の執務室にいるときか、対策部にいるときに渡して。
……あと、読んだら屋敷に持ち帰らず、すぐ捨てるように言っておいて」
「文面には、書かないんですか?」
わざわざ指定したそれに対し、彼女はある種当然の疑問を返してくる。
「密書でもあるまいし。カゲト個人に宛てた私信のようなものを、あの屋敷に持ち帰って貰うなんて火種の元でしょ。
それに、多分、それをして困るのは、カゲトの方だし」
「……了解しました。それでは、今から元帥府に戻りますので」
マリが手紙を持って私の元を立ち去る。
きっと彼女が遣わされたのは、彼女が機密を漏らすことはないこと――軍人としては当然と言えるが、そして、彼女と私がよく会っていることが理由だろう。
******
「そうか。ありがとう」
大将閣下は私の差し出した書簡を見て、笑みを浮かべていた。その表情は、若干気持ち悪くも見えてしまったくらいの、満面の笑みだった。
「師匠からは、読んだら捨てるようにと……どうせ、この執務室にある限りは、基本的には大丈夫でしょうが」
「これくらいの要求なら、問題はなかろう。……尤も、これを見たら、魔術本部と監軍部には少し掛け合う事はあるだろう」
「私はしっかりと、閣下が無茶な要求を出さないことを監視してますので。師匠の言ったとおりに、お願いしますね?」
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